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2025年8月の記事一覧

  • 【知・技の創造】数理モデルとものづくり

    行列と人々の思考 皆さんは航空機に乗る際、「乗客はなぜ行列を作るのだろう」と不思議に思ったことはないでしょうか。電車やテーマパークの場合は理解できます。その空間への入場が早ければ早いほど、受けられるサービス(ここでは座席の確保や、アトラクションの待ち時間)が向上するためです。しかし航空機の場合、座席は事前に指定されています。それにもかかわらず、乗客は列を成すのです。思いつくのは、「早く機内に入らないと、荷物棚が埋まってしまい、かばんやお土産が入れられなくなるから」などの理由でしょうか。確かに自席の上に荷物を入れられないと、空いている荷物棚を探す羽目になりますね。下手をすると座席から遠く離れた場所まで行かなければならないかもしれません。しかしながら、手荷物が大きく制限されているLCC(格安航空会社)の場合はどうでしょう。荷物棚が埋まる心配はあまりなさそうですが、それでもゲートの前に列ができている光景をよく目にします。 行列の緩和をするには これは日本のみならず、世界各国の空港でも同様です。やはり乗客には「早く乗り込みたい」という心理が働き、自然と行列を形成するものと考えられます。航空会社は搭乗する順序をグループで分けたり、後方座席や窓側の乗客から搭乗させたりと、あの手この手で行列の緩和を試みています。私の研究室では、このような現象、特に人や航空機の流れをコンピューター上で再現する、数理モデルというものを研究しています。先の乗客の例ですと、機内の環境をコンピューター上に用意してやり、そこに多数の乗客モデルを流し込みます。乗客モデルには、「自席に向かって歩く」「前が詰まっていたら止まる」「自席に着いたら荷物を格納し、着席する」「着席した後も、窓側席の乗客が来たら再度立ち上がる」と言ったルールを設定しておきます。単純なルールですが、これを数百人分、同時並行的に動作させると、驚くほど実際の行列に似たシミュレーションを行うことができます。また人の挙動だけではなく、航空機の交通流も研究対象の一つです。航空機も人や車と同じく、「行列」が存在します。例えば羽田空港を出発する際、飛び立つまで長らく地上で待機していた経験はないでしょうか。空港の処理能力には限界があるため、混雑する時間帯においては行列が発生するのです。このような航空機の状態も、コンピューター上で再現することができます。 数理モデルの活用と今後 数理モデルにはさまざまな種類がありますが、どのモデルにおいても対象の挙動データの取得が重要です。よってさまざまな機材を組み合わせ、実験装置を構築する必要があります。本学には設計から加工まで対応できる環境が揃っており、実験装置を自分たちで製作することができます。前職では、装置といえば購入するしかなかったため、想像だにしなかったことですが、このような何でもできる環境が整備されていることに驚くとともに、学生たちが少しうらやましくもあります。数理モデルは作って終わりではなく、その後の活用方法が重要です。今後は、自分の専門ではない現象の数理モデル化にも手を広げ、さまざまな実験装置を製作してデータを取得し、現実世界の多種多様な問題解決に取り組んでいきたいと考えています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2025年8月8日号)掲載 Profile 上原 健嗣(うえはら けんじ)情報メカトロニクス学科准教授。博士(情報科学)。北陸先端科学技術大学院大学・博士後期課程修了。国土交通省航空局を経て2025年より現職。専門は数理モデル、離散事象シミュレーション。

  • 【知・技の創造】住宅の気密性能

    隙間風のあれこれ 私は主に住宅の省エネ・快適・耐久性(防露・乾燥)の向上について研究しており、その一つに、住宅の気密性能(隙間の大きさ)に関する研究があります。住宅外表面の隙間が大きいと、その隙間からの外気の出入りによって、暖冷房エネルギーの増大を招き、冬期には足元に冷たい気流が生じて不快になります。これは外部風がない時でも生じます。冬期は室内の温度が外気に比べて高いので、住宅上方の隙間から室内空気が流出し、1階下方の隙間から外気が流出します。 隙間風の寒さに困っている方、またはより省エネにしたいけど、費用面で改修に躊躇されている方は、例えば1階の幅木下だけでも塞ぐ、あるいは床下に潜って壁下の手の届くところだけでも隙間を塞ぐ工事を行ってみてください。暖かくなったとの実感が得られるかを保証するのは難しいですが、暖房エネルギーは確実に減ります。 気密測定と建物の関係性 この住宅全体の隙間面積を測定する方法(気密測定)はJISで制定されています。室内の空気をファンで排気することを思い浮かべてください。気密性が良い(密閉性が高い)建物では少量の排気で、内外の気圧差(差圧)が大きくなり、気密性の悪い建物では、大量に排気しても、各所の隙間からどんどん外気が入ってくるので、あまり差圧がつかないことが想像できるかと思います。 この性質を利用したものが気密測定で、ファンの流量を3段階以上変えて、それぞれで得られる排気量と差圧の関係の累乗関数から、隙間面積に換算します。ただ、この測定には大きな排気ファンも含めて、それなりに高額な専用の器材が必要です。そこで、排気に台所のレンジファンを利用して簡易化できるのではと考えて、昨年、ある企業の支援を得て特許を取得し、廉価で販売し始めました。これには、測定器そのもののコストダウンだけでなく、コンパクト・簡易化したことで測定の人件費も大幅に下げられると見込んでいます。 レンジフードを利用した気密測定 建築は耐久性や断熱性など、実際に出来たものが設計の通りの性能なのかを確認することが難しい分野です。その中で、気密性能は完成後の現場測定で分かる性能です。また、木造住宅の場合は(吹付け断熱工法の場合を除くと)、工事全般の丁寧な施工が気密性能に影響するので、それを測る目安にもなると考えています。それゆえ、私は今後の全ての住宅で建築者が気密性能を確認してから住まい手に引き渡してほしいと思っています。今回開発した測定器がその一助になれば良いと思っています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2025年7月8日号)掲載 Profile 松岡 大介(まつおか だいすけ) 建設学科教授。東洋大学大学院博士前期課程修了。京都大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)・一級建築士。 2017年4月より現職。専門は建築の温熱環境分野。

  • 【知・技の創造】数理モデルとものづくり

    行列と人々の思考 皆さんは航空機に乗る際、「乗客はなぜ行列を作るのだろう」と不思議に思ったことはないでしょうか。電車やテーマパークの場合は理解できます。その空間への入場が早ければ早いほど、受けられるサービス(ここでは座席の確保や、アトラクションの待ち時間)が向上するためです。しかし航空機の場合、座席は事前に指定されています。それにもかかわらず、乗客は列を成すのです。思いつくのは、「早く機内に入らないと、荷物棚が埋まってしまい、かばんやお土産が入れられなくなるから」などの理由でしょうか。確かに自席の上に荷物を入れられないと、空いている荷物棚を探す羽目になりますね。下手をすると座席から遠く離れた場所まで行かなければならないかもしれません。しかしながら、手荷物が大きく制限されているLCC(格安航空会社)の場合はどうでしょう。荷物棚が埋まる心配はあまりなさそうですが、それでもゲートの前に列ができている光景をよく目にします。 行列の緩和をするには これは日本のみならず、世界各国の空港でも同様です。やはり乗客には「早く乗り込みたい」という心理が働き、自然と行列を形成するものと考えられます。航空会社は搭乗する順序をグループで分けたり、後方座席や窓側の乗客から搭乗させたりと、あの手この手で行列の緩和を試みています。私の研究室では、このような現象、特に人や航空機の流れをコンピューター上で再現する、数理モデルというものを研究しています。先の乗客の例ですと、機内の環境をコンピューター上に用意してやり、そこに多数の乗客モデルを流し込みます。乗客モデルには、「自席に向かって歩く」「前が詰まっていたら止まる」「自席に着いたら荷物を格納し、着席する」「着席した後も、窓側席の乗客が来たら再度立ち上がる」と言ったルールを設定しておきます。単純なルールですが、これを数百人分、同時並行的に動作させると、驚くほど実際の行列に似たシミュレーションを行うことができます。また人の挙動だけではなく、航空機の交通流も研究対象の一つです。航空機も人や車と同じく、「行列」が存在します。例えば羽田空港を出発する際、飛び立つまで長らく地上で待機していた経験はないでしょうか。空港の処理能力には限界があるため、混雑する時間帯においては行列が発生するのです。このような航空機の状態も、コンピューター上で再現することができます。 数理モデルの活用と今後 数理モデルにはさまざまな種類がありますが、どのモデルにおいても対象の挙動データの取得が重要です。よってさまざまな機材を組み合わせ、実験装置を構築する必要があります。本学には設計から加工まで対応できる環境が揃っており、実験装置を自分たちで製作することができます。前職では、装置といえば購入するしかなかったため、想像だにしなかったことですが、このような何でもできる環境が整備されていることに驚くとともに、学生たちが少しうらやましくもあります。数理モデルは作って終わりではなく、その後の活用方法が重要です。今後は、自分の専門ではない現象の数理モデル化にも手を広げ、さまざまな実験装置を製作してデータを取得し、現実世界の多種多様な問題解決に取り組んでいきたいと考えています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2025年8月8日号)掲載 Profile 上原 健嗣(うえはら けんじ)情報メカトロニクス学科准教授。博士(情報科学)。北陸先端科学技術大学院大学・博士後期課程修了。国土交通省航空局を経て2025年より現職。専門は数理モデル、離散事象シミュレーション。

  • 【知・技の創造】住宅の気密性能

    隙間風のあれこれ 私は主に住宅の省エネ・快適・耐久性(防露・乾燥)の向上について研究しており、その一つに、住宅の気密性能(隙間の大きさ)に関する研究があります。住宅外表面の隙間が大きいと、その隙間からの外気の出入りによって、暖冷房エネルギーの増大を招き、冬期には足元に冷たい気流が生じて不快になります。これは外部風がない時でも生じます。冬期は室内の温度が外気に比べて高いので、住宅上方の隙間から室内空気が流出し、1階下方の隙間から外気が流出します。 隙間風の寒さに困っている方、またはより省エネにしたいけど、費用面で改修に躊躇されている方は、例えば1階の幅木下だけでも塞ぐ、あるいは床下に潜って壁下の手の届くところだけでも隙間を塞ぐ工事を行ってみてください。暖かくなったとの実感が得られるかを保証するのは難しいですが、暖房エネルギーは確実に減ります。 気密測定と建物の関係性 この住宅全体の隙間面積を測定する方法(気密測定)はJISで制定されています。室内の空気をファンで排気することを思い浮かべてください。気密性が良い(密閉性が高い)建物では少量の排気で、内外の気圧差(差圧)が大きくなり、気密性の悪い建物では、大量に排気しても、各所の隙間からどんどん外気が入ってくるので、あまり差圧がつかないことが想像できるかと思います。 この性質を利用したものが気密測定で、ファンの流量を3段階以上変えて、それぞれで得られる排気量と差圧の関係の累乗関数から、隙間面積に換算します。ただ、この測定には大きな排気ファンも含めて、それなりに高額な専用の器材が必要です。そこで、排気に台所のレンジファンを利用して簡易化できるのではと考えて、昨年、ある企業の支援を得て特許を取得し、廉価で販売し始めました。これには、測定器そのもののコストダウンだけでなく、コンパクト・簡易化したことで測定の人件費も大幅に下げられると見込んでいます。 レンジフードを利用した気密測定 建築は耐久性や断熱性など、実際に出来たものが設計の通りの性能なのかを確認することが難しい分野です。その中で、気密性能は完成後の現場測定で分かる性能です。また、木造住宅の場合は(吹付け断熱工法の場合を除くと)、工事全般の丁寧な施工が気密性能に影響するので、それを測る目安にもなると考えています。それゆえ、私は今後の全ての住宅で建築者が気密性能を確認してから住まい手に引き渡してほしいと思っています。今回開発した測定器がその一助になれば良いと思っています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2025年7月8日号)掲載 Profile 松岡 大介(まつおか だいすけ) 建設学科教授。東洋大学大学院博士前期課程修了。京都大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)・一級建築士。 2017年4月より現職。専門は建築の温熱環境分野。