連載インタビュー 「入門ピーター・ドラッカー−8つの顔」
(週刊東洋経済2001.6.9−7.28)

最終回: すでに起こった未来を語る ─── ドラッカーとは何者なのか


編集部:ドラッカーの基本的なものの考え方を要約して下さい。

 世の中には真理があるとする考えと、真理などないとする考えとがある。真理がないとする者は、弱肉強食、ご都合主義、自分勝手とまったく話にならない。原理原則もない。とすると、真理はあるとする立場に立たなければならない。これがドラッカーの考えである。これには誰でもうなずくであろう。しかし最近の日本では、過渡期特有の現象なのか、真理などないとする考えや態度が蔓延し始めた感がある。
 真理はあるとする立場に立つと、次にその真理はつかめるとするか、はかない存在の人間にはなかなかつかめないとするかに分かれる。前者は理性至上主義、理性万能主義、いわゆるリベラルだ。ソクラテスやフランス啓蒙主義がこの考えに立つ。後者は、イギリスの正統保守主義、アメリカの憲法制定者たちの考えである。ドラッカーは後者である。
 真理がつかめるものならば、それを知らない人々は遅れているのであり、真理を知らせ、啓蒙してやりさえすればよいということになる。しかし、理性万能のリベラルはそこで止まらざるをえない。したがって、反対するときは強硬であっても、いざ権力を握ると行動できない。計画屋が描いた青写真を広げて、理解を求めるだけである。
 ところが、それ以上に困ったことには、そのようなリベラルが失敗した後には、必ずといってよいほど、「真理は自分がつかんだ」という絶対主義者が出てくる。甚だしきは「自分が真理だ」とまでいう。ソクラテスの後にも独裁政治が現れたし、フランス啓蒙主義の後にはロベスピエールの恐怖政治があった。ブルジョア資本主義という経済至上主義の後のマルクス、レーニン、スターリンがそうであり、生物学、心理学が一世を風靡した後のヒトラーがそうだった。その前の時代のリベラリズムのエッセンスを切り取って、自分がそれを手に入れたという。

唯一正しいという答えはどこにも存在しない

 そうするとその真理をつかんだ人間たちは、真理をつかんでいない人たちに言うことを聞かせる義務が生じる。そこに生じるものは、権利ではない。義務である。ギロチンにかける、銃殺する、強制収容所に入れる義務が生じる。真理を理解しない者は、進歩に反する、人類の幸せに反する、国家社会に害をなす。真理を握った者は、いかに破壊的なことでもできる。国家の安全、社会の発展、同胞の幸せのためである。
 ドラッカーのいう正統保守主義とは、保守反動主義のような過去の再現は断固拒否する。少しでもよい明日を創造しようとする。だが、理念とビジョンは掲げても、詳細な青写真は描かない。手持ちの手慣れた道具で、個々の問題を解決していく。万能薬などという都合のよいものなどないことを知っている。医学にしても、何千年にわたってあらゆる病いを癒す万能薬を発見しようとしてきた。今はそのようなことはやっていない。それぞれの病気に合った、ベストの治療薬を探している。
 組織の構造にしても、ドラッカーの考えは決定版などないというものだ。カンパニー制にしても、機能別組織にしても、チーム制にしても、それぞれの長所と短所を持つ。それらの長所と短所を知っておけばよい。組織について大事なことはただ一つ。構造は戦略に従うということだけである。
 とるべき組織の構造は仕事によって異なる。さらには同じ一つの組織の中でも、この仕事にはこれ、この仕事にはこれといったように、それぞれ別の組織構造が必要となる。そのときどきによっても変わる。このことは組織以外のことについてもいえる。
 何事にせよ、これが唯一の正しい答えといえるものはない、というのが彼の考えだ。しかも、そのときのベストの解決法が、数年どころか数カ月でベストでなくなる。
 あらゆるものを、常時見直しの対象としていかなければならない。一定期間後に、法律や機関の有用性について見直しを行い、特別の理由がなければ廃止するサンセット方式の採用は、当然のことにすぎない。
 ドラッカーはすでに『産業人の未来』(1942年)において、たとえ戦争遂行のためでも、統制的な措置は一切とるべきでないと強く主張した。それらの統制的措置は戦後も生き続けるといった。おそらく戦争には勝つだろう。しかし、戦争が終わったときに新しい旅が始まるのではない。そのときは単に馬を替えるときであるにすぎない。戦争のためといって始めたものは、平時にもそのまま残っていくと警告した。私はここにドラッカーのすごさを見る。日本では、今ごろになって戦争中に始めたものの手直しをやっている。

編集部: 最近、大きく取り上げられているコーポレートガバナンスの問題を、ドラッカーはどうとらえていますか。

 資生堂の福原義春・名誉会長は、ドラッカーを読むといつも幾つかの発見をすると言っている。私自身、ドラッカーの書いたもの、言ったことにはかなり目を通しているはずなのに、常に新たな発見をする。
 予想もしなかった、とんでもないこと同士のつながりを見つけることもあれば、まったく新しいことを知らされることもある。アウトソーシングできない機能はマーケティングだけだとの考えに目を開かされたのも、かなり最近のことである。ドラッカーは基本をとらえる。しかも唯一の絶対のものがあるとする観念論にはくみしない。
 ごく最近も、今日さかんに議論されているコーポレートガバナンスについて、ぎょっとするようなことを聞かされた。

知識社会のリーダーシップのあり方

 コーポレートガバナンス、つまり会社は誰のものか、誰のためのものかの問題は、会社のコンセプトにかかわる問題、原理原則にかかわる哲学の問題であるとの論がある。会社はシェアホルダー(株主)のためのものであるとの考えに立つ人、にこの論者が多い。
 これに対し、会社は誰のものかは、社会における会社の位置づけにかかわる問題、つまりその国その国によって異なる文化の問題であるとの論がある。会社はステークホルダー(関係当事者・利害関係者)のためのものであるとの考えに立つ人にこの論者が多い。
 ところがドラッカーは、会社の経営はマネジメントに任せてもらいたいというときにステークホルダー論が幅を利かし、いやそうはいかない、それではまともな経営はできないというときにシェアホルダー論が優勢になったと観察する。
 加えてドラッカーは、今アメリカの最先端の企業は、会社は誰のものかなどとは聞きにこなくなっているという。今彼らの関心は、傑出した人材をどうしたら手に入れることができ、とどまってもらうにはどうしたらよいかだという。
 今、アメリカでもっとも競争の激しい市場は何か。人材市場である。一流の人材にずっと活躍し続けてもらうための方法は何か。ここでもドラッカーの答えは明瞭だ。給料でもボーナスでもない。ストックオプションでもない。つまりカネではない。ともに事業をするパートナーとして遇することだという。
 ちなみに、会社は誰のものかとの問いに対するドラッカーの答えも、至って簡単である。社会のものだという。したがって、社会のなかに存在する社会のための機関として、富の増殖機能を伸ばしていくことがマネジメントの責任だという。具体的には、マーケティング、イノベーション、生産性、人・モノ・カネの活用、社会的責任の遂行である。だからこれらについて目標を定めよという。最新の経営手法バランスト・スコアカードのルーツもここにある。ドラッカーが五〇年も前に言っていることである。
 知識社会におけるリーダーシップのあり方をどうとらえているか。ここでもドラッカーは、唯一絶対のリーダー像などないという。リーダーシップ・タイプなど存在しないということだ。外交的な人、内気な人、すぐ行動する人、よく考える人など優れたリーダーはいろいろいる。
 これまで多種多様な組織のコンサルタントを引き受け、いろいろな人に会ってきたが、そこに共通の性格などはなかったという。共通するのは、仕事に真摯に取り組んでおり、仕事ができるということだけだ。そして、フォロワーがいるという当たり前のことだ。
 しかも優れたリーダーには、教祖的なカリスマなど一人もいなかったといっている。ヒトラー、ムッソリーニ、レーニン、スターリンはリーダーではない。カリスマは破壊者とはなりえても、リーダーとはなりえない。

編集部: ここであらためて聞きますが、ドラッカーは幾つの顔を持っているのでしょうか。

 その領域は、強いていえば社会、政治、行政、経済、経営、歴史、哲学、技芸(東洋美術)の八つだろう。しかしこれらは一体となっている。だから領域というよりも、人間社会の八つの側面、八つの窓を持っているというべきである。具体的には、相談に乗るコンサルタント、大学で教えるティーチャー、知っていることを広く知らせるライター兼スピーカーである。一言でいえば社会生態学者、つまりゲーテの『ファウスト』に出てくる物見の役である。彼は自分自身について、既成の学問体系による○○学者という自己規定はしない。いかなる分野をも中心に位置づけることを好まないからだ。あらゆる分野が、あらゆる分野にかかわりを持っているからだ。
 ドラッカーの問題意識と方法論は一貫している。もちろん重点は移行していく。たとえば人口問題については、高齢化よりも少子化に危機感を持つようになっている。方法論については、理論化よりも全体を全体として把握する能力、つまり知覚の重要性を強調するようになっている。

編集部:上田さんとドラッカーとはどのような関係ですか。

初めて単独で訳した『若き経営エリートたち』(W・ガザーディ)の序文を書いていたのがドラッカーで、それが邂逅の始まりだった。
 その数年後、ドラッカーの『マネジメント――課題・責任・実践』(1974年)を野田一夫先生をはじめとする五人で訳した。日本語版にして上下巻1300ページという大著だった。その後ドラッカーに、英文のまま圧縮したものを作るから見てほしい、さらにそれを訳したいと申し出た。それが今も広く読まれている『抄訳マネジメント』(1975年)だ。
 昨年出した『はじめて読むドラッカー』シリーズ三部作と同じ作業を二六年前にも行っていたことになる。わからないことはしつこいくらい聞いた。続いて、高齢化社会の到来を予告した『見えざる革命』(1976年)を訳した。このときも何でも聞いた。こちらの読解力不足でわからないことがほとんどだったが、時にはドラッカーの表現不足や誤解もあった。こうしていつの間にか新著の原文の原稿をチェックする役割をするようになった。日本やアジアについては調べものを頼まれたりする。私が経団連に入って最初に教わったのが「わからないことは何でも聞け」という当たり前のことだ。それだけのことがドラッカーとのつながりをもたらした。
 しかし、私の前には、『現代の経営』によってドラッカーを日本に紹介した野田一夫さん、『「経済人」の終わり』を最初に訳した岩根忠さん、『断絶の時代』に「断絶」という訳語を当て、今日の転換期の到来を際立たせた林雄二郎さん、『ドラッカー名言集』をまとめた小林薫さんなどの諸先輩がおられる。ドラッカーと立石一真さん(立石電機、現オムロンの創業者)、盛田昭夫さん(ソニー創業者)との付き合いは家族的なものであって、私などにしてみれば神代のものだ。どうしてあのような人たちは若いころに出会って、親しくなっているのだろうか。
 旧ソ連のアジア部、特に回教圏の今日の状況は、あるところはロシアの一部であり、自治領であり、同盟国である。すでに存在する状況でありながら、説明が難しい。『新しい現実』(1989年)のソ連の崩壊を論じた部分は、まだ起こっていない段階だっただけに翻訳に苦労させられた。
 すでに起こった未来が見えない訳者としては、書いた本人に何度も聞かなければならなくなる。

私たちの責任でもあるドラッカーの大きな間違い

 このインタビューは、依頼を受けたときからプロの翻訳家に英訳してもらい、ドラッカー本人に贈るつもりだった。私自身の理解度を確認したいためもあった。そこへ新しいアイデアが浮かんだ。たとえ冒頭部分だけでも、それを読んだ本人の感想、苦情、注文を文中で紹介しているという評伝は寡聞にして知らない。そこでドラッカーに趣旨を知らせて、二ページほどにまとめた第一話から第8話までの全体構成と、シアトル在住の日本人の方による翻訳が間に合った一・二話の英訳草稿を送った。
 すぐに返事が来た。褒めすぎであるとの評に続けて、もしインタビューで言い漏らしているならば書き加えてほしいという注文が二点と、感想が一点あった。
 第一の注文は、六〇年の間には間違ったことや『創造する経営者』(1964年)のようにあまり耳を傾けてもらえなかった著作もあった。それらのことを指摘してほしい、完璧な人間などいないのだからという。
 そこで私なりに考えた。予測の間違い、しかも世界にとって、もっとも重大な間違いは何か。細かなことはどうでもよい。重大な見立て違いは何か。そして私は見つけた。
 しかし、それはこれからわかるというものだ。もちろん日本の行方である。世界中の人たちが、あのドラッカーが一つだけ大きな間違いをした、それが日本への期待だったということにならないようにしなければならない。これは私たちの責任だ。
 耳を傾けられなかった著作など、なかったといってよい。ドラッカーが例に挙げた『創造する経営者』は、作り話と思われたくないので名前まで挙げさせていただくが、日本有数の総合コンサルタント会社、タナベ経営の中村広孝・取締役東京本部長のいちばんの推奨作品である。
 もう一つの注文は、自分には先達がいた。彼らに負うところが大きかったということを言っておいてほしいという。フランスのアンリ・フェヨール、ドイツのヴァルター・ラーテナウ、アメリカのメアリー・パーカー・フォレットなど西欧の先人だけでなく、日本の三人の巨人、福澤諭吉、岩崎弥太郎、澁澤榮一にも多くを教えられたという。しかも澁澤榮一こそ19世紀から20世紀にかけての、世界の偉人の一人であり、偉大な明治人だったという。
 読後の感想は私への謝意が入っているので面映いので、そのまま翻訳して本連載の締めくくりとさせていただく。加えてドラッカーの肉声に触れていただきたく、本人の了解を得たので原文をそのままご紹介する。読者の方々には、これまでのご愛読に心より感謝申し上げたい。

ドラッカーからの手紙 「私も多くを学んでいる」

 私の著作への私を超えた造詣、理解、洞察の深さに強い感銘を受けました。あなたは、私自身が私のマネジメント研究にかかわる動機と貢献の核心とするものを鮮明にしてくれました。すなわち、マネジメントとは、企業をはじめとする個々の組織の使命にとどまることなく、一人ひとりの人間、コミュニティ、社会にかかわるものであり、位置づけ、役割、秩序にかかわるものであるとの私の考えを明らかにしてくれました。私はまさにここに私の特色があると思います。
 あなたはトム・ピータースとマイケル・ポーターの名前を挙げられましたが、私もこの二人は当然特記されるべき人たちだと思います。しかし彼らのいずれも、企業を専ら財とサービスを生むための機関として見ています。もちろんそのとおりです。
 しかし私の場合は、社会への関心の原点が第一次大戦時、二〇年代、三〇年代における西欧社会および西欧文明の崩壊にあったためだと思いますが、企業とそのマネジメントを経済的な存在としてだけでなく、社会的な存在として、さらに進んで理念的な存在としてとらえてきました。
 確かに企業の目的は、顧客を創造し、富を創造し、雇用を創出することにあります。しかし、それらのことができるのは、企業自体がコミュニティとなり、そこに働く一人ひとりの人間に働きがいと位置づけと役割を与え、経済的な存在であることを超えて、社会的な存在となりえたときだけです。そしてまさにこのことを知覚し、理解するうえで、あなたとこの連載インタビューに勝るものはありません。
 私が特に感謝し、心底感服するのは、このことについてです。次回を心躍らせて待っています。私自身が多くを学んでいるところです。

敬具
ピーター・F・ドラッカー
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