Category

左官

  • 小舞壁の復元に取り組む都竹さん

    自分の特技を地域の文化継承へ――「ふじみ野市立博物館」三福学校復元プロジェクト

    2026年9月1日にオープンした、ふじみ野市立博物館 「自分が身につけた技術を、誰かの役に立てたい」――建設学科4年の都竹裕次郎さん(茨城県水戸工業高等学校出身)が参加したのは、ふじみ野市立博物館の改修工事の一部として行われた、三福学校の復元プロジェクトです。 都竹さんは、第63回技能五輪全国大会の左官職種に出場した学生として、本学でもその活躍が注目されました。技能五輪への挑戦を経て、さらに現場で経験を重ねている都竹さんが今回取り組んだのは、地域の歴史や文化を伝える施設の中で、伝統的な左官技術を生かした小舞壁の復元です。ふじみ野市立博物館は、もともと図書館だった建物を改修し、シアターや展示室、学習スペースなどを備えた新たな文化施設として生まれ変わりました。館内では、ふじみ野市の歴史映像が上映されるほか、地域の歴史や古くから受け継がれてきた文化が紹介されています。その一角を担うのが、都竹さんの左官技術を生かして復元された小舞壁です。 今回のプロジェクトを通して見えてきたのは、伝統建築を支える技術には、図面やCADだけでは伝えることのできない「暗黙知」が存在するということでした。 技能五輪から、地域の現場へ 技能五輪大会での都竹さん 左官の仕事は、材料を塗ることだけではありません。仕上がりを見極め、どこまで塗れば平らになるのかを判断する感覚が求められます。都竹さんが特に難しいと感じたのは、「経験で平らに塗る」という判断でした。 「寸法をその都度測って仕上げるのではなく、養生をして、目で見ながら、これまでの経験をもとに平らに塗っていく。その感覚が難しいと感じました」 図面は、寸法や位置関係を正確に記録するためには欠かせません。しかし、職人が経験の中で身につけてきた「どのように見えるか」「どこまで塗れば平らになるか」といった感覚まで、すべてを図面に落とし込むことは容易ではありません。今回の復元作業でも、設計担当者が図面化に苦戦する場面がありました。そこで、ものつくり大学の非常勤講師である宮前守先生や鈴木光先生が、実際の現場で手本を示しながら作業を進めました。伝統技術は、知識として教わるだけでは身につきません。実際に手を動かし、経験を積み重ねる中で、その技術や感覚を身につけていくものです。 都竹さん自身も、左官を知ってから半年ほどで技能五輪に出場しました。当時は「好きになりかけ」という段階だったと振り返ります。しかし、大会を経験したことで左官という職種全体への好奇心が強くなり、それまで以上にさまざまな技能を学んでみたいと思うようになりました。現在もインターンシップや現場に参加する機会を探しながら、古民家の改修や復元模型など、普段とは違う現場で経験を積みたいと考えています。 「先生からは『学生としては上出来』と評価していただきましたが、自分で触ってみると、まだ粗いところも感じます。毎日の積み重ねが技術につながっていることを実感していますし、まだまだ上達できる余地があると思っています」 技能五輪を一つの通過点として、都竹さんはさらに技術を学び続けています。そして、その技術を生かす場は、今回のように地域の歴史や文化を残す現場にも広がっています。 「明治から続く工法」を、次の世代へ 小舞壁の復元に取り組む都竹さん 都竹さんが今回のプロジェクトを通して感じたのは、左官技術の難しさだけではありません。古くから続いてきた工法や、それを支えてきた職人の仕事について、もっと多くの人に知ってもらいたいという思いも強くなりました。 「明治から続いている工法があるということを、もっと多くの人に知ってもらえたらと思っています。伝統建築がどのようにつくられているのかを知ってもらうためにも、実際の現場を見てもらったり、技術について説明したりすることには意味があると思います」 左官という仕事は、親世代にもまだ十分に知られていない部分があると都竹さんは感じています。若い世代から、その親世代まで、左官という仕事や伝統建築について知ってもらうきっかけをつくることができれば――。そこには、自分が身につけた技術を社会に役立てたいという思いがあります。 今回のプロジェクトは、都竹さん一人の技術だけで実現したものではありません。きっかけとなったのは、宮前先生とその所属団体である建設埼玉西埼玉地区本部とのつながりでした。見学をきっかけに「一緒にやりませんか」と話が生まれ、宮前先生から本学建設学科の三原斉教授へ紹介されたことで、今回のプロジェクトが動き始めました。地域に残る明治期の船問屋建物などの歴史的資源を接点として、ものつくり大学が培ってきた技能と、実際の地域の現場が結びついたのです。 都竹さんにとっては、大学で身につけた技術を実際の社会で生かす貴重な機会となりました。そして地域にとっても、次世代を担う学生が伝統技術に触れ、その技術を学んでいくことは、文化を未来へつないでいくための大切な一歩となります。 完成したのは小舞壁という「建築物」だけではありません。施工の過程で撮影された写真や現場での記録、そして都竹さんや専門家が実際に手を動かして得た経験もまた、次の世代へ伝えていくための重要な財産です。 技術を「生きた文化」として残す 伝統建築の技術は、職人の経験や身体感覚に支えられています。その一方で、担い手の高齢化が進む中、その継承は大きな課題となっています。だからこそ、専門家から学生へ技術を伝え、学生が実際の現場で経験し、その過程を記録として残すことには大きな意味があります。 今回得られた知見や記録は、今後、ものつくり大学が建築士会向けに実施している講座などにおいて、図面だけでは伝えることのできない技術を学ぶための教材として活用することも期待されています。 復元された建物は、単に昔の建築物を再現したものではありません。そこには、実際に人の手によって受け継がれてきた技術があります。その意味で、伝統技術によってつくられた建築は、今も技術が息づく「生きた芸術作品」ともいえるでしょう。夜間のライトアップによって、その美しさがさらに際立つことも期待されています。 また、今後は漆喰の補修や石垣のメンテナンスなど、博物館が抱えるさまざまな課題についても、専門家との連携による技術提供が期待されています。今回のプロジェクトは、一つの壁を復元して終わるものではありません。 学生が身につけた技術を地域で生かし、その経験を次の世代へ伝えていく。その積み重ねが、伝統技術を未来へ残すことにつながっていきます。 「自分の特技を、社会のために」 ふじみ野市教育委員会の田中さん(左)と都竹さん(右) 改修され、新しく生まれ変わったふじみ野市立博物館を見守るふじみ野市教育委員会博物館学芸係長田中さんからも、今回の取り組みについてお話を伺いました。田中さんは、ものつくり大学の存在や学生たちの技能習得、技能五輪での活躍を知り、「一緒にできてありがたい」と話します。現場での丁寧な仕事ぶりにも高い評価をいただき、地域と教育機関が協働することの価値を感じていただいています。 博物館では今後、来館者が楽しめるよう、けん玉など昔の遊びを体験する企画や、ものづくり教室、鋳造体験など、子どもたちが夢中になれる体験型イベントも検討されています。建物や展示物を見るだけではなく、地域の歴史や文化、そして「ものをつくること」に実際に触れてもらう。そんな場所へと、博物館はさらに発展していこうとしています。 都竹さんが左官という技術に出会ったのは、まだ大学生活の途中でした。技能五輪への挑戦を経て、さまざまな現場を経験する中で、技術への興味はさらに広がっています。そして今、その技術は自分自身のためだけではなく、地域の文化を残すためにも生かされています。 「自分の特技を社会貢献として生かす」。 それは、ものつくり大学が大切にしている「ものづくり」の学びを象徴する姿の一つなのかもしれません。今回の小舞壁復元プロジェクトで得られた経験と記録が、次の学生へ、そして次の世代へと受け継がれていく。 失われつつある技術を未来へつなぐために、ものつくり大学はこれからも、学生の技術と地域社会を結びつける取り組みを続けていきます。

  • 小舞壁の復元に取り組む都竹さん

    自分の特技を地域の文化継承へ――「ふじみ野市立博物館」三福学校復元プロジェクト

    2026年9月1日にオープンした、ふじみ野市立博物館 「自分が身につけた技術を、誰かの役に立てたい」――建設学科4年の都竹裕次郎さん(茨城県水戸工業高等学校出身)が参加したのは、ふじみ野市立博物館の改修工事の一部として行われた、三福学校の復元プロジェクトです。 都竹さんは、第63回技能五輪全国大会の左官職種に出場した学生として、本学でもその活躍が注目されました。技能五輪への挑戦を経て、さらに現場で経験を重ねている都竹さんが今回取り組んだのは、地域の歴史や文化を伝える施設の中で、伝統的な左官技術を生かした小舞壁の復元です。ふじみ野市立博物館は、もともと図書館だった建物を改修し、シアターや展示室、学習スペースなどを備えた新たな文化施設として生まれ変わりました。館内では、ふじみ野市の歴史映像が上映されるほか、地域の歴史や古くから受け継がれてきた文化が紹介されています。その一角を担うのが、都竹さんの左官技術を生かして復元された小舞壁です。 今回のプロジェクトを通して見えてきたのは、伝統建築を支える技術には、図面やCADだけでは伝えることのできない「暗黙知」が存在するということでした。 技能五輪から、地域の現場へ 技能五輪大会での都竹さん 左官の仕事は、材料を塗ることだけではありません。仕上がりを見極め、どこまで塗れば平らになるのかを判断する感覚が求められます。都竹さんが特に難しいと感じたのは、「経験で平らに塗る」という判断でした。 「寸法をその都度測って仕上げるのではなく、養生をして、目で見ながら、これまでの経験をもとに平らに塗っていく。その感覚が難しいと感じました」 図面は、寸法や位置関係を正確に記録するためには欠かせません。しかし、職人が経験の中で身につけてきた「どのように見えるか」「どこまで塗れば平らになるか」といった感覚まで、すべてを図面に落とし込むことは容易ではありません。今回の復元作業でも、設計担当者が図面化に苦戦する場面がありました。そこで、ものつくり大学の非常勤講師である宮前守先生や鈴木光先生が、実際の現場で手本を示しながら作業を進めました。伝統技術は、知識として教わるだけでは身につきません。実際に手を動かし、経験を積み重ねる中で、その技術や感覚を身につけていくものです。 都竹さん自身も、左官を知ってから半年ほどで技能五輪に出場しました。当時は「好きになりかけ」という段階だったと振り返ります。しかし、大会を経験したことで左官という職種全体への好奇心が強くなり、それまで以上にさまざまな技能を学んでみたいと思うようになりました。現在もインターンシップや現場に参加する機会を探しながら、古民家の改修や復元模型など、普段とは違う現場で経験を積みたいと考えています。 「先生からは『学生としては上出来』と評価していただきましたが、自分で触ってみると、まだ粗いところも感じます。毎日の積み重ねが技術につながっていることを実感していますし、まだまだ上達できる余地があると思っています」 技能五輪を一つの通過点として、都竹さんはさらに技術を学び続けています。そして、その技術を生かす場は、今回のように地域の歴史や文化を残す現場にも広がっています。 「明治から続く工法」を、次の世代へ 小舞壁の復元に取り組む都竹さん 都竹さんが今回のプロジェクトを通して感じたのは、左官技術の難しさだけではありません。古くから続いてきた工法や、それを支えてきた職人の仕事について、もっと多くの人に知ってもらいたいという思いも強くなりました。 「明治から続いている工法があるということを、もっと多くの人に知ってもらえたらと思っています。伝統建築がどのようにつくられているのかを知ってもらうためにも、実際の現場を見てもらったり、技術について説明したりすることには意味があると思います」 左官という仕事は、親世代にもまだ十分に知られていない部分があると都竹さんは感じています。若い世代から、その親世代まで、左官という仕事や伝統建築について知ってもらうきっかけをつくることができれば――。そこには、自分が身につけた技術を社会に役立てたいという思いがあります。 今回のプロジェクトは、都竹さん一人の技術だけで実現したものではありません。きっかけとなったのは、宮前先生とその所属団体である建設埼玉西埼玉地区本部とのつながりでした。見学をきっかけに「一緒にやりませんか」と話が生まれ、宮前先生から本学建設学科の三原斉教授へ紹介されたことで、今回のプロジェクトが動き始めました。地域に残る明治期の船問屋建物などの歴史的資源を接点として、ものつくり大学が培ってきた技能と、実際の地域の現場が結びついたのです。 都竹さんにとっては、大学で身につけた技術を実際の社会で生かす貴重な機会となりました。そして地域にとっても、次世代を担う学生が伝統技術に触れ、その技術を学んでいくことは、文化を未来へつないでいくための大切な一歩となります。 完成したのは小舞壁という「建築物」だけではありません。施工の過程で撮影された写真や現場での記録、そして都竹さんや専門家が実際に手を動かして得た経験もまた、次の世代へ伝えていくための重要な財産です。 技術を「生きた文化」として残す 伝統建築の技術は、職人の経験や身体感覚に支えられています。その一方で、担い手の高齢化が進む中、その継承は大きな課題となっています。だからこそ、専門家から学生へ技術を伝え、学生が実際の現場で経験し、その過程を記録として残すことには大きな意味があります。 今回得られた知見や記録は、今後、ものつくり大学が建築士会向けに実施している講座などにおいて、図面だけでは伝えることのできない技術を学ぶための教材として活用することも期待されています。 復元された建物は、単に昔の建築物を再現したものではありません。そこには、実際に人の手によって受け継がれてきた技術があります。その意味で、伝統技術によってつくられた建築は、今も技術が息づく「生きた芸術作品」ともいえるでしょう。夜間のライトアップによって、その美しさがさらに際立つことも期待されています。 また、今後は漆喰の補修や石垣のメンテナンスなど、博物館が抱えるさまざまな課題についても、専門家との連携による技術提供が期待されています。今回のプロジェクトは、一つの壁を復元して終わるものではありません。 学生が身につけた技術を地域で生かし、その経験を次の世代へ伝えていく。その積み重ねが、伝統技術を未来へ残すことにつながっていきます。 「自分の特技を、社会のために」 ふじみ野市教育委員会の田中さん(左)と都竹さん(右) 改修され、新しく生まれ変わったふじみ野市立博物館を見守るふじみ野市教育委員会博物館学芸係長田中さんからも、今回の取り組みについてお話を伺いました。田中さんは、ものつくり大学の存在や学生たちの技能習得、技能五輪での活躍を知り、「一緒にできてありがたい」と話します。現場での丁寧な仕事ぶりにも高い評価をいただき、地域と教育機関が協働することの価値を感じていただいています。 博物館では今後、来館者が楽しめるよう、けん玉など昔の遊びを体験する企画や、ものづくり教室、鋳造体験など、子どもたちが夢中になれる体験型イベントも検討されています。建物や展示物を見るだけではなく、地域の歴史や文化、そして「ものをつくること」に実際に触れてもらう。そんな場所へと、博物館はさらに発展していこうとしています。 都竹さんが左官という技術に出会ったのは、まだ大学生活の途中でした。技能五輪への挑戦を経て、さまざまな現場を経験する中で、技術への興味はさらに広がっています。そして今、その技術は自分自身のためだけではなく、地域の文化を残すためにも生かされています。 「自分の特技を社会貢献として生かす」。 それは、ものつくり大学が大切にしている「ものづくり」の学びを象徴する姿の一つなのかもしれません。今回の小舞壁復元プロジェクトで得られた経験と記録が、次の学生へ、そして次の世代へと受け継がれていく。 失われつつある技術を未来へつなぐために、ものつくり大学はこれからも、学生の技術と地域社会を結びつける取り組みを続けていきます。