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2026年3月の記事一覧

  • VTuber研究に感じた「学ぶ自由」という贅沢

    Introduction 「その研究、何の役に立つの?」大学での学びを考えるとき、多くの人が一度は抱く疑問かもしれません。建設学科4年の小島都和さん(日常意匠研究室)が取り組んだ卒業研究のテーマは、VTuberの演奏に感じる“違和感”。一見すると、実務とは結び付かない不思議なテーマです。しかし、その研究過程で見えてきたのは、「役に立つかどうか」では測れない学びの価値でした。 「なんか変だよね」から始まった研究 「腕が楽器を貫通している」「指が弦に触れていない」研究室のゼミでVTuberの演奏動画を見たとき、そんな声が次々上がりました。軽音学部に所属している小島さんにとって、その違和感は見過ごせないものでした。とはいえ、当初から明確な研究テーマがあったわけではありません。自分の音楽遍歴を振り返ったり、人によって楽器の取り扱い方がどう違うの調べたり--。試行錯誤を重ねる中で、なかなか形にならないもどかしさを感じていたといいます。 軽音学部のライブで演奏する小島さん(写真:左) そんな中で見つけたのが、「VTuberの演奏シーンに感じる違和感」でした。「この“何か変だよね”をちゃんと説明できないだろうか」。その素朴な疑問が研究の出発点となりました。しかし、「違和感」を研究することは簡単ではありません。そもそも違和感とは何なのか。どこからが不自然なのか。明確な基準はありません。さらに、目に見えるデータとして集めることも難しいテーマです。研究を始めた当初、小島さんは迷走していたと振り返ります。それでも、学問とは「問いを学ぶこと」だという教授の主催するゼミでの議論を重ねる中で気づいたのは、答えがすぐに出ない問いに向き合うこと自体に意味があるということでした。その気づきによって「考えることがどんどん面白くなった」と小島さんはいいます。 「分からない」を言葉にするという挑戦 小島さんが取り組んだのは、「違和感」という曖昧な感覚を言葉にすることでした。まず、違和感を「人間にはできない動きや、物理的に不自然な現象」と定義します。そして、VTuverだけでなく、実在のバンドやアニメ、漫画など複数のコンテンツを対象に演奏シーンを一つひとつ検証していきました。収集したシーンは203にのぼります。さらに、小島さんは実際に同じフレーズを自分で演奏し、映像と比較することで検証を深めました。重要だったのは、「誰にでも伝わる言葉」にすることです。専門的な言葉をそのまま使うのではなく、「弦の端にある金属のパーツ」など、楽器を知らない人にもイメージできるように言い換える。その積み重ねによって、“何となく変”だった感覚が少しずつ輪郭を持ち始めました。 それは本当に“役に立たない”のか 分析を進める中で、小島さんはある視点にたどり着きます。それが、「ライブ感」と「リアル感」という2つの軸です。音や演出によって高い臨場感を生み出す「ライブ感」、見た目の動作が人間として自然に見えるかという「リアル感」。VTuberの演奏はライブ感が高い一方で、リアル感が低い。このアンバランスさこそが、違和感の正体でした。同じく日常意匠研究室に所属している羽多叶さんは、小島さんの研究の面白さについて、「ライブ感」と「リアル感」の2軸が基準となったことで、VTuberを推している人たちはリアルさを求めているわけではないということが可視化された点だといいます。一見すると、この研究は「VTuberの分析」に過ぎないように見えるかもしれません。しかし、その本質は「人の技能をどう表現するか」という、より普遍的な問いにあります。この視点は、音楽だけでなく、スポーツや伝統芸能など、そしてもちろん、ものづくりの技能も含め、様々な分野に通じるものです。 卒業研究を発表する小島さん 役に立たない研究ができる幸せ 「何の役に立つか分からない研究ができることが幸せなんです」日常意匠研究室を主宰する土居浩教授は、そう語ります。すぐに成果が求められる社会において、「役に立つかどうか」は需要な基準です。しかし、大学という場所には、それだけではない価値があります。すぐに答えが出ない問いについて、時間をかけて考え続けること。仲間と議論しながら、「なぜ?」を深掘りしていくこと。「ああだこうだと言い続けられる場所があること自体が、すごく貴重なことだと思うんです」その言葉に、小島さんも強く共感したといいます。ものづくりの現場では、計画通りに進める「PDCA」だけでなく、状況に応じて判断し行動する「OODA」という考え方も重要だと言われています。今回の研究もまた、あらかじめ決まった答えに向かうものではありませんでした。違和感に気づき、観察し、試し、また考える。その繰り返しの中で少しずつ輪郭が見えてくる。大学とは、そうしたプロセスを経験する場所でもあります。 大学は「答えを出す場所」ではない 「何の役に立つか分からない」その問いに、すぐに答えを出す必要はありません。むしろ、分からないまま考え続けること。違和感を言葉にし、問いを重ね、他者と共有すること。その積み重ねが新しい価値を生み出していきます。ものつくり大学には、そんな“無駄かもしれない時間”を本気で過ごせる環境があります。そして、その時間こそが、これからの時代に必要とされる力を育てていくのかもしれません。 関連リンク ・日常意匠研究室WEBページ・創造しいモノ・ガタリ03~「問い」を学ぶ。だから学問は楽しい~

  • 【知・技の創造】建築観察学

    建築観察学とは 本稿タイトルの“建築観察学”とは何か?この言葉は、小生が数年前から本学で展開している授業の科目名です。この授業では、建築物を構成する建築材料とそれらがどのように建築に取りついているのかを、本学の校舎を受講生が子細に観察して、最終的に図面化することを行います。 では、なぜ“建築観察”なのか?例えば大学入試の問題では、問題文が答えであることはないと思いますが、建築は謂わば答えが見えて建っている状態と言えます。目の前に立ち上がっている建築は倒壊していなければ,それがある意味の正解だからです。正解が目の前にあるのにこれを観察しない手はありません。建築物は,主には構造材料、仕上材料および下地材料(建築材料を支えるための下地に使われる建築材料、一般には壁や天井の中にあるため目に触れることは少ない)で構成されており、非常に多くの建築材料の集合体と言えます。 これらを観察することによって、建築材料の成り立ちや諸物性を知るとともに、どのように施工して組み立てられているかなど、建築を成立させるための技術体系の一端を体得できる効果があります。 現場を知る 建築は、経験工学の集積である側面が強く、机上の空論よりも現場を知ること、観察することによって、正に「百聞は一見に如かず」の事象の塊と言っても過言ではありません。小生は若い頃に大学での正式な建築の教育を受けないまま建設業界に勤めることとなりました。そのため、業務で分からないことがあると、どの書籍にどの技術が書かれているのか?について、恐らく大学の建築学科において専門教育を受けてきた方々は知っている基本的な事柄すら分かりませんでした。 そこで、当時の少ない給料で片っ端から専門書を購入し、読み漁りました。その結果、どの書籍にどのような技術的な答えが載っているのかの見当がつけられるようになりましたが、一部の書籍では実務では使わない古すぎる技術が記載されていることにも気づきました。すなわち、市販の書籍が全てではないことが分かったのです。 自分の足で調査する そこで始めたのが、自分が触れる建築物がどの建築材料でできているのか?材料はどのように構成されているのか?寸法?などについて、巻き尺やスケッチブックを手に測ることでした。元来凝り性なところがあって、山手線の車内のつり革や手摺の直径にはじまり、椅子の寸法構成なども乗客からの奇異な目で見られることも厭わず測ることが癖づいていました。お酒を飲みに行っても、カウンターの素材や寸法などを観察していました。周りからするとちっとも酔えない酒席です。 現在のようにインターネットが無く、自分の足を使って情報収集するしかなかったのです。今どきで言うところの“タイパが悪い行為”でした。ところが、観察することによって体得した知識が未だに活きており,普段の教育研究活動のみならず日常業務への向き合い方を考える際にも大いに役立っています。建築に限らず,特に初学者や新入社員の若い方々は、目の前にある物事や事象を観察する癖をつけてみてはいかがでしょうか。必ずや将来の自身の血となり肉となり、真の知識として体得できると思います。 埼玉新聞「知・技の創造」(2026年3月6日号)掲載 Profile 大塚 秀三(おおつか しゅうぞう)建設学科教授川口通正建築研究所を経て、2005年ものつくり大学技能工芸学部建設技能工芸学科卒業(社会人入学、1期生)2013年日本大学大学院理工学研究科博士後期課程修了 博士(工学)2018年4月より現職。専門は建築材料施工、コンクリート工学

  • 先端技術×伝統技法で14mの木橋を蘇らせる。学生が挑んだリノベーションの舞台裏

    Introduction 2024年5月、ものつくり大学と草加市が締結した「木橋リノベーション事業に関する基本協定」。その第2弾として2025年度に取り組んだのが、橋長14メートルの木橋「ふれあい橋」の再生です。橋梁・構造を研究する建設学科の大垣研究室と、木造構造・材料を研究する芝沼研究室による共同リノベーション事業として実施されました。この事業の中心を担った、建設学科4年生の小林駿斗さん(大垣研)と坂本匠さん(芝沼研)に、実践的な学びや苦闘、そして成長の記録をインタビューしました。 想像を超えた14メートル橋との対面、研究室を越えた結束 -まずは、このリノベーション事業に携わることになったきっかけと、その時の思いを教えてください。 【坂本】私は卒業研究のテーマを考えていた際、芝沼先生から「大垣研究室と合同で木橋のリノベーションをやってみないか」と勧められたのがきっかけです。元々大きい橋の改修という話を聞いていましたが、当初は「古い橋の一部を新しいものに作り直すだけなら、そんなには難しくないだろう」と少し楽観的に考えていた部分もありました。 【小林】私は前年度の「中根ふれあい橋」の補修も経験していたので、大垣先生からお話をいただいた時は「昨年の経験が生かせる」と引き受けました。しかし、現場で実際に14メートルの「ふれあい橋」を目にした時は、想像の3倍くらい巨大で驚きました。「本当にこれを自分たちだけで補修し、卒業できるのかな」とプレッシャーが押し寄せてきたのを覚えています。 坂本匠さん 小林駿斗さん 大学に搬入された補修前の「ふれあい橋」 -大垣研究室(橋梁・構造)と芝沼研究室(木造構造・木材)の共同リノベーション事業で異なる専門性を持つ学生がどのように連携したのですか? 【坂本】私は主に高欄(手すり)の製作を担当し、小林君たちは橋の骨組みである主桁(しゅけた)1や床板(しょうばん)2の補修を担当しました。高欄は、組み立てなど人が必要な時は、芝沼研究室のメンバー以外にも声を掛けて10人くらいで作業をしました。高欄を主桁に取り付ける段階に入ってからは小林君たちとずっと一緒に作業に取り組みました。 【小林】大垣研究室側は、私と大学院生の平田さんを中心に、3~4人で動いていました。先生方の指導はもちろんですが、平田さんは昨年の知見もありますし、木材にも詳しいのでさまざまなアドバイスをいただきました。 小林さんが作成した「ふれあい橋」の側面図 硬くて重い木材「ボンゴシ」との格闘 -2025年6月、大学に「ふれあい橋」が運び込まれましたが、実際に目の当たりにしてどうでしたか? 【小林】現場で見た時は「表面が少し痛んでいるかな」という程度に思えましたが、いざ解体してみると愕然(がくぜん)としました。木材の内部がアリに食い尽くされていたり、雨水が溜まって芯まで腐っていたり・・・。前回の「中根ふれあい橋」は日本の材で軽かったのですが、今回の「ふれあい橋」は南アフリカ原産「ボンゴシ」という非常に硬く、重い木材が使われていました。本来、腐食や雨などに強いはずの材ですが、3本ある主桁の1段目がほぼ全滅状態でした。 【坂本】橋をぱっと見て、高欄の柱の接合部は腐っていると思いました。実際、表面上は硬そうに見えても、解体してみると、中はかなり腐朽劣化した状態でした。 接合部の解体作業 腐朽劣化状況 -その「ボンゴシ」材の解体作業にかなり苦労されたそうですね。 【小林】正直、もう二度と触りたくないと思うほど大変でした。とにかく硬くて重い。例えば、ビスを一本打つのも一苦労で、木が硬すぎてビスが負けて、途中でねじ切れてしまう感じだったんです。腐った部分を削ろうとしても、ノミや丸鋸とかの刃が欠けたりすることもあり、作業する学生全員が悲鳴を上げてしまうような状況でした。 【坂本】ボンゴシ材に触れ、木材の中に深く埋まっている鉄筋を抜く作業にはかなり苦戦しました。当初は「使える部分は再利用する」という方針でしたが、あまりの劣化の激しさに、多くの部材が再利用不可能だと判断されました。そこから急きょ、新しい材を発注し、一から加工し直すことに・・・。作業量は当初の予想を上回ることになりました。 先端素材CFRPと伝統技法「腰掛鎌接」の融合 -小林さんが担当された主桁や床板の補修では腐朽部分に樹脂3施工とCFRP(炭素繊維強化プラスチック)4施工を行ったそうですね。樹脂施工で大変だったことは? 【小林】苦労したのは「樹脂」の温度管理でした。解体後に腐った部分を取り除き、そこに樹脂を流し込んで固める作業をしたんです。樹脂を漏らさないために木材の欠損部に合わせ枠を貼って、樹脂を流し込む型枠を作りました。樹脂は混ぜると化学反応で熱を持ちますが、夏の猛暑もあって、型枠の中でグツグツと煮え立ってしまうんですよ。それを防ぐため、早朝から少しずつ注入し、つきっきりで作業しました。型枠を外して整えるまで計3日。日付をまたぐこともありましたが、木材を確実に蘇らせるためには欠かせない工程でした。 樹脂注入作業 -今回のリノベーションでは、最先端素材である「CFRP」が補修の鍵となっていますね。この素材の特性と採用した狙いについて教えてください。 【小林】CFRPは鉄と同等の強度を持ちながら非常に軽く、腐食しないという特性があります。日光に弱い点も塗装でカバーできるんです。今回は、腐食して弱くなった木材の一部を樹脂で埋め戻し、その上からCFRPシートを何層も貼り付けることで、元の木材単体よりもはるかに高い耐久性と強度を持たせる手法を取りました。 -CFRP施工で最も気を使われたポイントは? 【小林】特に「成型版(CFRPシートを何層も重ねて固めた板)」を作る時は気を使いました。CFRPシートに樹脂を染み込ませて積層し、板状のパーツ(成型版)を自作するのですが、これが時間との勝負なんです。樹脂が固まり始める前に、すべてのシートを重ねなければならない。休憩も一切取れず、ゼミの仲間10人とシャツを絞れば汗が出るくらいになりながら極限状態で作業しました。でも、その苦労があったからこそ、完成後の「載荷試験」で、設計荷重をかけても「たわみ」が従来の半分以下に抑えられた時は、努力が報われた気がしてうれしかったです。 接合部のCFRP成型版による補修 -坂本さんが担当された高欄は、橋の「顔」とも言える部分ですね。特にこだわったポイントは? 【坂本】デザインに関しては、元々の形状を最大限に尊重しました。その中で特にこだわったのが、人の手が直接触れる「笠木(かさぎ)5」の部分です。当初は、木材同士を直角に切って組み合わせる単純な接合方法でしたが、あえて、ものつくり大学で学んだ昔ながらの伝統的な継手「腰掛鎌継(こしかけかまつぎ)6」を採用しました。木材同士を複雑に噛み合わせることで、一本の太い木のように強固に繋がり、乾燥や湿気による「ねじれ」にも強い構造になるんです。ここには非常に力を入れました。 -高欄づくりにおいて、苦労した点や工夫したところはありますか? 【坂本】とにかく加工と組み立ての物量が膨大でした。例えば、高欄の縦材を差し込むための穴を200個ほど開ける作業などは、非常に時間がかかり苦労しましたね。また、仕上の際、通路側の柱の節(ふし)が目立つ箇所に塗装がうまく乗らず、黒ずんでしまった部分がありました。そこを小さな木材で丁寧に補修する「埋木(節などの穴を木片で埋める作業)」を施し、指先で触れたときに引っかかりがないよう、徹底的に磨き上げました。 -この橋を訪れる利用者には、どのようなことを感じてほしいですか? 【坂本】高欄には、ヒノキや杉といった柔らかく温かみのある木材を使用しています。橋を渡る人がふと高欄に手を置いたとき、「あ、なんだか温かみがあるな」と、木の持つ優しさを肌で感じてもらえたらうれしいですね。 笠木の加工の様子 予期せぬトラブルと深まった互いへの信頼 -お二人の間で、冷や汗をかいた場面があったそうですね。 【坂本】実は、最終組み立ての段階で大きなミスが発覚しました。私と小林君の間で、ボルトを通す位置の打ち合わせが不十分だったんです。私が主桁に高欄を取り付けようとした場所には、小林君が主桁を補強するため大量のビスが打ってあって。ボルトを通そうとドリルを当てても、中のビスに当たって進まない。でも、橋の構造上、ボルトの位置はもう変えられない。結局、反対側から慎重に穴を開け、中にあるビスを鉄鋼用のヤスリでひたすら削り落とし、貫通させたのは何より大変でした。 【小林】あれは本当に青ざめました。補強を強固にすることに必死で、後からボルトを通すスペースを確保することを失念していたんです。ミスマッチがないように「事前の打ち合わせの『ほうれんそう(円滑な業務遂行のための「報告」「連絡」「相談」の頭文字をとった言葉)』」がいかに重要かを痛感しました。 -異なる強みを持つお二人がタッグを組んだからこそ成し遂げられたと感じます。一緒に作業をされたことで、お互いに刺激を受けたり、助けられたりしたことはありますか? 【小林】坂本君は加工技術が本当に卓越していて、現場では何度も助けられました。実は、最初は自分一人ですべての補修を担うつもりだったんです。でも、芝沼先生から「一人では大変すぎるから坂本さんにも入ってもらおう」と助言をいただいて。もし自分一人で高欄まで手掛けていたら、作業は膨大な時間を要していたはずです。彼の高度な技術があったからこそ、このクオリティで完成させることができました。 【坂本】僕は木造が専門なので、樹脂やCFRPシートに関する知識は全くない状態からのスタートでした。しかし、今回手がけた高欄も、実は笠木の部分にシートを巻くなど、先端素材の技術や知識が必要な場面があったんです。そんな時、小林君や大垣研の皆さんが人手を出して一緒に作業してくれたり、大学院生の先輩が木造の作業まで手伝ってくれたりと、知識面でも作業面でも本当に支えられました。自分一人では決して届かなかった領域を、仲間のおかげで形にすることができました。 実学が教えてくれた、ものづくり人としての成長 -補修完了にあたり、1月7日に行われた完成式を終えた今、自分自身の成長をどう感じていますか? 【小林】私はもともと、図面を正確に書くことやCADの操作が苦手で、どこか避けている部分がありました。しかし、14メートルの橋をリノベーションするには、構造計算をし、ミリ単位の図面を引き、それを現場に落とし込む必要があります。そのプロセスを逃げずにやり遂げたことで、技術的な自信がつきました。また、共同事業では何より協力体制が大事だったので、必要不可欠なコミュニケーション能力も向上したと思います。 【坂本】私は「工程管理」の重要性を学びました。見積り通りに進まず、自分の予測の甘さを痛感させられたこともありました。しかし、最終的には「この作業は何日くらいで終わるだろう」といった予測を立てられる能力が身についたと感じています。大学4年間の集大成としてこの事業をやり遂げることができたのは自分にとって大きな自信になっています。 -ものつくり大学での学びは、リノベーション事業でどのように生かされましたか? 【坂本】私は高校が普通科出身でしたが、ものづくりが好きでこの大学に進学しました。3年生の時に技能五輪国際大会に出場させてもらった経験があり、そこで培った「正確性とスピードの両立」という意識が橋の高欄をきれいに作る上で生きました。 【小林】私も普通科出身で、最初は「体を動かして学びたい」という理由で入学しました。オープンキャンパスで「工事をしているのも全部学生だよ」と教わった時の衝撃は今も覚えています。CADの使い方や図面の書き方が役に立ったのはもちろん、道具の使い方や危険時対応の学びも生きました。今回のリノベーション事業では、ものつくり大学だからこそ、ストラクチャー実習場7という充実した設備を使えたり、ラフタークレーンも入ってこられたりして大変助かりました。 補修が完了した「ふれあい橋」 未来へつなぐ、伝統と責任の架け橋 -自分たちが直した橋が、草加市民の生活の一部になることへの思いを聞かせてください。 【坂本】元々あった「ふれあい橋」は散歩道として交通量も多く、地域のみなさんに馴染み深いものだったと思います。私たちが改修した橋も親しみを感じて使って欲しいです。私が作った腰掛鎌継の継手や、細かな「埋め木」の跡に気づいてくれる人がいたらうれしいです。「ふれあい橋」が草加市の方々に大切に使い続けてもらえるよう、ものつくり大学の後輩たちにメンテナンスを引き継いでもらい、整備を継続していってほしいと思います。 【小林】公園が目の前にあるので、交通量もありますし、人が歩くので「安全に使われてほしい」と思います。私たちが施したCFRP補強や防水加工も万能ではありません。日々の点検や塗装の塗り替えなど、適切なメンテナンスをしていただければ助かります。 -最後にお二人の卒業後の進路に今回のリノベーション事業はどのようにつながっていると感じますか? 【坂本】4月からは、群馬の住宅工務店で大工として働き始めます。橋であっても住宅であっても、「人が使うものを作る」という本質は変わりません。今回のリノベーション事業を通し、人が使うもの、毎日の生活に必要なものを作れたことで、未来に向けた一歩になったと感じています。 【小林】私はゼネコンに就職し、施工監理か生産管理の道に進みます。木造の現場ではありませんが、実際に使われる橋の改修を行ったので、工程管理や人との連係プレーの学びは、これから必ず生きると信じています。 用語解説 1.主桁(しゅけた):橋の「背骨」となる最も重要な構造部材。橋の長さ方向に架けられ、橋の上に乗る人や車を支え、その力を土台に伝える役割を果たす。2.床版(しょうばん):人が直接通る「床」の部分。主桁の上に敷き詰められる板材のこと。常に雨や歩行による摩耗にさらされるため、高い耐久性と滑りにくさが求められる。3.CFRP(炭素繊維強化プラスチック):「鉄より強く、アルミより軽い」最先端の複合素材。炭素繊維を樹脂で固めたもので、重さは鉄の約4分の1だが、強度は10倍近くある。4.樹脂(じゅし):木材の欠損部を埋め、強度を回復させる「液体プラスチック」。2種類の液体を混ぜることで化学反応を起こし、カチカチに硬化する。腐朽して空洞になった内部に流し込むことで、腐食の進行を止め、木材を内部から補強する。5.笠木(かさぎ):手すり(高欄)の最上部に取り付ける仕上げ材。橋を渡る人が直接手を置く部分。手触りの良さといった意匠性だけでなく、下の構造体に雨水が浸入するのを防ぐ「屋根」のような役割も持っている。6.腰掛鎌継(こしかけかまつぎ):釘を使わずに木材をつなぐ、日本伝統の「継手(つぎて)」技法。一方の材を「鎌」のような形に削り、もう一方の凹みに落とし込んでスライドさせることで、引っ張っても抜けない強固な連結を可能にする。乾燥による木の狂いにも強い、先人の知恵が詰まった技法。7.ストラクチャー実習場:巨大な構造物の製作・実験が可能な、ものつくり大学独自の施設。学生が「本物」のスケールで実習を行える、実践教育の象徴的な場所。 関連リンク ●建設学科ウェブページ

  • 世界銀メダリストが導く、中庭再生までの100日。~大学生と高校生の挑戦~

    Introduction 技能五輪国際大会造園職種の銀メダリストで、大学院ものつくり学研究科1年の田子雅也さんがリーダーとなり、高大連携の一環として、2024年12月から約1年にわたり取り組んだ「岩槻商業高等学校 中庭整備プロジェクト」。ものつくり大学の学生と岩槻商業高等学校(以下、岩槻商業)の生徒との協働により2025年12月22日に完成に至った中庭。デザインの考案から造園実技の指導に至るまで、持ち前のものづくり魂でプロジェクトを完遂させた田子さんに、完成までの歩みと思いをインタビューしました。 ものづくり魂で挑んだプロジェクト -まず、このプロジェクトにどのような思いで関わろうと決められたのですか? 【田子雅也さん(以下、田子)】私はものづくりに対して、「人から満足してもらえ、自分が本当に納得したものをつくりたい」という気持ちを常に持っています。今回の岩槻商業の中庭整備プロジェクトは、未経験の課題も山積みでした。しかし、「生徒さんや先生方に喜んでもらえるなら、全力で挑戦しよう」という思いが何より勝りました。自分が「こうしたい」という思いももちろんありますが、高校側の「こういう場所があったらいいな」という願いを、可能な限り実現しよう、と覚悟を決めて臨みました。 インタビューに答える田子さん 中庭のデザインに込めたこだわり ー中庭のデザイン考案も田子さんが担当されたそうですね。具体的にどのようなニーズを汲み取り、形にしていったのでしょうか。 【田子】高校側からは大きく分けて2つの要望がありました。一つは「機能的・交流的側面」。鬱蒼(うっそう)としていた中庭を開放的な空間にし、生徒たちが昼食を食べたり、触れ合ったりできる「広場」にしたいという声です。もう一つは「教育的・地域共生的な側面」。前校長先生の熱い思いでもあったのですが、「近隣の保育園児などが家庭菜園を体験できるような、地域との繋がりを育む場所にしたい」という声でした。デザインにあたっては、まず「庭との関わり方」と「空間構成」を徹底的に考えました。庭には「外から眺める庭」と「中に入って体験する庭」がありますが、今回は、生徒たちが主体的に使えるよう、広々とした空間構成を意識しました。また、学校施設である以上、安全面に留意しました。中庭の下には避難設備として埋設物が埋まっているのですが、そこを壊さず、しっかり機能させたまま計画しました。 -デザインにおいて、特に「田子さんのこだわり」を出した部分はどこですか? 【田子】特にこだわったのは、「板石石畳(いたいしいしだたみ)」です。自然石の切り石を精密に舗装していく技術は、私が以前から自身の表現として極めたかった分野でした。これを今回のプロジェクトにどう落とし込むか、何度もシミュレーションを重ねました。そして、もう一つは「タイルアート」です。通常の造園ではあまり行わない手法ですが、岩槻商業のマスコットキャラクターである「商子(しょうこ)ちゃん」をタイルで描くことにしました。 3方向が交差する、プロジェクトの象徴の石畳。100㎏超の板石を「歩かせる」ように運び、足裏で感じる微細な段差まで徹底して調整。後輩に石の加工やデザインを伝承しながら、安定感のある美しさと歩きやすさを両立させた。 -デザイン画を描くプロセスや、それに対する高校側の反応はいかがでしたか? 【田子】手描きで2案作成しました。1枚描くのに1時間半くらいかけました。平面的なポイント。つまり庭のメインになる場所を決め、それと同時にそのメインを引き立てる「空き」、つまり空間の余裕を大切にしたいと考えました。植栽や石の「高さ」のバランスを重視して構成をもしたんです。そこから高校側と打ち合わせを重ね、2案それぞれの良さを残しながらブラッシュアップしていきました。2025年3月頃に最終案がまとまったのですが、生徒たちは「これが本当に自分たちの学校にできるの?」とワクワクした表情を見せてくれました。一方で、先生方からは「このクオリティを予算内で本当に実現できるのか」という不安の声もありました。そこで工夫したのが、「循環型の資材調達」です。既存の中庭にあった石を再利用し、足りない分は非常勤講師の渡邉先生が経営する「株式会社八廣園」から譲り受けた余剰材などを活用しました。4月の段階で、予算計算と綿密な工程計画を詰め、徹底的に準備しました。 田子さんがデザインした完成図面 ものつくり大学特有の「多職種」の絆 -実際の施工は2025年5月から始まったのですね。完成までのプロセスを教えてください。 【田子】施工期間は大学での準備を含めると100日を超え、岩槻商業の現場には約80日通い詰めました。工程としては、まず地盤を整えてコンクリートを打ち、洗い出しの仕上げを施してから石畳を組んでいく。骨格となる「固い物(石や構造物)」ができてから、最後に樹木を入れ、芝を張って「柔らかさ」を出す。これが造園のセオリーです。 -プロジェクトに関わったものつくり大学の学生の構成や協力体制は? 【田子】私のほかに、のべ10名ほどの4年生が手伝ってくれました。彼らは卒業研究で多忙な中、合間を縫って現場に入ってくれました。特に中心となった4、5名は、私とほぼ同じ頻度で現場を支えてくれたんです。一人では絶対に不可能だったプロジェクトです。現場の制約は想像以上に厳しかったです。最大の問題は「重機を入れられない」こと。さらに私自身が免許を持っていなかったため、免許のある学生がいる時しか軽トラが使えず、350㎏という積載量の限界と格闘しながら、巨大な石や木を運びました。技術的な難所やクレーンが必要な場面では、八廣園さんのプロの助けを借りましたが、基本は学生たちの手作業です。ここで、ものつくり大学の強みが発揮されました。 田子さんと一緒に作業をした学生たち -「ものつくり大学ならでは」の強みとは? 【田子】「多職種の力」です。ベンチの設計には大工を目指している学生から木材の性質について意見をもらい、タイルアートでは技能五輪全国大会のタイル張り職種で金賞を取った学生のアドバイスを受けました。「庭」という空間は、植物、石、木工、左官、タイル・・・あらゆる業種が重なり合って成立しています。それを学生同士のネットワークで補完し合い、一つの作品を作り上げられたのは、大きな収穫でした。造園だけをやっていては辿り着けないクオリティを実現できました。 酷暑、重機なき苦悩。例え話で高校生に伝えた「ものづくりの技」 -特に夏場の作業は、過酷を極めたのではないでしょうか。 【田子】本当に、その時期が一番きつかったですね。60平米もの面積を、重機を使わずスコップだけでひたすら手掘りしたんです。掘り出した大量の土を、400~500メートル先の置き場までネコ(一輪車)でひたすら運び続けました。体力のある学生たちですら、汗だくで無言になってしまって。「声がけをしなければ、誰か倒れてしまう」という、命の危険を感じるほどの暑さでした。高校生の安全を守るため、一番過酷な時期の土台作りは我々大学生が引き受け、進めました。 -重機が使えない中、どのような苦労や工夫をされたのですか? 【田子】300㎏~400㎏ある石を動かすために「三又(さんまた)」という原始的な三脚とチェーンブロックを使いました。クレーンなら5分で済む作業に、準備から30分以上かかりました。効率が悪く、安全面にも気を使ったのですが、道具を駆使して石を据える経験が貴重でした。また、工期短縮のために「プレキャスト化(事前製作)」の工夫もしました。大学でパーツをあらかじめ作っておき、現場で繋ぎ合わせました。 三又(さんまた)で作業を行う田子さん達 -高校生への技術指導で意識したことはありますか? 【田子】高校生には「商子ちゃん」のタイル仕上げや、植栽、石の加工などの作業を手伝ってもらいました。石の加工の仕方やデザインの考え方を、実践を交えて教えました。タイルの加工は大半はこちらで準備しました。初めて触る「タイルニッパー」でタイルを割ってもらい、一緒に作り上げました。専門用語を並べても伝わらないので、身近に感じてもらうために「例え」を使いました。例えば、タイルの目地を繋ぐ時、「3枚のタイルが合わさる部分を『Y』の字にすると綺麗に見えるよ。三ツ矢サイダーのマークを意識してみて」と教えました。例えを使うことで生徒さんの理解が深まり、一気に作業の精度が上がるんです。植栽では、やはり高校生たちのセンスもあると思うんですね。色使いとか、本当は華道部の生徒さんにも参加してほしかったのですが、日程が合わなくて、最終的に高校側のプロジェクトメンバーの15名が、放課後の時間を使って、自分たちの庭に命を吹き込んでくれました。 伝統の「洗い出し」に映える、マスコットキャラクター「商子ちゃん」。乾ききる前に表面を水やスポンジでさらい、中の砂利を露出させる「洗い出し」、地元の砂利や色鮮やかな砂利を混ぜた表情豊かな足元には、タイルアートの「商子ちゃん」もデザインされている。この柔らかな凸凹は、高いデザイン性だけでなく、雨の日でも滑りにくい効果をもたらす。 技能五輪の経験がもたらしたもの -田子さんは世界銀メダリストですが、高校時代から技能五輪全国大会に出場されていますよね。その経験はこのプロジェクトにどう反映されましたか? 【田子】大会に出るための訓練で、実際に庭を見て、感性を磨いてきたことが一番生きました。植木の植え方、高さのバランス、平面的な空間構成、これらは訓練の中で無数の庭を見て、実際に手を動かす中で自然と身についてきたものです。そのおかげで、今回のデザイン案もあまり悩まずに、かなり早い段階でまとめ上げることができました。「これは自分でも実現可能だ」という裏付けがあるからこそのデザインで、それは間違いなく、これまでの厳しい訓練の結果です。 -自身の中で、この100日間で感じた「成長」は何でしょうか。 【田子】一番は「段取り」の重要性を再認識したことです。大学から岩槻商業までは往復3時間。忘れ物一つが、致命的なタイムロスとコスト増を招きます。「段取り八分、仕事二分」という言葉の重みを、責任者として身をもって学びました。材料、道具、人員の動き、そのすべてを先読みして管理するプロデュース能力は、技能五輪で得た経験がベースにあり、現場ならではの学びとなりました。 高校生との交流、そして「生きた庭」の未来へ -商業高校の生徒さんとの交流で、意外な発見や喜びはありましたか? 【田子】私は農業高校の生徒さんとの交流は多いのですが、商業高校の生徒さんとはなかなか機会がなかったんです。普段はパソコンや電卓に向き合っている生徒たちにとって、土を触り、自分の手で形を作る作業はとても新鮮だったようです。「今日は作業をやるから来てね」と言うと、興味をもって参加してくれる生徒さんがたくさんいました。「ものを作るのが好き」という言葉を聞いた時、商業という枠組みを超えて、ものづくりの可能性を感じました。デザインを立体として具現化し、生徒さんに喜んでもらえる空間を実現できたことも、何よりの達成感になりました。最初は全容が見えなかった中庭に、緑が入り形になっていくにつれ、生徒さんから「ああ、すごいな」、学生が作ったベンチを見て「これすごいね」と声をかけていただけるようになったときはうれしかったです。 -2025年12月22日、ついに中庭が完成しました。高校側の反応はいかがでしたか? 【田子】「暑い中も含め、長い間ありがとうございました」と感謝の声をいただきました。完成が冬だったので、今はまだ木々が少し寂しい姿をしています。だから高校生たちには「春に芽吹くまでは、しっかり水をあげてね。これからどんどん緑が増えていくから」と伝えました。校長先生が庭を眺めて、「あそこに何か植えたいな」とポツリとつぶやいてくださったのはうれしかったですね。 -この中庭が、今後どのように育ってほしいですか。 【田子】岩槻商業には、これまで「憩いの場」と呼べる緑地が少なかったと聞きます。文化祭などの行事はもちろん、日常の何気ない時間に、ふとこの庭を通り抜けてほしいです。あえて通り抜けができる動線を設計したのは、生活の一部に庭を取り込んでほしかったからです。季節ごとに変化する緑に目を向け、心がふっと軽くなる。そんな場所になってほしいですね。 植栽は、地面のフリク(不陸・凸凹)に合わせて、自然本来の育ち方を再現する「自然樹形」を意識した。ツツジやアジサイ、沈丁花など、高校という場所にふさわしい樹種を厳選。高校に生えていた「龍のひげ」も学生と一緒に植え直し、四季折々の風景を楽しめる憩いの場としての中庭に。 建築と庭を繋ぐ、次世代のプロデューサーを目指して -田子さんが、そもそも造園を志したきっかけは何だったのでしょう? 【田子】中学2年生の時に見た、東京スカイツリーの建設動画です。最初は建築そのものに興味が湧いたのですが、スカイツリーが建った後の下町の映像を見て、心が動きました。人間が作ったコンクリートの直線的な建物と、植木の曲線的な要素が絡み合った街の景色。それが「人と自然の合作」のように見えたんです。建築もいいけれど、緑地デザイン、特にランドスケープデザインをやりたいと直感しました。 -農業高校からものつくり大学、そして大学院へ。学び続ける理由は? 【田子】高校時代は緑地デザインコースで学び、造園部に入り、1年から3年まで毎年技能五輪全国大会に出場し、敢闘賞や銀賞を受賞しました。仲間と切磋琢磨するのが楽しくて技術も上達したのだと思います。ものつくり大学を選んだのは、建築の要素も学びつつ、技能五輪で金賞を目指せる環境があったからです。緑地デザインの中には建築の要素も入っているんですよね。大学院に進んだのは、造園をより建築に馴染ませるための勉強をしたかったからです。現在は三原研究室で、技能五輪を通した若手技能者のスキルアップについての論文を書きつつ、京都の桂離宮や迎賓館などを巡り、空間のあり方を自主的に研究しています。私の目標は、「建築が分かる造園屋」になることです。将来は、建築と庭の両方を一貫してプロデュース、設計・施工できる存在になりたいです。特に今は、商業施設や店舗の庭に興味があります。飲食店などに立ち寄った人の目に留まり、「この庭はいいな。自分の庭もこの人に任せたい」と思ってもらえるような、そんなきっかけを作れる庭を手がけていきたいですね。 -最後に、このプロジェクトを通して、高校生たちにメッセージを。 【田子】庭は完成して終わりではありません。5年後、10年後、木々が大きく育ち、花が咲き、実が成る。その時、関わった生徒たちが卒業生としてここを訪れ、「この石は自分が置いたんだ」「このタイル、一緒に割ったな」と思い出してくれたら。自分たちが作った場所が、後輩たちに愛され、育っている。その誇りと達成感を共有し続けてほしいです。 一緒に中庭を作った岩槻商業高校の生徒さんとともに 関連リンク ・大学院ものつくり学研究科・第47回技能五輪国際大会応援ページ・岩槻商業高等学校「岩商Topics」

  • VTuber研究に感じた「学ぶ自由」という贅沢

    Introduction 「その研究、何の役に立つの?」大学での学びを考えるとき、多くの人が一度は抱く疑問かもしれません。建設学科4年の小島都和さん(日常意匠研究室)が取り組んだ卒業研究のテーマは、VTuberの演奏に感じる“違和感”。一見すると、実務とは結び付かない不思議なテーマです。しかし、その研究過程で見えてきたのは、「役に立つかどうか」では測れない学びの価値でした。 「なんか変だよね」から始まった研究 「腕が楽器を貫通している」「指が弦に触れていない」研究室のゼミでVTuberの演奏動画を見たとき、そんな声が次々上がりました。軽音学部に所属している小島さんにとって、その違和感は見過ごせないものでした。とはいえ、当初から明確な研究テーマがあったわけではありません。自分の音楽遍歴を振り返ったり、人によって楽器の取り扱い方がどう違うの調べたり--。試行錯誤を重ねる中で、なかなか形にならないもどかしさを感じていたといいます。 軽音学部のライブで演奏する小島さん(写真:左) そんな中で見つけたのが、「VTuberの演奏シーンに感じる違和感」でした。「この“何か変だよね”をちゃんと説明できないだろうか」。その素朴な疑問が研究の出発点となりました。しかし、「違和感」を研究することは簡単ではありません。そもそも違和感とは何なのか。どこからが不自然なのか。明確な基準はありません。さらに、目に見えるデータとして集めることも難しいテーマです。研究を始めた当初、小島さんは迷走していたと振り返ります。それでも、学問とは「問いを学ぶこと」だという教授の主催するゼミでの議論を重ねる中で気づいたのは、答えがすぐに出ない問いに向き合うこと自体に意味があるということでした。その気づきによって「考えることがどんどん面白くなった」と小島さんはいいます。 「分からない」を言葉にするという挑戦 小島さんが取り組んだのは、「違和感」という曖昧な感覚を言葉にすることでした。まず、違和感を「人間にはできない動きや、物理的に不自然な現象」と定義します。そして、VTuverだけでなく、実在のバンドやアニメ、漫画など複数のコンテンツを対象に演奏シーンを一つひとつ検証していきました。収集したシーンは203にのぼります。さらに、小島さんは実際に同じフレーズを自分で演奏し、映像と比較することで検証を深めました。重要だったのは、「誰にでも伝わる言葉」にすることです。専門的な言葉をそのまま使うのではなく、「弦の端にある金属のパーツ」など、楽器を知らない人にもイメージできるように言い換える。その積み重ねによって、“何となく変”だった感覚が少しずつ輪郭を持ち始めました。 それは本当に“役に立たない”のか 分析を進める中で、小島さんはある視点にたどり着きます。それが、「ライブ感」と「リアル感」という2つの軸です。音や演出によって高い臨場感を生み出す「ライブ感」、見た目の動作が人間として自然に見えるかという「リアル感」。VTuberの演奏はライブ感が高い一方で、リアル感が低い。このアンバランスさこそが、違和感の正体でした。同じく日常意匠研究室に所属している羽多叶さんは、小島さんの研究の面白さについて、「ライブ感」と「リアル感」の2軸が基準となったことで、VTuberを推している人たちはリアルさを求めているわけではないということが可視化された点だといいます。一見すると、この研究は「VTuberの分析」に過ぎないように見えるかもしれません。しかし、その本質は「人の技能をどう表現するか」という、より普遍的な問いにあります。この視点は、音楽だけでなく、スポーツや伝統芸能など、そしてもちろん、ものづくりの技能も含め、様々な分野に通じるものです。 卒業研究を発表する小島さん 役に立たない研究ができる幸せ 「何の役に立つか分からない研究ができることが幸せなんです」日常意匠研究室を主宰する土居浩教授は、そう語ります。すぐに成果が求められる社会において、「役に立つかどうか」は需要な基準です。しかし、大学という場所には、それだけではない価値があります。すぐに答えが出ない問いについて、時間をかけて考え続けること。仲間と議論しながら、「なぜ?」を深掘りしていくこと。「ああだこうだと言い続けられる場所があること自体が、すごく貴重なことだと思うんです」その言葉に、小島さんも強く共感したといいます。ものづくりの現場では、計画通りに進める「PDCA」だけでなく、状況に応じて判断し行動する「OODA」という考え方も重要だと言われています。今回の研究もまた、あらかじめ決まった答えに向かうものではありませんでした。違和感に気づき、観察し、試し、また考える。その繰り返しの中で少しずつ輪郭が見えてくる。大学とは、そうしたプロセスを経験する場所でもあります。 大学は「答えを出す場所」ではない 「何の役に立つか分からない」その問いに、すぐに答えを出す必要はありません。むしろ、分からないまま考え続けること。違和感を言葉にし、問いを重ね、他者と共有すること。その積み重ねが新しい価値を生み出していきます。ものつくり大学には、そんな“無駄かもしれない時間”を本気で過ごせる環境があります。そして、その時間こそが、これからの時代に必要とされる力を育てていくのかもしれません。 関連リンク ・日常意匠研究室WEBページ・創造しいモノ・ガタリ03~「問い」を学ぶ。だから学問は楽しい~

  • 【知・技の創造】建築観察学

    建築観察学とは 本稿タイトルの“建築観察学”とは何か?この言葉は、小生が数年前から本学で展開している授業の科目名です。この授業では、建築物を構成する建築材料とそれらがどのように建築に取りついているのかを、本学の校舎を受講生が子細に観察して、最終的に図面化することを行います。 では、なぜ“建築観察”なのか?例えば大学入試の問題では、問題文が答えであることはないと思いますが、建築は謂わば答えが見えて建っている状態と言えます。目の前に立ち上がっている建築は倒壊していなければ,それがある意味の正解だからです。正解が目の前にあるのにこれを観察しない手はありません。建築物は,主には構造材料、仕上材料および下地材料(建築材料を支えるための下地に使われる建築材料、一般には壁や天井の中にあるため目に触れることは少ない)で構成されており、非常に多くの建築材料の集合体と言えます。 これらを観察することによって、建築材料の成り立ちや諸物性を知るとともに、どのように施工して組み立てられているかなど、建築を成立させるための技術体系の一端を体得できる効果があります。 現場を知る 建築は、経験工学の集積である側面が強く、机上の空論よりも現場を知ること、観察することによって、正に「百聞は一見に如かず」の事象の塊と言っても過言ではありません。小生は若い頃に大学での正式な建築の教育を受けないまま建設業界に勤めることとなりました。そのため、業務で分からないことがあると、どの書籍にどの技術が書かれているのか?について、恐らく大学の建築学科において専門教育を受けてきた方々は知っている基本的な事柄すら分かりませんでした。 そこで、当時の少ない給料で片っ端から専門書を購入し、読み漁りました。その結果、どの書籍にどのような技術的な答えが載っているのかの見当がつけられるようになりましたが、一部の書籍では実務では使わない古すぎる技術が記載されていることにも気づきました。すなわち、市販の書籍が全てではないことが分かったのです。 自分の足で調査する そこで始めたのが、自分が触れる建築物がどの建築材料でできているのか?材料はどのように構成されているのか?寸法?などについて、巻き尺やスケッチブックを手に測ることでした。元来凝り性なところがあって、山手線の車内のつり革や手摺の直径にはじまり、椅子の寸法構成なども乗客からの奇異な目で見られることも厭わず測ることが癖づいていました。お酒を飲みに行っても、カウンターの素材や寸法などを観察していました。周りからするとちっとも酔えない酒席です。 現在のようにインターネットが無く、自分の足を使って情報収集するしかなかったのです。今どきで言うところの“タイパが悪い行為”でした。ところが、観察することによって体得した知識が未だに活きており,普段の教育研究活動のみならず日常業務への向き合い方を考える際にも大いに役立っています。建築に限らず,特に初学者や新入社員の若い方々は、目の前にある物事や事象を観察する癖をつけてみてはいかがでしょうか。必ずや将来の自身の血となり肉となり、真の知識として体得できると思います。 埼玉新聞「知・技の創造」(2026年3月6日号)掲載 Profile 大塚 秀三(おおつか しゅうぞう)建設学科教授川口通正建築研究所を経て、2005年ものつくり大学技能工芸学部建設技能工芸学科卒業(社会人入学、1期生)2013年日本大学大学院理工学研究科博士後期課程修了 博士(工学)2018年4月より現職。専門は建築材料施工、コンクリート工学

  • 先端技術×伝統技法で14mの木橋を蘇らせる。学生が挑んだリノベーションの舞台裏

    Introduction 2024年5月、ものつくり大学と草加市が締結した「木橋リノベーション事業に関する基本協定」。その第2弾として2025年度に取り組んだのが、橋長14メートルの木橋「ふれあい橋」の再生です。橋梁・構造を研究する建設学科の大垣研究室と、木造構造・材料を研究する芝沼研究室による共同リノベーション事業として実施されました。この事業の中心を担った、建設学科4年生の小林駿斗さん(大垣研)と坂本匠さん(芝沼研)に、実践的な学びや苦闘、そして成長の記録をインタビューしました。 想像を超えた14メートル橋との対面、研究室を越えた結束 -まずは、このリノベーション事業に携わることになったきっかけと、その時の思いを教えてください。 【坂本】私は卒業研究のテーマを考えていた際、芝沼先生から「大垣研究室と合同で木橋のリノベーションをやってみないか」と勧められたのがきっかけです。元々大きい橋の改修という話を聞いていましたが、当初は「古い橋の一部を新しいものに作り直すだけなら、そんなには難しくないだろう」と少し楽観的に考えていた部分もありました。 【小林】私は前年度の「中根ふれあい橋」の補修も経験していたので、大垣先生からお話をいただいた時は「昨年の経験が生かせる」と引き受けました。しかし、現場で実際に14メートルの「ふれあい橋」を目にした時は、想像の3倍くらい巨大で驚きました。「本当にこれを自分たちだけで補修し、卒業できるのかな」とプレッシャーが押し寄せてきたのを覚えています。 坂本匠さん 小林駿斗さん 大学に搬入された補修前の「ふれあい橋」 -大垣研究室(橋梁・構造)と芝沼研究室(木造構造・木材)の共同リノベーション事業で異なる専門性を持つ学生がどのように連携したのですか? 【坂本】私は主に高欄(手すり)の製作を担当し、小林君たちは橋の骨組みである主桁(しゅけた)1や床板(しょうばん)2の補修を担当しました。高欄は、組み立てなど人が必要な時は、芝沼研究室のメンバー以外にも声を掛けて10人くらいで作業をしました。高欄を主桁に取り付ける段階に入ってからは小林君たちとずっと一緒に作業に取り組みました。 【小林】大垣研究室側は、私と大学院生の平田さんを中心に、3~4人で動いていました。先生方の指導はもちろんですが、平田さんは昨年の知見もありますし、木材にも詳しいのでさまざまなアドバイスをいただきました。 小林さんが作成した「ふれあい橋」の側面図 硬くて重い木材「ボンゴシ」との格闘 -2025年6月、大学に「ふれあい橋」が運び込まれましたが、実際に目の当たりにしてどうでしたか? 【小林】現場で見た時は「表面が少し痛んでいるかな」という程度に思えましたが、いざ解体してみると愕然(がくぜん)としました。木材の内部がアリに食い尽くされていたり、雨水が溜まって芯まで腐っていたり・・・。前回の「中根ふれあい橋」は日本の材で軽かったのですが、今回の「ふれあい橋」は南アフリカ原産「ボンゴシ」という非常に硬く、重い木材が使われていました。本来、腐食や雨などに強いはずの材ですが、3本ある主桁の1段目がほぼ全滅状態でした。 【坂本】橋をぱっと見て、高欄の柱の接合部は腐っていると思いました。実際、表面上は硬そうに見えても、解体してみると、中はかなり腐朽劣化した状態でした。 接合部の解体作業 腐朽劣化状況 -その「ボンゴシ」材の解体作業にかなり苦労されたそうですね。 【小林】正直、もう二度と触りたくないと思うほど大変でした。とにかく硬くて重い。例えば、ビスを一本打つのも一苦労で、木が硬すぎてビスが負けて、途中でねじ切れてしまう感じだったんです。腐った部分を削ろうとしても、ノミや丸鋸とかの刃が欠けたりすることもあり、作業する学生全員が悲鳴を上げてしまうような状況でした。 【坂本】ボンゴシ材に触れ、木材の中に深く埋まっている鉄筋を抜く作業にはかなり苦戦しました。当初は「使える部分は再利用する」という方針でしたが、あまりの劣化の激しさに、多くの部材が再利用不可能だと判断されました。そこから急きょ、新しい材を発注し、一から加工し直すことに・・・。作業量は当初の予想を上回ることになりました。 先端素材CFRPと伝統技法「腰掛鎌接」の融合 -小林さんが担当された主桁や床板の補修では腐朽部分に樹脂3施工とCFRP(炭素繊維強化プラスチック)4施工を行ったそうですね。樹脂施工で大変だったことは? 【小林】苦労したのは「樹脂」の温度管理でした。解体後に腐った部分を取り除き、そこに樹脂を流し込んで固める作業をしたんです。樹脂を漏らさないために木材の欠損部に合わせ枠を貼って、樹脂を流し込む型枠を作りました。樹脂は混ぜると化学反応で熱を持ちますが、夏の猛暑もあって、型枠の中でグツグツと煮え立ってしまうんですよ。それを防ぐため、早朝から少しずつ注入し、つきっきりで作業しました。型枠を外して整えるまで計3日。日付をまたぐこともありましたが、木材を確実に蘇らせるためには欠かせない工程でした。 樹脂注入作業 -今回のリノベーションでは、最先端素材である「CFRP」が補修の鍵となっていますね。この素材の特性と採用した狙いについて教えてください。 【小林】CFRPは鉄と同等の強度を持ちながら非常に軽く、腐食しないという特性があります。日光に弱い点も塗装でカバーできるんです。今回は、腐食して弱くなった木材の一部を樹脂で埋め戻し、その上からCFRPシートを何層も貼り付けることで、元の木材単体よりもはるかに高い耐久性と強度を持たせる手法を取りました。 -CFRP施工で最も気を使われたポイントは? 【小林】特に「成型版(CFRPシートを何層も重ねて固めた板)」を作る時は気を使いました。CFRPシートに樹脂を染み込ませて積層し、板状のパーツ(成型版)を自作するのですが、これが時間との勝負なんです。樹脂が固まり始める前に、すべてのシートを重ねなければならない。休憩も一切取れず、ゼミの仲間10人とシャツを絞れば汗が出るくらいになりながら極限状態で作業しました。でも、その苦労があったからこそ、完成後の「載荷試験」で、設計荷重をかけても「たわみ」が従来の半分以下に抑えられた時は、努力が報われた気がしてうれしかったです。 接合部のCFRP成型版による補修 -坂本さんが担当された高欄は、橋の「顔」とも言える部分ですね。特にこだわったポイントは? 【坂本】デザインに関しては、元々の形状を最大限に尊重しました。その中で特にこだわったのが、人の手が直接触れる「笠木(かさぎ)5」の部分です。当初は、木材同士を直角に切って組み合わせる単純な接合方法でしたが、あえて、ものつくり大学で学んだ昔ながらの伝統的な継手「腰掛鎌継(こしかけかまつぎ)6」を採用しました。木材同士を複雑に噛み合わせることで、一本の太い木のように強固に繋がり、乾燥や湿気による「ねじれ」にも強い構造になるんです。ここには非常に力を入れました。 -高欄づくりにおいて、苦労した点や工夫したところはありますか? 【坂本】とにかく加工と組み立ての物量が膨大でした。例えば、高欄の縦材を差し込むための穴を200個ほど開ける作業などは、非常に時間がかかり苦労しましたね。また、仕上の際、通路側の柱の節(ふし)が目立つ箇所に塗装がうまく乗らず、黒ずんでしまった部分がありました。そこを小さな木材で丁寧に補修する「埋木(節などの穴を木片で埋める作業)」を施し、指先で触れたときに引っかかりがないよう、徹底的に磨き上げました。 -この橋を訪れる利用者には、どのようなことを感じてほしいですか? 【坂本】高欄には、ヒノキや杉といった柔らかく温かみのある木材を使用しています。橋を渡る人がふと高欄に手を置いたとき、「あ、なんだか温かみがあるな」と、木の持つ優しさを肌で感じてもらえたらうれしいですね。 笠木の加工の様子 予期せぬトラブルと深まった互いへの信頼 -お二人の間で、冷や汗をかいた場面があったそうですね。 【坂本】実は、最終組み立ての段階で大きなミスが発覚しました。私と小林君の間で、ボルトを通す位置の打ち合わせが不十分だったんです。私が主桁に高欄を取り付けようとした場所には、小林君が主桁を補強するため大量のビスが打ってあって。ボルトを通そうとドリルを当てても、中のビスに当たって進まない。でも、橋の構造上、ボルトの位置はもう変えられない。結局、反対側から慎重に穴を開け、中にあるビスを鉄鋼用のヤスリでひたすら削り落とし、貫通させたのは何より大変でした。 【小林】あれは本当に青ざめました。補強を強固にすることに必死で、後からボルトを通すスペースを確保することを失念していたんです。ミスマッチがないように「事前の打ち合わせの『ほうれんそう(円滑な業務遂行のための「報告」「連絡」「相談」の頭文字をとった言葉)』」がいかに重要かを痛感しました。 -異なる強みを持つお二人がタッグを組んだからこそ成し遂げられたと感じます。一緒に作業をされたことで、お互いに刺激を受けたり、助けられたりしたことはありますか? 【小林】坂本君は加工技術が本当に卓越していて、現場では何度も助けられました。実は、最初は自分一人ですべての補修を担うつもりだったんです。でも、芝沼先生から「一人では大変すぎるから坂本さんにも入ってもらおう」と助言をいただいて。もし自分一人で高欄まで手掛けていたら、作業は膨大な時間を要していたはずです。彼の高度な技術があったからこそ、このクオリティで完成させることができました。 【坂本】僕は木造が専門なので、樹脂やCFRPシートに関する知識は全くない状態からのスタートでした。しかし、今回手がけた高欄も、実は笠木の部分にシートを巻くなど、先端素材の技術や知識が必要な場面があったんです。そんな時、小林君や大垣研の皆さんが人手を出して一緒に作業してくれたり、大学院生の先輩が木造の作業まで手伝ってくれたりと、知識面でも作業面でも本当に支えられました。自分一人では決して届かなかった領域を、仲間のおかげで形にすることができました。 実学が教えてくれた、ものづくり人としての成長 -補修完了にあたり、1月7日に行われた完成式を終えた今、自分自身の成長をどう感じていますか? 【小林】私はもともと、図面を正確に書くことやCADの操作が苦手で、どこか避けている部分がありました。しかし、14メートルの橋をリノベーションするには、構造計算をし、ミリ単位の図面を引き、それを現場に落とし込む必要があります。そのプロセスを逃げずにやり遂げたことで、技術的な自信がつきました。また、共同事業では何より協力体制が大事だったので、必要不可欠なコミュニケーション能力も向上したと思います。 【坂本】私は「工程管理」の重要性を学びました。見積り通りに進まず、自分の予測の甘さを痛感させられたこともありました。しかし、最終的には「この作業は何日くらいで終わるだろう」といった予測を立てられる能力が身についたと感じています。大学4年間の集大成としてこの事業をやり遂げることができたのは自分にとって大きな自信になっています。 -ものつくり大学での学びは、リノベーション事業でどのように生かされましたか? 【坂本】私は高校が普通科出身でしたが、ものづくりが好きでこの大学に進学しました。3年生の時に技能五輪国際大会に出場させてもらった経験があり、そこで培った「正確性とスピードの両立」という意識が橋の高欄をきれいに作る上で生きました。 【小林】私も普通科出身で、最初は「体を動かして学びたい」という理由で入学しました。オープンキャンパスで「工事をしているのも全部学生だよ」と教わった時の衝撃は今も覚えています。CADの使い方や図面の書き方が役に立ったのはもちろん、道具の使い方や危険時対応の学びも生きました。今回のリノベーション事業では、ものつくり大学だからこそ、ストラクチャー実習場7という充実した設備を使えたり、ラフタークレーンも入ってこられたりして大変助かりました。 補修が完了した「ふれあい橋」 未来へつなぐ、伝統と責任の架け橋 -自分たちが直した橋が、草加市民の生活の一部になることへの思いを聞かせてください。 【坂本】元々あった「ふれあい橋」は散歩道として交通量も多く、地域のみなさんに馴染み深いものだったと思います。私たちが改修した橋も親しみを感じて使って欲しいです。私が作った腰掛鎌継の継手や、細かな「埋め木」の跡に気づいてくれる人がいたらうれしいです。「ふれあい橋」が草加市の方々に大切に使い続けてもらえるよう、ものつくり大学の後輩たちにメンテナンスを引き継いでもらい、整備を継続していってほしいと思います。 【小林】公園が目の前にあるので、交通量もありますし、人が歩くので「安全に使われてほしい」と思います。私たちが施したCFRP補強や防水加工も万能ではありません。日々の点検や塗装の塗り替えなど、適切なメンテナンスをしていただければ助かります。 -最後にお二人の卒業後の進路に今回のリノベーション事業はどのようにつながっていると感じますか? 【坂本】4月からは、群馬の住宅工務店で大工として働き始めます。橋であっても住宅であっても、「人が使うものを作る」という本質は変わりません。今回のリノベーション事業を通し、人が使うもの、毎日の生活に必要なものを作れたことで、未来に向けた一歩になったと感じています。 【小林】私はゼネコンに就職し、施工監理か生産管理の道に進みます。木造の現場ではありませんが、実際に使われる橋の改修を行ったので、工程管理や人との連係プレーの学びは、これから必ず生きると信じています。 用語解説 1.主桁(しゅけた):橋の「背骨」となる最も重要な構造部材。橋の長さ方向に架けられ、橋の上に乗る人や車を支え、その力を土台に伝える役割を果たす。2.床版(しょうばん):人が直接通る「床」の部分。主桁の上に敷き詰められる板材のこと。常に雨や歩行による摩耗にさらされるため、高い耐久性と滑りにくさが求められる。3.CFRP(炭素繊維強化プラスチック):「鉄より強く、アルミより軽い」最先端の複合素材。炭素繊維を樹脂で固めたもので、重さは鉄の約4分の1だが、強度は10倍近くある。4.樹脂(じゅし):木材の欠損部を埋め、強度を回復させる「液体プラスチック」。2種類の液体を混ぜることで化学反応を起こし、カチカチに硬化する。腐朽して空洞になった内部に流し込むことで、腐食の進行を止め、木材を内部から補強する。5.笠木(かさぎ):手すり(高欄)の最上部に取り付ける仕上げ材。橋を渡る人が直接手を置く部分。手触りの良さといった意匠性だけでなく、下の構造体に雨水が浸入するのを防ぐ「屋根」のような役割も持っている。6.腰掛鎌継(こしかけかまつぎ):釘を使わずに木材をつなぐ、日本伝統の「継手(つぎて)」技法。一方の材を「鎌」のような形に削り、もう一方の凹みに落とし込んでスライドさせることで、引っ張っても抜けない強固な連結を可能にする。乾燥による木の狂いにも強い、先人の知恵が詰まった技法。7.ストラクチャー実習場:巨大な構造物の製作・実験が可能な、ものつくり大学独自の施設。学生が「本物」のスケールで実習を行える、実践教育の象徴的な場所。 関連リンク ●建設学科ウェブページ

  • 世界銀メダリストが導く、中庭再生までの100日。~大学生と高校生の挑戦~

    Introduction 技能五輪国際大会造園職種の銀メダリストで、大学院ものつくり学研究科1年の田子雅也さんがリーダーとなり、高大連携の一環として、2024年12月から約1年にわたり取り組んだ「岩槻商業高等学校 中庭整備プロジェクト」。ものつくり大学の学生と岩槻商業高等学校(以下、岩槻商業)の生徒との協働により2025年12月22日に完成に至った中庭。デザインの考案から造園実技の指導に至るまで、持ち前のものづくり魂でプロジェクトを完遂させた田子さんに、完成までの歩みと思いをインタビューしました。 ものづくり魂で挑んだプロジェクト -まず、このプロジェクトにどのような思いで関わろうと決められたのですか? 【田子雅也さん(以下、田子)】私はものづくりに対して、「人から満足してもらえ、自分が本当に納得したものをつくりたい」という気持ちを常に持っています。今回の岩槻商業の中庭整備プロジェクトは、未経験の課題も山積みでした。しかし、「生徒さんや先生方に喜んでもらえるなら、全力で挑戦しよう」という思いが何より勝りました。自分が「こうしたい」という思いももちろんありますが、高校側の「こういう場所があったらいいな」という願いを、可能な限り実現しよう、と覚悟を決めて臨みました。 インタビューに答える田子さん 中庭のデザインに込めたこだわり ー中庭のデザイン考案も田子さんが担当されたそうですね。具体的にどのようなニーズを汲み取り、形にしていったのでしょうか。 【田子】高校側からは大きく分けて2つの要望がありました。一つは「機能的・交流的側面」。鬱蒼(うっそう)としていた中庭を開放的な空間にし、生徒たちが昼食を食べたり、触れ合ったりできる「広場」にしたいという声です。もう一つは「教育的・地域共生的な側面」。前校長先生の熱い思いでもあったのですが、「近隣の保育園児などが家庭菜園を体験できるような、地域との繋がりを育む場所にしたい」という声でした。デザインにあたっては、まず「庭との関わり方」と「空間構成」を徹底的に考えました。庭には「外から眺める庭」と「中に入って体験する庭」がありますが、今回は、生徒たちが主体的に使えるよう、広々とした空間構成を意識しました。また、学校施設である以上、安全面に留意しました。中庭の下には避難設備として埋設物が埋まっているのですが、そこを壊さず、しっかり機能させたまま計画しました。 -デザインにおいて、特に「田子さんのこだわり」を出した部分はどこですか? 【田子】特にこだわったのは、「板石石畳(いたいしいしだたみ)」です。自然石の切り石を精密に舗装していく技術は、私が以前から自身の表現として極めたかった分野でした。これを今回のプロジェクトにどう落とし込むか、何度もシミュレーションを重ねました。そして、もう一つは「タイルアート」です。通常の造園ではあまり行わない手法ですが、岩槻商業のマスコットキャラクターである「商子(しょうこ)ちゃん」をタイルで描くことにしました。 3方向が交差する、プロジェクトの象徴の石畳。100㎏超の板石を「歩かせる」ように運び、足裏で感じる微細な段差まで徹底して調整。後輩に石の加工やデザインを伝承しながら、安定感のある美しさと歩きやすさを両立させた。 -デザイン画を描くプロセスや、それに対する高校側の反応はいかがでしたか? 【田子】手描きで2案作成しました。1枚描くのに1時間半くらいかけました。平面的なポイント。つまり庭のメインになる場所を決め、それと同時にそのメインを引き立てる「空き」、つまり空間の余裕を大切にしたいと考えました。植栽や石の「高さ」のバランスを重視して構成をもしたんです。そこから高校側と打ち合わせを重ね、2案それぞれの良さを残しながらブラッシュアップしていきました。2025年3月頃に最終案がまとまったのですが、生徒たちは「これが本当に自分たちの学校にできるの?」とワクワクした表情を見せてくれました。一方で、先生方からは「このクオリティを予算内で本当に実現できるのか」という不安の声もありました。そこで工夫したのが、「循環型の資材調達」です。既存の中庭にあった石を再利用し、足りない分は非常勤講師の渡邉先生が経営する「株式会社八廣園」から譲り受けた余剰材などを活用しました。4月の段階で、予算計算と綿密な工程計画を詰め、徹底的に準備しました。 田子さんがデザインした完成図面 ものつくり大学特有の「多職種」の絆 -実際の施工は2025年5月から始まったのですね。完成までのプロセスを教えてください。 【田子】施工期間は大学での準備を含めると100日を超え、岩槻商業の現場には約80日通い詰めました。工程としては、まず地盤を整えてコンクリートを打ち、洗い出しの仕上げを施してから石畳を組んでいく。骨格となる「固い物(石や構造物)」ができてから、最後に樹木を入れ、芝を張って「柔らかさ」を出す。これが造園のセオリーです。 -プロジェクトに関わったものつくり大学の学生の構成や協力体制は? 【田子】私のほかに、のべ10名ほどの4年生が手伝ってくれました。彼らは卒業研究で多忙な中、合間を縫って現場に入ってくれました。特に中心となった4、5名は、私とほぼ同じ頻度で現場を支えてくれたんです。一人では絶対に不可能だったプロジェクトです。現場の制約は想像以上に厳しかったです。最大の問題は「重機を入れられない」こと。さらに私自身が免許を持っていなかったため、免許のある学生がいる時しか軽トラが使えず、350㎏という積載量の限界と格闘しながら、巨大な石や木を運びました。技術的な難所やクレーンが必要な場面では、八廣園さんのプロの助けを借りましたが、基本は学生たちの手作業です。ここで、ものつくり大学の強みが発揮されました。 田子さんと一緒に作業をした学生たち -「ものつくり大学ならでは」の強みとは? 【田子】「多職種の力」です。ベンチの設計には大工を目指している学生から木材の性質について意見をもらい、タイルアートでは技能五輪全国大会のタイル張り職種で金賞を取った学生のアドバイスを受けました。「庭」という空間は、植物、石、木工、左官、タイル・・・あらゆる業種が重なり合って成立しています。それを学生同士のネットワークで補完し合い、一つの作品を作り上げられたのは、大きな収穫でした。造園だけをやっていては辿り着けないクオリティを実現できました。 酷暑、重機なき苦悩。例え話で高校生に伝えた「ものづくりの技」 -特に夏場の作業は、過酷を極めたのではないでしょうか。 【田子】本当に、その時期が一番きつかったですね。60平米もの面積を、重機を使わずスコップだけでひたすら手掘りしたんです。掘り出した大量の土を、400~500メートル先の置き場までネコ(一輪車)でひたすら運び続けました。体力のある学生たちですら、汗だくで無言になってしまって。「声がけをしなければ、誰か倒れてしまう」という、命の危険を感じるほどの暑さでした。高校生の安全を守るため、一番過酷な時期の土台作りは我々大学生が引き受け、進めました。 -重機が使えない中、どのような苦労や工夫をされたのですか? 【田子】300㎏~400㎏ある石を動かすために「三又(さんまた)」という原始的な三脚とチェーンブロックを使いました。クレーンなら5分で済む作業に、準備から30分以上かかりました。効率が悪く、安全面にも気を使ったのですが、道具を駆使して石を据える経験が貴重でした。また、工期短縮のために「プレキャスト化(事前製作)」の工夫もしました。大学でパーツをあらかじめ作っておき、現場で繋ぎ合わせました。 三又(さんまた)で作業を行う田子さん達 -高校生への技術指導で意識したことはありますか? 【田子】高校生には「商子ちゃん」のタイル仕上げや、植栽、石の加工などの作業を手伝ってもらいました。石の加工の仕方やデザインの考え方を、実践を交えて教えました。タイルの加工は大半はこちらで準備しました。初めて触る「タイルニッパー」でタイルを割ってもらい、一緒に作り上げました。専門用語を並べても伝わらないので、身近に感じてもらうために「例え」を使いました。例えば、タイルの目地を繋ぐ時、「3枚のタイルが合わさる部分を『Y』の字にすると綺麗に見えるよ。三ツ矢サイダーのマークを意識してみて」と教えました。例えを使うことで生徒さんの理解が深まり、一気に作業の精度が上がるんです。植栽では、やはり高校生たちのセンスもあると思うんですね。色使いとか、本当は華道部の生徒さんにも参加してほしかったのですが、日程が合わなくて、最終的に高校側のプロジェクトメンバーの15名が、放課後の時間を使って、自分たちの庭に命を吹き込んでくれました。 伝統の「洗い出し」に映える、マスコットキャラクター「商子ちゃん」。乾ききる前に表面を水やスポンジでさらい、中の砂利を露出させる「洗い出し」、地元の砂利や色鮮やかな砂利を混ぜた表情豊かな足元には、タイルアートの「商子ちゃん」もデザインされている。この柔らかな凸凹は、高いデザイン性だけでなく、雨の日でも滑りにくい効果をもたらす。 技能五輪の経験がもたらしたもの -田子さんは世界銀メダリストですが、高校時代から技能五輪全国大会に出場されていますよね。その経験はこのプロジェクトにどう反映されましたか? 【田子】大会に出るための訓練で、実際に庭を見て、感性を磨いてきたことが一番生きました。植木の植え方、高さのバランス、平面的な空間構成、これらは訓練の中で無数の庭を見て、実際に手を動かす中で自然と身についてきたものです。そのおかげで、今回のデザイン案もあまり悩まずに、かなり早い段階でまとめ上げることができました。「これは自分でも実現可能だ」という裏付けがあるからこそのデザインで、それは間違いなく、これまでの厳しい訓練の結果です。 -自身の中で、この100日間で感じた「成長」は何でしょうか。 【田子】一番は「段取り」の重要性を再認識したことです。大学から岩槻商業までは往復3時間。忘れ物一つが、致命的なタイムロスとコスト増を招きます。「段取り八分、仕事二分」という言葉の重みを、責任者として身をもって学びました。材料、道具、人員の動き、そのすべてを先読みして管理するプロデュース能力は、技能五輪で得た経験がベースにあり、現場ならではの学びとなりました。 高校生との交流、そして「生きた庭」の未来へ -商業高校の生徒さんとの交流で、意外な発見や喜びはありましたか? 【田子】私は農業高校の生徒さんとの交流は多いのですが、商業高校の生徒さんとはなかなか機会がなかったんです。普段はパソコンや電卓に向き合っている生徒たちにとって、土を触り、自分の手で形を作る作業はとても新鮮だったようです。「今日は作業をやるから来てね」と言うと、興味をもって参加してくれる生徒さんがたくさんいました。「ものを作るのが好き」という言葉を聞いた時、商業という枠組みを超えて、ものづくりの可能性を感じました。デザインを立体として具現化し、生徒さんに喜んでもらえる空間を実現できたことも、何よりの達成感になりました。最初は全容が見えなかった中庭に、緑が入り形になっていくにつれ、生徒さんから「ああ、すごいな」、学生が作ったベンチを見て「これすごいね」と声をかけていただけるようになったときはうれしかったです。 -2025年12月22日、ついに中庭が完成しました。高校側の反応はいかがでしたか? 【田子】「暑い中も含め、長い間ありがとうございました」と感謝の声をいただきました。完成が冬だったので、今はまだ木々が少し寂しい姿をしています。だから高校生たちには「春に芽吹くまでは、しっかり水をあげてね。これからどんどん緑が増えていくから」と伝えました。校長先生が庭を眺めて、「あそこに何か植えたいな」とポツリとつぶやいてくださったのはうれしかったですね。 -この中庭が、今後どのように育ってほしいですか。 【田子】岩槻商業には、これまで「憩いの場」と呼べる緑地が少なかったと聞きます。文化祭などの行事はもちろん、日常の何気ない時間に、ふとこの庭を通り抜けてほしいです。あえて通り抜けができる動線を設計したのは、生活の一部に庭を取り込んでほしかったからです。季節ごとに変化する緑に目を向け、心がふっと軽くなる。そんな場所になってほしいですね。 植栽は、地面のフリク(不陸・凸凹)に合わせて、自然本来の育ち方を再現する「自然樹形」を意識した。ツツジやアジサイ、沈丁花など、高校という場所にふさわしい樹種を厳選。高校に生えていた「龍のひげ」も学生と一緒に植え直し、四季折々の風景を楽しめる憩いの場としての中庭に。 建築と庭を繋ぐ、次世代のプロデューサーを目指して -田子さんが、そもそも造園を志したきっかけは何だったのでしょう? 【田子】中学2年生の時に見た、東京スカイツリーの建設動画です。最初は建築そのものに興味が湧いたのですが、スカイツリーが建った後の下町の映像を見て、心が動きました。人間が作ったコンクリートの直線的な建物と、植木の曲線的な要素が絡み合った街の景色。それが「人と自然の合作」のように見えたんです。建築もいいけれど、緑地デザイン、特にランドスケープデザインをやりたいと直感しました。 -農業高校からものつくり大学、そして大学院へ。学び続ける理由は? 【田子】高校時代は緑地デザインコースで学び、造園部に入り、1年から3年まで毎年技能五輪全国大会に出場し、敢闘賞や銀賞を受賞しました。仲間と切磋琢磨するのが楽しくて技術も上達したのだと思います。ものつくり大学を選んだのは、建築の要素も学びつつ、技能五輪で金賞を目指せる環境があったからです。緑地デザインの中には建築の要素も入っているんですよね。大学院に進んだのは、造園をより建築に馴染ませるための勉強をしたかったからです。現在は三原研究室で、技能五輪を通した若手技能者のスキルアップについての論文を書きつつ、京都の桂離宮や迎賓館などを巡り、空間のあり方を自主的に研究しています。私の目標は、「建築が分かる造園屋」になることです。将来は、建築と庭の両方を一貫してプロデュース、設計・施工できる存在になりたいです。特に今は、商業施設や店舗の庭に興味があります。飲食店などに立ち寄った人の目に留まり、「この庭はいいな。自分の庭もこの人に任せたい」と思ってもらえるような、そんなきっかけを作れる庭を手がけていきたいですね。 -最後に、このプロジェクトを通して、高校生たちにメッセージを。 【田子】庭は完成して終わりではありません。5年後、10年後、木々が大きく育ち、花が咲き、実が成る。その時、関わった生徒たちが卒業生としてここを訪れ、「この石は自分が置いたんだ」「このタイル、一緒に割ったな」と思い出してくれたら。自分たちが作った場所が、後輩たちに愛され、育っている。その誇りと達成感を共有し続けてほしいです。 一緒に中庭を作った岩槻商業高校の生徒さんとともに 関連リンク ・大学院ものつくり学研究科・第47回技能五輪国際大会応援ページ・岩槻商業高等学校「岩商Topics」