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#卒業研究

  • 【大学院生による研究紹介】途上国の災害における居住空間の変化に関する研究

    2018年9月28日にインドネシア・スラウェシ島で発生したマグニチュード7.5の地震により、近傍の都市は死者・行方不明者4,547人、家屋損壊100,405という甚大な被害を受けました。浦上龍兵さん(大学院2年・今井研究室)は、復興が進むインドネシア中部スラウェシ州に赴き、災害復興住宅の住環境の分析を行いました。 研究のきっかけ 私が所属している研究室の今井教授は、海外の被災地の復興について研究や実験を行っています。学部生の頃に、今井教授からインドネシア・スラウェシ島地震の被害状況を教えていただき、復興の仕方についてお話を聞くことが度々ありました。今井教授のお話を聞くうちに災害復興について興味を持ち、研究したいと思い大学院への進学を決めました。当初、大地震が発生した2018年にインドネシアでの調査を実施する予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で延期になり、2022年に実現することになりました。今井教授に本学と千葉大学の合同調査メンバーに選んでいただいて、私がメインで被災地の住環境について調査を行い、論文を発表することになりました。 現地での調査 インドネシアには、2022年9月に10日間行きました。地震の発生から2年が経った現地は、被害が大きかった村でもNGOの活動により復興住宅の建築が進んでいました。しかし、沿岸部は津波によって地盤沈下が起こり集団移転している村もあり、そういったところはまだ瓦礫が散乱していました。私たちは、NGOの方に被害の大きかった村を6か所案内していただいて、その中からランダムに住民を選んでもらい、その住民のご自宅でアンケート調査を行いながら、並行して復興住宅の実測調査を行いました。現地の方たちは明るい人が多くて気さくに話しかけられることが度々ありました。コミュニケーションを取るために翻訳アプリを使っていましたが、見ず知らずの日本人に対して、「この村にヒーローが来た」と言ってくれました。私たちが何か変えられるわけではありませんが期待していただいて、住宅に入る時もウェルカムな対応をしていただきました。 調査に協力いただいた家族と(前列左が浦上さん) 住民の方たちのアンケート調査では、復興住宅の満足度を質問したのですが、「良い環境に住ませてもらっている」という回答が多く、復興は順調に進んでいるという印象を受けました。住環境に関するアンケートは各項目を地震前、避難期間中、復興住宅の3つのフェーズに分けて質問しています。アンケートの内容は、それぞれの時期の家族構成や、誰が住宅を建てたか、水回りの変化、地震前と復興住宅の家の広さ、住宅の満足度など基本的には生活に関することを聞いています。 アンケート調査の様子 復興住宅というと、日本ではプレハブ住宅のような一時的な避難先という印象がありますが、インドネシアでは永住することを前提とした家を建てています。インドネシアは、「ノンエンジニアド住宅」と呼ばれる専門的な知識を持たない人が施工した住宅が多くあります。ノンエンジニアド住宅が地震で崩れることにより被害が大きくなることが問題視されていました。そのため、NGOの方が「コアハウス」という頑丈な家を建てることで、また大地震が発生しても被害を抑えることができます。この復興住宅は建築当初は、リビングや寝室などの最低限の住居スペースしか確保されていません。他に必要なキッチンやトイレなどのスペースは住民が各自で増築を行います。せっかく頑丈な家を建てたのに、ノンエンジニアドが増築したらまた災害時に被害が大きくなってしまうのではないかと思うかもしれません。しかし、復興住宅は被災者に最低限の身を守れる場所を提供することが目的で、増築されることが前提の住宅です。支援金には限りがあるので最低限の耐久性がある住宅を提供しています。復興住宅は、3人家族であっても10人家族であっても同じ広さの住居が提供されます。そのため、実測調査は家族構成によってどの程度の面積を増築したか、どういう用途のスペースを増築したのか明らかにすることを目的に行いました。 復興住宅が立ち並ぶ村の様子 調査結果からの提案 今回の研究は、住宅の耐震性ではなく、住民の生活水準や満足度を調査するものです。アンケートを行った住民からの意見をまとめ、安心感や快適さ、住宅の満足度を明らかにしようと思いました。アンケートの結果から、現在の生活が地震前よりも安心や安全を感じているということが分かりました。地震前の住宅はインフラが整っていなくで川に洗濯に行っていたのが、復興と同時にインフラの整備が進み、水道や電気が使えるようになり生活水準が地震前より上がっている影響も考えられます。調査をした村の中で特に満足度が低い村がありました。その村は復興が進んでいますが、被害が大きかった他の村から多くの人が転入してきていました。その影響で元々の住民たちの安心感や安全に関する項目が大きく低下していました。原因は、他の村にはある「コミュニティスペース」という村の人たちの交流の場になる施設が無く、転入者とのコミュニケーションが取れていないことだと考察しました。村が集団移転して3年経ってもコミュニティスペースが無いということは、これから建設される可能性は低い。そこで私は、村の土地性に合ったにコミュニティスペースを建設して住民の不安を取り除くことを提案しようと思いました。コミュニティスペースは、復興住宅のスケールを考慮します。正面5メートル、奥行き6メートルの空間を中心に置き、周りに用途を付け足していきます。中心部は、屋根はかかっていますが基本的に屋外で、開放的なスペースで住民同士がコミュニケーションを行うことを想定しています。 他の村のコミュニティでの一幕 コミュニティの設計は、復興のシンボルになっている「大きなクロス型」をコンセプトにしています。復興住宅の壁には大きなクロス型があしらわれているのですが、このデザインについて37%の人が満足していたからです。復興住宅は、ジャケッティング構法と呼ばれている組積造というレンガブロックを積み上げて壁を作っています。これはインドネシアの伝統的な構法ですが、耐震性が低く地震の時に崩れてしまうため壁にワイヤーメッシュを貼り、その上からモルタルで仕上げています。その金属のメッシュがクロスの形をして浮き出ています。その壁を住民たちが好きな色に塗って仕上げています。 玄関横の大きなクロスは復興のシンボルになっている。 私の設計は、あくまで修士論文の範囲で行うものでインドネシアの村に必ず建設されるというものではありません。2024年に行われる WCEE(世界地震工学会議)にて今井教授に発表していただく予定です。今後、後輩が研究を引き継いで、いつか村にコミュニティスペースが建設されることを願っています。 関連リンク ・建設学科 建築技術デザイン研究室(今井研究室)・ものつくり学研究科WEBページ

  • 【大学院生による研究紹介】高出力機構(SDV)リカンベント自転車の研究

    本学では学部4年次と大学院2年次から本格的に研究が始まります。この研究は、担当指導教員と共に研究テーマを選定し、企画・設計・制作・検査・評価までの一連の作業を行います。 今回は、佐藤正承さん(大学院1年生・佐久田研究室)が、集大成となる自身の研究を紹介します。 はじめに 私は、高校生の頃から自転車に関する研究を行いたいという思いがあり、学部の卒業研究のテーマとして取り上げ、大学院生になった現在も研究を続けています。今回はその一部を私の持論とともにご紹介させていただきます。 今では身近な移動手段として幅広い層から利用されている自転車ですが、自転車の歴史は浅く200年という短い歳月の中で様々な変化を遂げ、今の自転車が存在しています。世界には推定10億台以上の自転車がありますが、その多くは東南アジアに集中しています。さらに、欧米諸国でも地球環境の配慮や健康の面からも自転車の利用度は増加傾向にあります。しかし、従来型自転車の駆動機構では単純で生産しやすいということに重きを置いた構造であり、人間からの動力を最大限に発揮する機構とは言えません。また、楽に短時間で通勤通学をサポートする乗り物として電動アシスト自転車もありますが、価格が高くモーターによる駆動が環境面で問題視されています。 現在、皆さんにはあまり聞きなじみのない「SDVリカンベント自転車」という高出力自転車の研究を行っています。この研究では、従来型自転車と比べて最大で1.8倍の出力を実現することが可能であり、将来的には従来型機構の代替となる可能性を秘めています。以前も2人の先輩が研究され、私が引き継いで3代目になりました。私は、さらなる効率化を追求するために研究を進めています。この高出力自転車ですが、元々は産業技術総合研究所(以下、産総研)とオーテック有限会社で共同研究が行われていましたが、産総研での研究が終了した後に、私が所属する精密機械システム研究室(佐久田研究室)が研究の継承と発展のために購入しました。 SDVリカンベント自転車とは? 高出力機構「SDV」は、産総研とオーテックの共同研究で開発されました。SDVはSuper da Vinci Vehicle の略で世界的に有名な画家 Leonardo da Vinci(レオナルド・ダ・ヴィンチ) が描いたとされるデッサンにあやかり名付けられ、SDVや高出力自転車と呼ばれています。もし、デッサンが事実であるとすれば、その起源は15世紀末まで遡ることができ「現在の自転車に革命をもたらす可能性がある」という夢と希望に満ち溢れた自転車を研究していることになります。 Leonardo da Vinci が描いたとされるデッサン リカンベント自転車とは、オランダ語で寝そべりながら運転する自転車の事で、空気抵抗が少ない事から世界一速い手動2輪と言われています。このリカンベントタイプでは、カナダ出身のTodd・Reichert(トッド・ライヘルト)氏が自転車の世界最速記録である144km/hを達成したとしても知られている乗り物です。そのためSDVリカンベント自転車は。SDV(高出力)の機構とリカンベント自転車(世界一速い自転車)を組み合わせて制作された自転車なので、実走しても体感できるほど未来の自転車(ロマン仕様)です。今後、この自転車を使用して世界最速に挑む人が現れるかもしれません。 高出力機構SDVリカンベント自転車 SDV型駆動(長円運動)と従来型駆動(真円運動)の違い <SDV型(例:高出力自転車)の場合> ・スプロケット:上下左右に2枚のスプロケット(歯車)合計4枚仕様・回転方法:チェーンを直接引っ張り回転させる・形状:精密な形状・長円:人間が得意とされる駆動方式・価格:髙い SDVの特徴・SDVは人間が得意とされる上から下へ蹴る力を効率的に力に変換することができる・長円状のチェーンにペダルを直結し、長い直線部分で人間の蹴る力を駆動力に変換できるためパワーロスが少なく大きな力を得ることができる。 <従来型(例:ママチャリ)の場合> ・スプロケット:片側に1枚のスプロケット・回転方法:クランク(歯車)本体を回転させる・形状:生産しやすい形状・真円:真円なため力が伝わりにくい・価格:安い 従来型の特徴・踏みやすく、ペダリング(漕ぐ動作)が安定しているため、上り坂や低速時にも力が入りやすい・形状が円形で加工が容易であるため、コストが低いのも特徴 SDV 従来型 従来型が最適な機構ではない理由 従来型とは、この場ではシティサイクル(ママチャリ)などに装備されている真円形状の事を指し、真円の形状では人間が得意とされる踏み込み力(人間が地面を蹴る動作すなわち直線距離)が少なく、パワーが伝わりにくい傾向にあります。一方で、円運動の特性を考慮し、効率的なパワー発生を実現するために、楕円形状の機構が販売されています。しかし、従来型と楕円形状でのパワーの差は0.1倍程度であまり効果が期待できません。私も時折、楕円形状を使用していますが、体感できる程の変化は感じられませんでした(回転効率が上昇するためやや速くなる程度です)。しかし、これらのことを踏まえて開発されたのがSDVという機構です。SDVは2枚のスプロケット(歯車)を横に並べて配置することによって、直線距離を長くすることで人間が得意とされる踏み込み力を高い値で維持しながら自転車に伝えることが可能になりました。詳細はこの場では触れませんが、産総研の報告によると、最適な運動形態はややS字状であるとの結果が出ており、それを基にこの装置が開発されました。 今後の課題 ・登坂時には、電動アシスト自転車のように楽に坂道を上ることができないため、この課題に対して解決策を模索する必要がある。・SDVの価格は従来の機構に比べて高いため、低価格での提供を実現することを目指す必要がある。・構造が複雑でメンテナンスが困難なため、メンテナンス性を考慮した改良が必要である。・更なる多様化(現在では自転車に採用されているが、手漕ぎ自転車やスワンボートに対応可能にする) おわりに 現在、市場で販売されている自転車の大半は従来型(真円)の駆動方式を採用した言わば、非効率的な自転車が販売されています。一部では「自転車は二酸化炭素を排出しないエコな乗り物だ」などと言われていますが、エコな乗り物であっても用途によってはエコな乗り物ではないと私は考えています。自転車は走行中に二酸化炭素を排出しないだけではなく、維持費が安価であるという利点もありますが、自動車やバイクと比べ継続的に使用することが難しいことや製造工程でのコスト面が問題点として挙げられます。 また、通勤通学を短時間かつ楽に実現するために、電動アシスト自転車が広く普及していますが、モーターを動かすためのバッテリーは火力発電(2021年時点で化石燃料による火力発電が72.9%)から賄われた電気が利用されています。さらに、国によっては廃棄されるバッテリーの数が急激に増えており、リサイクル率の低いバッテリーが環境問題に悪影響を及ぼす可能性があります。そのため私個人としては、このような背景を考慮すると電動アシスト自転車の魅力を十分に感じることができません。まだ、経験が浅いため一概に否定しませんが、単純に「疲れたくないから」や「短時間で移動したいから」と言った安直な考えではなく、本当に自分自身のライフスタイルに適合するかどうかを慎重に考えるべきだと思います。 そのための戦略転換として、SDVの研究を行っています。前任者から研究を行っている高出力機構SDVはモーターに頼らず、人力だけで最大1.8倍の出力を実現することができます。この「人力だけで1.8倍」という点が魅力的ですし、さらにその名称は「Leonardo da Vinciが描いたとされるデッサン」を基に名付けられたという点から、技術者の世界観や遊び心、ユーモアなセンスが感じられます。高出力機構SDVの研究を進めることで、温室効果ガスや二酸化炭素の排出削減など、環境問題に対して有効な移動手段になる可能性があります。SDVの機構は環境にやさしく、持続可能な移動手段としての役割を果たすことが期待されます。 「この機構は未完成だが、その潜在能力から見れば未完の大器であると言える」。これからも高出力機構SDVリカンベント自転車の研究を進め、身近な場所で利用できる機構を目指します。そして、従来の機構よりもエコで高効率な自転車を提供し、社会に貢献したいと考えています。 あとがき 最後までこの文章をお読みいただきありがとうございました。楽しんでいただけましたか?少しでも高出力機構SDVリカンベント自転車の魅力が伝われば幸いです。ものつくり大学では、「ものつくり魂」を基盤に、ものづくりに直結する実技・実務教育を学び、一流の「テクノロジスト」を目指しています。学生の中には大学で初めて工作機械に触れた学生も多く、私もその一人です。ですが、企業の最前線で活躍してきた教職員の方々のサポートもあり、学生たちは充実した学びを受けることができます。また、研究分野では産業界で求められる課題・問題意識に取り組んでいます。 最後に、この記事を通じてものづくりに対する情熱や研究への取り組みを感じていただけたら幸いです。お忙しい中、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。これからも、ものづくりの世界でさらなる成長を追求し、社会に貢献していくことを目指します。 原稿ものつくり学研究科1年 佐藤 正承(さとう まさよし) 関連リンク ・情報メカトロニクス学科 精密機械システム研究室(佐久田研究室)・ものつくり学研究科WEBページ

  • 【大学院生による研究紹介】途上国の災害における居住空間の変化に関する研究

    2018年9月28日にインドネシア・スラウェシ島で発生したマグニチュード7.5の地震により、近傍の都市は死者・行方不明者4,547人、家屋損壊100,405という甚大な被害を受けました。浦上龍兵さん(大学院2年・今井研究室)は、復興が進むインドネシア中部スラウェシ州に赴き、災害復興住宅の住環境の分析を行いました。 研究のきっかけ 私が所属している研究室の今井教授は、海外の被災地の復興について研究や実験を行っています。学部生の頃に、今井教授からインドネシア・スラウェシ島地震の被害状況を教えていただき、復興の仕方についてお話を聞くことが度々ありました。今井教授のお話を聞くうちに災害復興について興味を持ち、研究したいと思い大学院への進学を決めました。当初、大地震が発生した2018年にインドネシアでの調査を実施する予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で延期になり、2022年に実現することになりました。今井教授に本学と千葉大学の合同調査メンバーに選んでいただいて、私がメインで被災地の住環境について調査を行い、論文を発表することになりました。 現地での調査 インドネシアには、2022年9月に10日間行きました。地震の発生から2年が経った現地は、被害が大きかった村でもNGOの活動により復興住宅の建築が進んでいました。しかし、沿岸部は津波によって地盤沈下が起こり集団移転している村もあり、そういったところはまだ瓦礫が散乱していました。私たちは、NGOの方に被害の大きかった村を6か所案内していただいて、その中からランダムに住民を選んでもらい、その住民のご自宅でアンケート調査を行いながら、並行して復興住宅の実測調査を行いました。現地の方たちは明るい人が多くて気さくに話しかけられることが度々ありました。コミュニケーションを取るために翻訳アプリを使っていましたが、見ず知らずの日本人に対して、「この村にヒーローが来た」と言ってくれました。私たちが何か変えられるわけではありませんが期待していただいて、住宅に入る時もウェルカムな対応をしていただきました。 調査に協力いただいた家族と(前列左が浦上さん) 住民の方たちのアンケート調査では、復興住宅の満足度を質問したのですが、「良い環境に住ませてもらっている」という回答が多く、復興は順調に進んでいるという印象を受けました。住環境に関するアンケートは各項目を地震前、避難期間中、復興住宅の3つのフェーズに分けて質問しています。アンケートの内容は、それぞれの時期の家族構成や、誰が住宅を建てたか、水回りの変化、地震前と復興住宅の家の広さ、住宅の満足度など基本的には生活に関することを聞いています。 アンケート調査の様子 復興住宅というと、日本ではプレハブ住宅のような一時的な避難先という印象がありますが、インドネシアでは永住することを前提とした家を建てています。インドネシアは、「ノンエンジニアド住宅」と呼ばれる専門的な知識を持たない人が施工した住宅が多くあります。ノンエンジニアド住宅が地震で崩れることにより被害が大きくなることが問題視されていました。そのため、NGOの方が「コアハウス」という頑丈な家を建てることで、また大地震が発生しても被害を抑えることができます。この復興住宅は建築当初は、リビングや寝室などの最低限の住居スペースしか確保されていません。他に必要なキッチンやトイレなどのスペースは住民が各自で増築を行います。せっかく頑丈な家を建てたのに、ノンエンジニアドが増築したらまた災害時に被害が大きくなってしまうのではないかと思うかもしれません。しかし、復興住宅は被災者に最低限の身を守れる場所を提供することが目的で、増築されることが前提の住宅です。支援金には限りがあるので最低限の耐久性がある住宅を提供しています。復興住宅は、3人家族であっても10人家族であっても同じ広さの住居が提供されます。そのため、実測調査は家族構成によってどの程度の面積を増築したか、どういう用途のスペースを増築したのか明らかにすることを目的に行いました。 復興住宅が立ち並ぶ村の様子 調査結果からの提案 今回の研究は、住宅の耐震性ではなく、住民の生活水準や満足度を調査するものです。アンケートを行った住民からの意見をまとめ、安心感や快適さ、住宅の満足度を明らかにしようと思いました。アンケートの結果から、現在の生活が地震前よりも安心や安全を感じているということが分かりました。地震前の住宅はインフラが整っていなくで川に洗濯に行っていたのが、復興と同時にインフラの整備が進み、水道や電気が使えるようになり生活水準が地震前より上がっている影響も考えられます。調査をした村の中で特に満足度が低い村がありました。その村は復興が進んでいますが、被害が大きかった他の村から多くの人が転入してきていました。その影響で元々の住民たちの安心感や安全に関する項目が大きく低下していました。原因は、他の村にはある「コミュニティスペース」という村の人たちの交流の場になる施設が無く、転入者とのコミュニケーションが取れていないことだと考察しました。村が集団移転して3年経ってもコミュニティスペースが無いということは、これから建設される可能性は低い。そこで私は、村の土地性に合ったにコミュニティスペースを建設して住民の不安を取り除くことを提案しようと思いました。コミュニティスペースは、復興住宅のスケールを考慮します。正面5メートル、奥行き6メートルの空間を中心に置き、周りに用途を付け足していきます。中心部は、屋根はかかっていますが基本的に屋外で、開放的なスペースで住民同士がコミュニケーションを行うことを想定しています。 他の村のコミュニティでの一幕 コミュニティの設計は、復興のシンボルになっている「大きなクロス型」をコンセプトにしています。復興住宅の壁には大きなクロス型があしらわれているのですが、このデザインについて37%の人が満足していたからです。復興住宅は、ジャケッティング構法と呼ばれている組積造というレンガブロックを積み上げて壁を作っています。これはインドネシアの伝統的な構法ですが、耐震性が低く地震の時に崩れてしまうため壁にワイヤーメッシュを貼り、その上からモルタルで仕上げています。その金属のメッシュがクロスの形をして浮き出ています。その壁を住民たちが好きな色に塗って仕上げています。 玄関横の大きなクロスは復興のシンボルになっている。 私の設計は、あくまで修士論文の範囲で行うものでインドネシアの村に必ず建設されるというものではありません。2024年に行われる WCEE(世界地震工学会議)にて今井教授に発表していただく予定です。今後、後輩が研究を引き継いで、いつか村にコミュニティスペースが建設されることを願っています。 関連リンク ・建設学科 建築技術デザイン研究室(今井研究室)・ものつくり学研究科WEBページ

  • 【大学院生による研究紹介】高出力機構(SDV)リカンベント自転車の研究

    本学では学部4年次と大学院2年次から本格的に研究が始まります。この研究は、担当指導教員と共に研究テーマを選定し、企画・設計・制作・検査・評価までの一連の作業を行います。 今回は、佐藤正承さん(大学院1年生・佐久田研究室)が、集大成となる自身の研究を紹介します。 はじめに 私は、高校生の頃から自転車に関する研究を行いたいという思いがあり、学部の卒業研究のテーマとして取り上げ、大学院生になった現在も研究を続けています。今回はその一部を私の持論とともにご紹介させていただきます。 今では身近な移動手段として幅広い層から利用されている自転車ですが、自転車の歴史は浅く200年という短い歳月の中で様々な変化を遂げ、今の自転車が存在しています。世界には推定10億台以上の自転車がありますが、その多くは東南アジアに集中しています。さらに、欧米諸国でも地球環境の配慮や健康の面からも自転車の利用度は増加傾向にあります。しかし、従来型自転車の駆動機構では単純で生産しやすいということに重きを置いた構造であり、人間からの動力を最大限に発揮する機構とは言えません。また、楽に短時間で通勤通学をサポートする乗り物として電動アシスト自転車もありますが、価格が高くモーターによる駆動が環境面で問題視されています。 現在、皆さんにはあまり聞きなじみのない「SDVリカンベント自転車」という高出力自転車の研究を行っています。この研究では、従来型自転車と比べて最大で1.8倍の出力を実現することが可能であり、将来的には従来型機構の代替となる可能性を秘めています。以前も2人の先輩が研究され、私が引き継いで3代目になりました。私は、さらなる効率化を追求するために研究を進めています。この高出力自転車ですが、元々は産業技術総合研究所(以下、産総研)とオーテック有限会社で共同研究が行われていましたが、産総研での研究が終了した後に、私が所属する精密機械システム研究室(佐久田研究室)が研究の継承と発展のために購入しました。 SDVリカンベント自転車とは? 高出力機構「SDV」は、産総研とオーテックの共同研究で開発されました。SDVはSuper da Vinci Vehicle の略で世界的に有名な画家 Leonardo da Vinci(レオナルド・ダ・ヴィンチ) が描いたとされるデッサンにあやかり名付けられ、SDVや高出力自転車と呼ばれています。もし、デッサンが事実であるとすれば、その起源は15世紀末まで遡ることができ「現在の自転車に革命をもたらす可能性がある」という夢と希望に満ち溢れた自転車を研究していることになります。 Leonardo da Vinci が描いたとされるデッサン リカンベント自転車とは、オランダ語で寝そべりながら運転する自転車の事で、空気抵抗が少ない事から世界一速い手動2輪と言われています。このリカンベントタイプでは、カナダ出身のTodd・Reichert(トッド・ライヘルト)氏が自転車の世界最速記録である144km/hを達成したとしても知られている乗り物です。そのためSDVリカンベント自転車は。SDV(高出力)の機構とリカンベント自転車(世界一速い自転車)を組み合わせて制作された自転車なので、実走しても体感できるほど未来の自転車(ロマン仕様)です。今後、この自転車を使用して世界最速に挑む人が現れるかもしれません。 高出力機構SDVリカンベント自転車 SDV型駆動(長円運動)と従来型駆動(真円運動)の違い <SDV型(例:高出力自転車)の場合> ・スプロケット:上下左右に2枚のスプロケット(歯車)合計4枚仕様・回転方法:チェーンを直接引っ張り回転させる・形状:精密な形状・長円:人間が得意とされる駆動方式・価格:髙い SDVの特徴・SDVは人間が得意とされる上から下へ蹴る力を効率的に力に変換することができる・長円状のチェーンにペダルを直結し、長い直線部分で人間の蹴る力を駆動力に変換できるためパワーロスが少なく大きな力を得ることができる。 <従来型(例:ママチャリ)の場合> ・スプロケット:片側に1枚のスプロケット・回転方法:クランク(歯車)本体を回転させる・形状:生産しやすい形状・真円:真円なため力が伝わりにくい・価格:安い 従来型の特徴・踏みやすく、ペダリング(漕ぐ動作)が安定しているため、上り坂や低速時にも力が入りやすい・形状が円形で加工が容易であるため、コストが低いのも特徴 SDV 従来型 従来型が最適な機構ではない理由 従来型とは、この場ではシティサイクル(ママチャリ)などに装備されている真円形状の事を指し、真円の形状では人間が得意とされる踏み込み力(人間が地面を蹴る動作すなわち直線距離)が少なく、パワーが伝わりにくい傾向にあります。一方で、円運動の特性を考慮し、効率的なパワー発生を実現するために、楕円形状の機構が販売されています。しかし、従来型と楕円形状でのパワーの差は0.1倍程度であまり効果が期待できません。私も時折、楕円形状を使用していますが、体感できる程の変化は感じられませんでした(回転効率が上昇するためやや速くなる程度です)。しかし、これらのことを踏まえて開発されたのがSDVという機構です。SDVは2枚のスプロケット(歯車)を横に並べて配置することによって、直線距離を長くすることで人間が得意とされる踏み込み力を高い値で維持しながら自転車に伝えることが可能になりました。詳細はこの場では触れませんが、産総研の報告によると、最適な運動形態はややS字状であるとの結果が出ており、それを基にこの装置が開発されました。 今後の課題 ・登坂時には、電動アシスト自転車のように楽に坂道を上ることができないため、この課題に対して解決策を模索する必要がある。・SDVの価格は従来の機構に比べて高いため、低価格での提供を実現することを目指す必要がある。・構造が複雑でメンテナンスが困難なため、メンテナンス性を考慮した改良が必要である。・更なる多様化(現在では自転車に採用されているが、手漕ぎ自転車やスワンボートに対応可能にする) おわりに 現在、市場で販売されている自転車の大半は従来型(真円)の駆動方式を採用した言わば、非効率的な自転車が販売されています。一部では「自転車は二酸化炭素を排出しないエコな乗り物だ」などと言われていますが、エコな乗り物であっても用途によってはエコな乗り物ではないと私は考えています。自転車は走行中に二酸化炭素を排出しないだけではなく、維持費が安価であるという利点もありますが、自動車やバイクと比べ継続的に使用することが難しいことや製造工程でのコスト面が問題点として挙げられます。 また、通勤通学を短時間かつ楽に実現するために、電動アシスト自転車が広く普及していますが、モーターを動かすためのバッテリーは火力発電(2021年時点で化石燃料による火力発電が72.9%)から賄われた電気が利用されています。さらに、国によっては廃棄されるバッテリーの数が急激に増えており、リサイクル率の低いバッテリーが環境問題に悪影響を及ぼす可能性があります。そのため私個人としては、このような背景を考慮すると電動アシスト自転車の魅力を十分に感じることができません。まだ、経験が浅いため一概に否定しませんが、単純に「疲れたくないから」や「短時間で移動したいから」と言った安直な考えではなく、本当に自分自身のライフスタイルに適合するかどうかを慎重に考えるべきだと思います。 そのための戦略転換として、SDVの研究を行っています。前任者から研究を行っている高出力機構SDVはモーターに頼らず、人力だけで最大1.8倍の出力を実現することができます。この「人力だけで1.8倍」という点が魅力的ですし、さらにその名称は「Leonardo da Vinciが描いたとされるデッサン」を基に名付けられたという点から、技術者の世界観や遊び心、ユーモアなセンスが感じられます。高出力機構SDVの研究を進めることで、温室効果ガスや二酸化炭素の排出削減など、環境問題に対して有効な移動手段になる可能性があります。SDVの機構は環境にやさしく、持続可能な移動手段としての役割を果たすことが期待されます。 「この機構は未完成だが、その潜在能力から見れば未完の大器であると言える」。これからも高出力機構SDVリカンベント自転車の研究を進め、身近な場所で利用できる機構を目指します。そして、従来の機構よりもエコで高効率な自転車を提供し、社会に貢献したいと考えています。 あとがき 最後までこの文章をお読みいただきありがとうございました。楽しんでいただけましたか?少しでも高出力機構SDVリカンベント自転車の魅力が伝われば幸いです。ものつくり大学では、「ものつくり魂」を基盤に、ものづくりに直結する実技・実務教育を学び、一流の「テクノロジスト」を目指しています。学生の中には大学で初めて工作機械に触れた学生も多く、私もその一人です。ですが、企業の最前線で活躍してきた教職員の方々のサポートもあり、学生たちは充実した学びを受けることができます。また、研究分野では産業界で求められる課題・問題意識に取り組んでいます。 最後に、この記事を通じてものづくりに対する情熱や研究への取り組みを感じていただけたら幸いです。お忙しい中、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。これからも、ものづくりの世界でさらなる成長を追求し、社会に貢献していくことを目指します。 原稿ものつくり学研究科1年 佐藤 正承(さとう まさよし) 関連リンク ・情報メカトロニクス学科 精密機械システム研究室(佐久田研究室)・ものつくり学研究科WEBページ