講演 「ドラッカー経営思想の真髄−この転換期をいかに生きるか」
(社) 埼玉県経営者協会 平成13年度定時総会 特別講演要旨

方法論(理論か知覚か)


 人間には理論と知覚の二つの能力があります。いわゆる右脳か、左脳かという問題です。ドラッカーもライトサイド・オブ・ブレーンとか、レフトサイド・オブ・ブレーンという言葉を使っています。
 世の中がこれだけ複雑になり、情報化が進むと、何が何に関わりがあるのか分からなくなる。彼自身は、すごく勉強家ですから頭の中には知識や理論がいっぱいある。しかし彼は、全体を全体として把握する能力、とくに現場で見たり、聞いたりすることが大事だと言っています。それがなければ21世紀の問題は、解決できないとまで言っています。
 バタフライ効果、という概念があります。アマゾンの密林の中で蝶が一羽、パタパタとはばたいた。たまたま次の週に、シカゴで雨が降った。この二つの事実の間に関係がないということを、証明することはできないということが、高等数学では証明されているそうです。
 この二つの事実は関係するということです。私はここ数日、さらにそれを考えていて、ハッと気が付きました。関係し得るということは、関係し得るという関係があるんだ。あらゆるものが、あらゆるものに関係があるということです。これはどういうことかというと、具体的には、新しい事業を始めるときは、大きく始めてはいけない。何が起こるか分からないから、小さく始めなさい―ということです。
 或いは、アセスメント、環境アセスメントというものがありますが、大事ではあっても余り頼ってはいけないと言っています。それでは何をするかというと、モニタリングしろという。起きている事実を見てさえいれば、何をするべきかは自ずからわかると言うのです。
 もう一つ、ドラッカーの方法論の根本にかかわる問題として、絶対真理は掴めるか掴めないか、どっちの考え方に立つかという問題があります。真理というものが「あるという立場」と「ないという立場」がある。ないという立場は、ご都合主義、弱肉強食でなんでもやれてしまう。これは、お話にならない。真理はあるというのが、ドラッカーの考えです。
 しかし彼は、真理があるという考え方にも二つの立場があるという。真理は掴めるという説と、はかない人間としてはその真理に向かって、コツコツ頑張っていくより仕方ないという説です。真理は掴めるはずだというのが、いわゆる進歩主義者、理性万能主義です。この人たちの困ったところは、自分が言っていることを理解してくれない人に対しては、情報が足りない、考え方が足りないとしか言えない、そこで止まってしまう。何も行動がとれない。
 もっと困るのは、この理性万能主義者の後には、必ずと言ってよいほど、その真理は自分が体得したという者が出てくる。真理を体得した自分が、真理そのものであるとの主張です。レーニン、ヒトラー、ルソーがそうだったし、フランス革命におけるロベスピェールだとか、ダントンだとかもそうだった。いずれも自分は真理を掴んだ、体得したと思った。そこで、その真理に従わない者を強制収容所に入れる、ギロチンにかけるなどの義務が生じた。権利ではなく、義務が生じた。ものすごく危険であるというのがドラッカーの考えです。彼自身は何であるかというと、イギリス及びアメリカの正統保守主義であるということで、こちらは明日に向かってコツコツ進んでいく。
 そして、問題の解決には万能薬を求めず、現場で問題を解決していく。例えば、マネジメントの世界でいうと、組織構造には経理部があったり、生産部があったりという機能別組織がある。或いは事業別に組織するという事業部制、カンパニー制がある。さらにはチーム型組織、マトリックス組織がある。組織構造の研究は、一番正しいものがあるはずだという考えで、これまで進められてきた。しかしドラッカーは、そのような考えそのものが間違いだという。その時々、その会社、その組織、或いは一つの会社でも、それぞれ別の部門では別の組織構造を適用したほうがいい。
 大事なことは、それぞれの組織構造の利点とマイナス点を知り、それらを使いこなすことである。ただし、その時に共通して言える原則がいくつかある。たとえば組織は透明でなければいけないということであるという。
 医学でも、昔は何にでも効くという万能薬を求めていた。しかし、今では風邪の薬と胃の薬が違うということは常識で知っている。経営や政治の問題も同じだと言っています。
 今、アメリカで最先端を走っている企業が、ドラッカーのところに来て聞いている問題、それは何かとというと、人間の問題だそうです。優秀な人間をどうやって手に入れて、どうやって辞めていかれないようにするか、そのことだけだそうです。今、アメリカで一番競争の激しい市場は、人材市場です。



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