Introduction 院生時代から研究生になった現在まで、高出力機構(SDV)リカンベント自転車の研究を続けている佐藤正承さん。2023年7月の「【大学院生による研究紹介】高出力機構(SDV)リカンベント自転車の研究」でどの様な研究を行っているか紹介しましたが、今回はその続編です。新たなマシーンの組立作業を行い、リカンベント自転車による初めてのレースに出場し、優勝するまでを記録した実践投入編をぜひお読みください。 はじめに 自転車は、エコでクリーンな乗り物として幅広い層に支持され、日常生活の移動手段として利用されています。しかし、多くの自転車は短距離移動を主としており、長距離を快適に走行できるモデルは限られています。そこで私は、長距離走行に適した「リカンベント自転車」と国の研究機関が人間の得意とする動作を追及して開発した、長円(トラック型)軌道に沿って回転する高出力駆動機構“SDV”を組み合わせた「SDVリカンベント自転車」を研究しています。 SDVリカンベント自転車 https://www.iot.ac.jp/magazine/research/20230705_1/ 新たなマシーンの組立と挑戦への準備 2024年の年末、SDVの開発者であるオーテック有限会社の織田紀之氏より、SDV関連の仕事はすべて終了したという一報を情報メカトロニクス学科の岡根利光教授から耳にしました。それに伴い、リカンベント関連の部品を提供していただけることになり、年明け早々に指導教員である佐久田茂教授と共にオーテックに伺いました。織田氏と直接お会いし、SDVに込められた“こだわり”や“魂”が、言葉にせずとも強く伝わってきました。改めて、SDVという駆動機構は織田氏の情熱と芸術性が織り交ざった作品であると確信しました。私はその思いを受け継ぎ、より一層気を引き締めて研究に取り組む決意を固めました。大学に戻ると早速、大会に出場するマシーンを完成させるべく、作業に着手しました。2024年は多忙のため大会への出場機会が少なく、2025年こそは大会に出場するという目標を密かに掲げていました。まずは部品の在庫管理から始め、不足しているパーツを洗い出しました。その後、織田氏から提供いただいた組立図を参考に、組立手順を検討しました。最初の大会は6月下旬、長野県松本市で開催される「ツール・ド・美ヶ原」です。すでに大会まで2か月を切っていて、急ピッチで作業を進める必要がありました。最初の工程の塗装は4月下旬から開始しました。カラーリングについてはさまざま悩んだ末、現行のリカンベントと同色を採用しました。ただし、駆動部分であるSDVの本体だけは特別仕様にしたいと考えました。というのも、SDVの頭文字 “S” には「Super」という意味が込められているからです。その名にふさわしい仕上げを検討した結果、「ラメフレーク塗装」を施すことにしました。この塗装は、暗所では下地の色が強調され、太陽光などの光が当たるとラメが七色に輝くという面白い仕掛けがあります。リカンベントの心臓部とも言える駆動機構に、敬意とこだわりを込めた表現としました。 組立前のフレーム その後、いよいよ本格的にマシーンの組立に入りました。組立作業の中でも重要視したのがブレーキの性能です。ブレーキは停止に必要不可欠な要素ですが、それだけではありません。コーナー手前で的確に減速できれば、スムーズかつ安定してコーナーを抜けられます。また、ブレーキのタッチが軽くなることで操作時の安心感が格段に増します。ここまでブレーキにこだわる理由の一つに、ツール・ド・美ヶ原のコース特性があります。ゴール直前には長い下り坂が待ち構えていて、そこはリカンベントの本領が発揮される区間です。しかし、ブレーキ性能が不十分なマシーンでは、速度を上げることに不安を感じ、せっかくのポテンシャルを活かしきれません。現代の主流であるディスクブレーキと比べると、本マシーンのブレーキ性能は劣るところもあります。そこで、この差を埋めるためには最終的に握力(パワー)がものを言う場面もあります。こうして土日も返上して作業を続け、なんとか大会の4日前に、無事マシーンを完成させることができました。 リカンベントで挑むツール・ド・美ヶ原参戦記 ツール・ド・美ヶ原は、長野県松本市で毎年6月下旬に開催されるヒルクライムレースです。コースの大部分は登坂区間で構成されていて、スタート地点の浅間温泉は標高約640メートル、ゴール地点である美ヶ原高原自然保護センターの標高は約1,910メートルに位置します。両地点の標高差はおよそ1,270メートルで、全長は21.6キロメートル。その平均勾配は5.9%とされ、国内屈指の難コースとして知られています。「平均勾配5.9%」という数字だけを見ると、それほど過酷には感じないかもしれません。しかし、実際のコースはアップダウンが多く、終盤には長い下り坂も含まれているため、“平均勾配詐欺”と揶揄されることもあります。中でも名物とされるのが、スタート直後に現れる激坂区間です。浅間温泉から美鈴湖までの間には、最大勾配が18%を超えるセクションが存在し、脚に自信のあるサイクリストも苦戦を強いられます。こうした難所に挑もうと、毎年1,500人以上の参加者がこの大会に集結します。さらに特筆すべきは、この大会が国内で唯一、ヒルクライムのレースにおけるリカンベントクラスが設けられている点です。そのため、全国からリカンベント愛好家が集まり、情報交換や交流の場としても機能しています。一部では「リカンベントの甲子園」と呼ばれるほど、リカンベント乗りにとっては特別な大会です。 コースマップ レース当日 いざ出陣! 出発日前日の試走では思わぬトラブルにも見舞われましたが、応急処置でなんとか準備を整え、いよいよレース当日を迎えました。レース当日の天候は快晴でまさに自転車日和。昨年は嵐のような天気だったため、「今年は晴れてよかった」と心から思いました。私が出場するリカンベントクラスは、30代・40代クラス、e-BIKEクラスと同じ最終組。会場に着くと、すでにチャンピオンクラスは出走中で、各クラスのライダーたちが準備やウォーミングアップに勤しんでいました。この大会では、チャンピオンクラスを除き、スタート時間が固定されていません。タイム計測により順位が決まるため、出走可能時間内であれば好きなタイミングでスタートできます。ライダーによっては、スタート前にコンディションを整えてから出走するライダーもいます。私はそれにならい、数分遅らせてからスタートすることにしました。スタートラインに立つと、心拍数は常に130bpmを超えていました。深呼吸を繰り返し、心拍をできるだけ落ち着かせていたところで、出走終了5分前のアナウンスが入り、気を引き締めます。私のスタート時刻は8時27分。放送席からの激励を背に、勢いよくペダルを踏みだしました。美ヶ原ヒルクライムは参加者も多く、沿道からの声援も絶えない中、スタート直後から名物の激坂が姿を現します。ギアを軽くし、回転数を上げて挑みましたが、すぐに違和感を覚えました。SDVの特性上、回転数を高くしすぎるとペダリングがぎこちなくなり、スムーズに漕げません。何度もギアを調整して適切な回転数を探りましたが思うようにいかず、ついに足を地面に着いてしまいました。心拍数を見ると180bpmを超えていて、無理をすれば倒れてしまいそうでした。息を整えて再スタートを試みるも、すぐに心拍数は上昇。激坂の厳しさを痛感することになりました。後続のリカンベントライダーにも追い越され、背後には最終走者を示すプラカード車と回収車が迫ってきます。まさか序盤でこんな状況になるとは思いませんでした。それでもなんとか体に鞭を打ち、美鈴湖まで到着しました。ここから勾配は緩やかになり、リカンベント本来の力を発揮する区間に入ります。平地での加速性能は圧倒的で、激坂で苦しんでいたことが嘘のように快調に進みました。前方のリカンベントライダーに追いつくと、「面白い動きしますね」と声をかけられ、しばし談笑しました。レース中とは思えない、穏やかな時間でした。数キロメートル語らいながら走った後、「ゴールまで頑張りましょう」と互いに声を掛け合い、それぞれのペースに戻りました。終盤に差し掛かると、下山中のチャンピオンクラスの選手たちから声援を受け、わずかながら力が湧きました。その声援に背中を押され、ここまで登ってきて改めて気づいたことがあります。傾斜が緩い区間では、シートにもたれたまま強く踏み込めるように感じました。しかし、急勾配では上半身に血が上り、自然と体が起き上がってしまい、シートの反力を活かしきれません。さらにポジションが決まっていなくて、目線の使い方にも不慣れだったため、首への負担も大きくなりました。ぶっつけ本番で挑んだ結果、そのツケは激坂区間だけではなく、勾配が増す終盤になるにつれてじわじわと現れてきたのです。 ゴール手前 思い出の丘 残り6キロメートル地点。ここからはいよいよ、リカンベント最大の見せ場となる長い下り坂です。勾配が始まった瞬間、シートに体を預けるようにして加速します。普段はロードバイクに乗ることが多く、リカンベントの長い下りは今回が初めてでしたが、時速30キロメートルを超えても不安定な感じはなく、むしろ驚くほど安定していました。これは、シートによって体がしっかり固定され、重心がぶれにくくなるためだと考えられます。アップライトポジションのロードバイクは、重心移動が自由な反面、安定性のために体幹の強さが求められます。しかし、日常的に体幹を鍛えているライダーは少なく、状況によって不安定になることがあります。一方、リカンベントはシートの恩恵により、体幹に頼らなくても安心して走行できます。ただし、急カーブなどでは重心移動がしにくいため、ブレーキによる減速は欠かせません。それでも美ヶ原の下りはライン取りさえ間違えなければ、最小限の舵角で曲がることができ、大きな減速を必要としません。実際、終盤の下りではタイムロスも少なく、安全かつスムーズに走り抜けることができました。そして、最後の上り坂を登り切り、ついにゴール。苦しさと楽しさ、そして多くの学びを得た美ヶ原ヒルクライムでした。 心拍数と標高から見るヒルクライムの記録 美ヶ原を走り終えて マシーントラブルもなく、脚の疲労も大きく蓄積せずに無事にゴールを迎えることができました。ゴール地点の美ヶ原高原自然保護センターの標高は1,910メートル。強い日差しでしたが、標高の高さゆえ空気はひんやりとしていて、汗をかいた身体にはちょうどよい気温でした。すでに多くの参加者が下山していたため、ゴール地点は混雑もなく、落ち着いた雰囲気が広がっていました。マシーンを止めて一息ついていると、数人のライダーから声をかけられました。やはり注目を集めたのは、SDV独自の駆動機構でした。外観が複雑に見えるこの構造は、整備性を不安視する声もありました。しかし、実際に動かしてみるとその動きは極めてメカニカルで、見る者の興味を強くひきつけます。自転車に機能美を求める人にとって、このSDVの駆動機構は非常に魅力的です。その魅力を引き立てるため、駆動部にラメ入りの塗装を施し、静止状態でも存在感を放つように仕上げました。こうして自転車談義に花が咲き、楽しいひとときとなりました。 SDV駆動機構 しばらくすると、先ほどレース中に会話したリカンベントライダーもゴールしました。再会を喜び、健闘を称え合った後、下山の準備をしました。下山は数グループに分かれて行われ、私たちは「せっかくなのでのんびり行こう」と最終グループを選びました。コースは美ヶ原特有のアップダウンが連続するため、下山といえども登坂を避けられません。途中の上り坂では「もう漕げない」と弱音を漏らすライダーもいたほど、下山とは名ばかりの体力を要する行程でした。それでも私は、レースより速度が出ていなかったためか、不思議と苦もなく登ることができました。おそらく、SDVの持つ特性によるものだと思います。少なくとも、通常のクランク構造では決して味わえない感覚です。 苦戦の中で見えた未来 今回のタイムは2時間37分でした。決して良い記録とは言えませんが、それでも優勝することができました。事前の練習もなく、ぶっつけ本番で挑んだレースは想像以上に厳しいものでした。特にヒルクライムでは、“軽量化”が何よりも重要視される中、マシーン重量17キログラムと一般的なヒルクライム用機材と比べると重く、普段使用しているロードレーサーは10キログラムもありません。そのため、登坂においては苦戦を強いられる場面もありました。加えて、チェーン錠やドリンクなどの装備もあったため、総重量としては20キログラム前後となり、ヒルクライムでは大きな負荷となりました。こうした戦略ミスはありましたが、それでも今大会の目標に掲げていた「完走」を果たせたことは、嬉しい成果です。リカンベント自転車に対して「登坂には不向き」と囁かれる理由も、今回の実走を通じて身に染みて理解できました。しかし、登坂に不向きとされるリカンベントの弱点をあえて抱え込み、利点へと転じることこそSDVの真価だと信じていました。変化し続ける勾配や路面状況といったレース特有の条件に順応し、推進力へと変えていく。それがまさに千変万化の極意と呼べる駆動機構の力です。そうした信念を胸に走り切り、フィニッシュラインを超えたとき、真っ先に感じたのは意外なほどの足の軽さでした。通常、レース後には足の筋肉に強い疲労感が残りますが、今回そのような感覚はほとんどありませんでした。むしろ「まだ漕げるのではないか」と思えるほど体力に余裕がありました。ここで一つの疑問が生じます。「自分は果たしてレース中に100%の実力を出し切れたのか」それとも、「SDVという駆動機構が、人間の得意とされる動きに適しており、従来のクランク構造に比べて疲労が蓄積しにくいのか」というものです。レースを終えた時に「やり切った」と思える達成感は確かにありました。だからこそ、私は後者の可能性を信じたい。もし、SDVの駆動構造が長距離移動において疲労を軽減する構造であるなら、それが今後の社会において大きなメリットとなり得ます。長距離移動をより快適に走れる自転車が普及すれば、用途の幅は格段に広がり、利用者も確実に増えるでしょう。そうした未来の可能性を秘めたSDVが、今後さまざまな場面で採用され続けることを心から願ってやみません。 原稿ものつくり大学研究生 佐藤 正承(さとう まさよし) 関連リンク ・【大学院生による研究紹介】高出力機構(SDV)り患エベント自転車の研究・情報メカトロニクス学科 精密機械システム研究室(佐久田研究室)
本学では学部4年次と大学院2年次から本格的に研究が始まります。この研究は、担当指導教員と共に研究テーマを選定し、企画・設計・制作・検査・評価までの一連の作業を行います。 今回は、佐藤正承さん(大学院1年生・佐久田研究室)が、集大成となる自身の研究を紹介します。 はじめに 私は、高校生の頃から自転車に関する研究を行いたいという思いがあり、学部の卒業研究のテーマとして取り上げ、大学院生になった現在も研究を続けています。今回はその一部を私の持論とともにご紹介させていただきます。 今では身近な移動手段として幅広い層から利用されている自転車ですが、自転車の歴史は浅く200年という短い歳月の中で様々な変化を遂げ、今の自転車が存在しています。世界には推定10億台以上の自転車がありますが、その多くは東南アジアに集中しています。さらに、欧米諸国でも地球環境の配慮や健康の面からも自転車の利用度は増加傾向にあります。しかし、従来型自転車の駆動機構では単純で生産しやすいということに重きを置いた構造であり、人間からの動力を最大限に発揮する機構とは言えません。また、楽に短時間で通勤通学をサポートする乗り物として電動アシスト自転車もありますが、価格が高くモーターによる駆動が環境面で問題視されています。 現在、皆さんにはあまり聞きなじみのない「SDVリカンベント自転車」という高出力自転車の研究を行っています。この研究では、従来型自転車と比べて最大で1.8倍の出力を実現することが可能であり、将来的には従来型機構の代替となる可能性を秘めています。以前も2人の先輩が研究され、私が引き継いで3代目になりました。私は、さらなる効率化を追求するために研究を進めています。この高出力自転車ですが、元々は産業技術総合研究所(以下、産総研)とオーテック有限会社で共同研究が行われていましたが、産総研での研究が終了した後に、私が所属する精密機械システム研究室(佐久田研究室)が研究の継承と発展のために購入しました。 SDVリカンベント自転車とは? 高出力機構「SDV」は、産総研とオーテックの共同研究で開発されました。SDVはSuper da Vinci Vehicle の略で世界的に有名な画家 Leonardo da Vinci(レオナルド・ダ・ヴィンチ) が描いたとされるデッサンにあやかり名付けられ、SDVや高出力自転車と呼ばれています。もし、デッサンが事実であるとすれば、その起源は15世紀末まで遡ることができ「現在の自転車に革命をもたらす可能性がある」という夢と希望に満ち溢れた自転車を研究していることになります。 Leonardo da Vinci が描いたとされるデッサン リカンベント自転車とは、オランダ語で寝そべりながら運転する自転車の事で、空気抵抗が少ない事から世界一速い手動2輪と言われています。このリカンベントタイプでは、カナダ出身のTodd・Reichert(トッド・ライヘルト)氏が自転車の世界最速記録である144km/hを達成したとしても知られている乗り物です。そのためSDVリカンベント自転車は。SDV(高出力)の機構とリカンベント自転車(世界一速い自転車)を組み合わせて制作された自転車なので、実走しても体感できるほど未来の自転車(ロマン仕様)です。今後、この自転車を使用して世界最速に挑む人が現れるかもしれません。 高出力機構SDVリカンベント自転車 SDV型駆動(長円運動)と従来型駆動(真円運動)の違い <SDV型(例:高出力自転車)の場合> ・スプロケット:上下左右に2枚のスプロケット(歯車)合計4枚仕様・回転方法:チェーンを直接引っ張り回転させる・形状:精密な形状・長円:人間が得意とされる駆動方式・価格:髙い SDVの特徴・SDVは人間が得意とされる上から下へ蹴る力を効率的に力に変換することができる・長円状のチェーンにペダルを直結し、長い直線部分で人間の蹴る力を駆動力に変換できるためパワーロスが少なく大きな力を得ることができる。 <従来型(例:ママチャリ)の場合> ・スプロケット:片側に1枚のスプロケット・回転方法:クランク(歯車)本体を回転させる・形状:生産しやすい形状・真円:真円なため力が伝わりにくい・価格:安い 従来型の特徴・踏みやすく、ペダリング(漕ぐ動作)が安定しているため、上り坂や低速時にも力が入りやすい・形状が円形で加工が容易であるため、コストが低いのも特徴 SDV 従来型 従来型が最適な機構ではない理由 従来型とは、この場ではシティサイクル(ママチャリ)などに装備されている真円形状の事を指し、真円の形状では人間が得意とされる踏み込み力(人間が地面を蹴る動作すなわち直線距離)が少なく、パワーが伝わりにくい傾向にあります。一方で、円運動の特性を考慮し、効率的なパワー発生を実現するために、楕円形状の機構が販売されています。しかし、従来型と楕円形状でのパワーの差は0.1倍程度であまり効果が期待できません。私も時折、楕円形状を使用していますが、体感できる程の変化は感じられませんでした(回転効率が上昇するためやや速くなる程度です)。しかし、これらのことを踏まえて開発されたのがSDVという機構です。SDVは2枚のスプロケット(歯車)を横に並べて配置することによって、直線距離を長くすることで人間が得意とされる踏み込み力を高い値で維持しながら自転車に伝えることが可能になりました。詳細はこの場では触れませんが、産総研の報告によると、最適な運動形態はややS字状であるとの結果が出ており、それを基にこの装置が開発されました。 今後の課題 ・登坂時には、電動アシスト自転車のように楽に坂道を上ることができないため、この課題に対して解決策を模索する必要がある。・SDVの価格は従来の機構に比べて高いため、低価格での提供を実現することを目指す必要がある。・構造が複雑でメンテナンスが困難なため、メンテナンス性を考慮した改良が必要である。・更なる多様化(現在では自転車に採用されているが、手漕ぎ自転車やスワンボートに対応可能にする) おわりに 現在、市場で販売されている自転車の大半は従来型(真円)の駆動方式を採用した言わば、非効率的な自転車が販売されています。一部では「自転車は二酸化炭素を排出しないエコな乗り物だ」などと言われていますが、エコな乗り物であっても用途によってはエコな乗り物ではないと私は考えています。自転車は走行中に二酸化炭素を排出しないだけではなく、維持費が安価であるという利点もありますが、自動車やバイクと比べ継続的に使用することが難しいことや製造工程でのコスト面が問題点として挙げられます。 また、通勤通学を短時間かつ楽に実現するために、電動アシスト自転車が広く普及していますが、モーターを動かすためのバッテリーは火力発電(2021年時点で化石燃料による火力発電が72.9%)から賄われた電気が利用されています。さらに、国によっては廃棄されるバッテリーの数が急激に増えており、リサイクル率の低いバッテリーが環境問題に悪影響を及ぼす可能性があります。そのため私個人としては、このような背景を考慮すると電動アシスト自転車の魅力を十分に感じることができません。まだ、経験が浅いため一概に否定しませんが、単純に「疲れたくないから」や「短時間で移動したいから」と言った安直な考えではなく、本当に自分自身のライフスタイルに適合するかどうかを慎重に考えるべきだと思います。 そのための戦略転換として、SDVの研究を行っています。前任者から研究を行っている高出力機構SDVはモーターに頼らず、人力だけで最大1.8倍の出力を実現することができます。この「人力だけで1.8倍」という点が魅力的ですし、さらにその名称は「Leonardo da Vinciが描いたとされるデッサン」を基に名付けられたという点から、技術者の世界観や遊び心、ユーモアなセンスが感じられます。高出力機構SDVの研究を進めることで、温室効果ガスや二酸化炭素の排出削減など、環境問題に対して有効な移動手段になる可能性があります。SDVの機構は環境にやさしく、持続可能な移動手段としての役割を果たすことが期待されます。 「この機構は未完成だが、その潜在能力から見れば未完の大器であると言える」。これからも高出力機構SDVリカンベント自転車の研究を進め、身近な場所で利用できる機構を目指します。そして、従来の機構よりもエコで高効率な自転車を提供し、社会に貢献したいと考えています。 あとがき 最後までこの文章をお読みいただきありがとうございました。楽しんでいただけましたか?少しでも高出力機構SDVリカンベント自転車の魅力が伝われば幸いです。ものつくり大学では、「ものつくり魂」を基盤に、ものづくりに直結する実技・実務教育を学び、一流の「テクノロジスト」を目指しています。学生の中には大学で初めて工作機械に触れた学生も多く、私もその一人です。ですが、企業の最前線で活躍してきた教職員の方々のサポートもあり、学生たちは充実した学びを受けることができます。また、研究分野では産業界で求められる課題・問題意識に取り組んでいます。 最後に、この記事を通じてものづくりに対する情熱や研究への取り組みを感じていただけたら幸いです。お忙しい中、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。これからも、ものづくりの世界でさらなる成長を追求し、社会に貢献していくことを目指します。 原稿ものつくり学研究科1年 佐藤 正承(さとう まさよし) 関連リンク ・情報メカトロニクス学科 精密機械システム研究室(佐久田研究室)・ものつくり学研究科WEBページ
Introduction 院生時代から研究生になった現在まで、高出力機構(SDV)リカンベント自転車の研究を続けている佐藤正承さん。2023年7月の「【大学院生による研究紹介】高出力機構(SDV)リカンベント自転車の研究」でどの様な研究を行っているか紹介しましたが、今回はその続編です。新たなマシーンの組立作業を行い、リカンベント自転車による初めてのレースに出場し、優勝するまでを記録した実践投入編をぜひお読みください。 はじめに 自転車は、エコでクリーンな乗り物として幅広い層に支持され、日常生活の移動手段として利用されています。しかし、多くの自転車は短距離移動を主としており、長距離を快適に走行できるモデルは限られています。そこで私は、長距離走行に適した「リカンベント自転車」と国の研究機関が人間の得意とする動作を追及して開発した、長円(トラック型)軌道に沿って回転する高出力駆動機構“SDV”を組み合わせた「SDVリカンベント自転車」を研究しています。 SDVリカンベント自転車 https://www.iot.ac.jp/magazine/research/20230705_1/ 新たなマシーンの組立と挑戦への準備 2024年の年末、SDVの開発者であるオーテック有限会社の織田紀之氏より、SDV関連の仕事はすべて終了したという一報を情報メカトロニクス学科の岡根利光教授から耳にしました。それに伴い、リカンベント関連の部品を提供していただけることになり、年明け早々に指導教員である佐久田茂教授と共にオーテックに伺いました。織田氏と直接お会いし、SDVに込められた“こだわり”や“魂”が、言葉にせずとも強く伝わってきました。改めて、SDVという駆動機構は織田氏の情熱と芸術性が織り交ざった作品であると確信しました。私はその思いを受け継ぎ、より一層気を引き締めて研究に取り組む決意を固めました。大学に戻ると早速、大会に出場するマシーンを完成させるべく、作業に着手しました。2024年は多忙のため大会への出場機会が少なく、2025年こそは大会に出場するという目標を密かに掲げていました。まずは部品の在庫管理から始め、不足しているパーツを洗い出しました。その後、織田氏から提供いただいた組立図を参考に、組立手順を検討しました。最初の大会は6月下旬、長野県松本市で開催される「ツール・ド・美ヶ原」です。すでに大会まで2か月を切っていて、急ピッチで作業を進める必要がありました。最初の工程の塗装は4月下旬から開始しました。カラーリングについてはさまざま悩んだ末、現行のリカンベントと同色を採用しました。ただし、駆動部分であるSDVの本体だけは特別仕様にしたいと考えました。というのも、SDVの頭文字 “S” には「Super」という意味が込められているからです。その名にふさわしい仕上げを検討した結果、「ラメフレーク塗装」を施すことにしました。この塗装は、暗所では下地の色が強調され、太陽光などの光が当たるとラメが七色に輝くという面白い仕掛けがあります。リカンベントの心臓部とも言える駆動機構に、敬意とこだわりを込めた表現としました。 組立前のフレーム その後、いよいよ本格的にマシーンの組立に入りました。組立作業の中でも重要視したのがブレーキの性能です。ブレーキは停止に必要不可欠な要素ですが、それだけではありません。コーナー手前で的確に減速できれば、スムーズかつ安定してコーナーを抜けられます。また、ブレーキのタッチが軽くなることで操作時の安心感が格段に増します。ここまでブレーキにこだわる理由の一つに、ツール・ド・美ヶ原のコース特性があります。ゴール直前には長い下り坂が待ち構えていて、そこはリカンベントの本領が発揮される区間です。しかし、ブレーキ性能が不十分なマシーンでは、速度を上げることに不安を感じ、せっかくのポテンシャルを活かしきれません。現代の主流であるディスクブレーキと比べると、本マシーンのブレーキ性能は劣るところもあります。そこで、この差を埋めるためには最終的に握力(パワー)がものを言う場面もあります。こうして土日も返上して作業を続け、なんとか大会の4日前に、無事マシーンを完成させることができました。 リカンベントで挑むツール・ド・美ヶ原参戦記 ツール・ド・美ヶ原は、長野県松本市で毎年6月下旬に開催されるヒルクライムレースです。コースの大部分は登坂区間で構成されていて、スタート地点の浅間温泉は標高約640メートル、ゴール地点である美ヶ原高原自然保護センターの標高は約1,910メートルに位置します。両地点の標高差はおよそ1,270メートルで、全長は21.6キロメートル。その平均勾配は5.9%とされ、国内屈指の難コースとして知られています。「平均勾配5.9%」という数字だけを見ると、それほど過酷には感じないかもしれません。しかし、実際のコースはアップダウンが多く、終盤には長い下り坂も含まれているため、“平均勾配詐欺”と揶揄されることもあります。中でも名物とされるのが、スタート直後に現れる激坂区間です。浅間温泉から美鈴湖までの間には、最大勾配が18%を超えるセクションが存在し、脚に自信のあるサイクリストも苦戦を強いられます。こうした難所に挑もうと、毎年1,500人以上の参加者がこの大会に集結します。さらに特筆すべきは、この大会が国内で唯一、ヒルクライムのレースにおけるリカンベントクラスが設けられている点です。そのため、全国からリカンベント愛好家が集まり、情報交換や交流の場としても機能しています。一部では「リカンベントの甲子園」と呼ばれるほど、リカンベント乗りにとっては特別な大会です。 コースマップ レース当日 いざ出陣! 出発日前日の試走では思わぬトラブルにも見舞われましたが、応急処置でなんとか準備を整え、いよいよレース当日を迎えました。レース当日の天候は快晴でまさに自転車日和。昨年は嵐のような天気だったため、「今年は晴れてよかった」と心から思いました。私が出場するリカンベントクラスは、30代・40代クラス、e-BIKEクラスと同じ最終組。会場に着くと、すでにチャンピオンクラスは出走中で、各クラスのライダーたちが準備やウォーミングアップに勤しんでいました。この大会では、チャンピオンクラスを除き、スタート時間が固定されていません。タイム計測により順位が決まるため、出走可能時間内であれば好きなタイミングでスタートできます。ライダーによっては、スタート前にコンディションを整えてから出走するライダーもいます。私はそれにならい、数分遅らせてからスタートすることにしました。スタートラインに立つと、心拍数は常に130bpmを超えていました。深呼吸を繰り返し、心拍をできるだけ落ち着かせていたところで、出走終了5分前のアナウンスが入り、気を引き締めます。私のスタート時刻は8時27分。放送席からの激励を背に、勢いよくペダルを踏みだしました。美ヶ原ヒルクライムは参加者も多く、沿道からの声援も絶えない中、スタート直後から名物の激坂が姿を現します。ギアを軽くし、回転数を上げて挑みましたが、すぐに違和感を覚えました。SDVの特性上、回転数を高くしすぎるとペダリングがぎこちなくなり、スムーズに漕げません。何度もギアを調整して適切な回転数を探りましたが思うようにいかず、ついに足を地面に着いてしまいました。心拍数を見ると180bpmを超えていて、無理をすれば倒れてしまいそうでした。息を整えて再スタートを試みるも、すぐに心拍数は上昇。激坂の厳しさを痛感することになりました。後続のリカンベントライダーにも追い越され、背後には最終走者を示すプラカード車と回収車が迫ってきます。まさか序盤でこんな状況になるとは思いませんでした。それでもなんとか体に鞭を打ち、美鈴湖まで到着しました。ここから勾配は緩やかになり、リカンベント本来の力を発揮する区間に入ります。平地での加速性能は圧倒的で、激坂で苦しんでいたことが嘘のように快調に進みました。前方のリカンベントライダーに追いつくと、「面白い動きしますね」と声をかけられ、しばし談笑しました。レース中とは思えない、穏やかな時間でした。数キロメートル語らいながら走った後、「ゴールまで頑張りましょう」と互いに声を掛け合い、それぞれのペースに戻りました。終盤に差し掛かると、下山中のチャンピオンクラスの選手たちから声援を受け、わずかながら力が湧きました。その声援に背中を押され、ここまで登ってきて改めて気づいたことがあります。傾斜が緩い区間では、シートにもたれたまま強く踏み込めるように感じました。しかし、急勾配では上半身に血が上り、自然と体が起き上がってしまい、シートの反力を活かしきれません。さらにポジションが決まっていなくて、目線の使い方にも不慣れだったため、首への負担も大きくなりました。ぶっつけ本番で挑んだ結果、そのツケは激坂区間だけではなく、勾配が増す終盤になるにつれてじわじわと現れてきたのです。 ゴール手前 思い出の丘 残り6キロメートル地点。ここからはいよいよ、リカンベント最大の見せ場となる長い下り坂です。勾配が始まった瞬間、シートに体を預けるようにして加速します。普段はロードバイクに乗ることが多く、リカンベントの長い下りは今回が初めてでしたが、時速30キロメートルを超えても不安定な感じはなく、むしろ驚くほど安定していました。これは、シートによって体がしっかり固定され、重心がぶれにくくなるためだと考えられます。アップライトポジションのロードバイクは、重心移動が自由な反面、安定性のために体幹の強さが求められます。しかし、日常的に体幹を鍛えているライダーは少なく、状況によって不安定になることがあります。一方、リカンベントはシートの恩恵により、体幹に頼らなくても安心して走行できます。ただし、急カーブなどでは重心移動がしにくいため、ブレーキによる減速は欠かせません。それでも美ヶ原の下りはライン取りさえ間違えなければ、最小限の舵角で曲がることができ、大きな減速を必要としません。実際、終盤の下りではタイムロスも少なく、安全かつスムーズに走り抜けることができました。そして、最後の上り坂を登り切り、ついにゴール。苦しさと楽しさ、そして多くの学びを得た美ヶ原ヒルクライムでした。 心拍数と標高から見るヒルクライムの記録 美ヶ原を走り終えて マシーントラブルもなく、脚の疲労も大きく蓄積せずに無事にゴールを迎えることができました。ゴール地点の美ヶ原高原自然保護センターの標高は1,910メートル。強い日差しでしたが、標高の高さゆえ空気はひんやりとしていて、汗をかいた身体にはちょうどよい気温でした。すでに多くの参加者が下山していたため、ゴール地点は混雑もなく、落ち着いた雰囲気が広がっていました。マシーンを止めて一息ついていると、数人のライダーから声をかけられました。やはり注目を集めたのは、SDV独自の駆動機構でした。外観が複雑に見えるこの構造は、整備性を不安視する声もありました。しかし、実際に動かしてみるとその動きは極めてメカニカルで、見る者の興味を強くひきつけます。自転車に機能美を求める人にとって、このSDVの駆動機構は非常に魅力的です。その魅力を引き立てるため、駆動部にラメ入りの塗装を施し、静止状態でも存在感を放つように仕上げました。こうして自転車談義に花が咲き、楽しいひとときとなりました。 SDV駆動機構 しばらくすると、先ほどレース中に会話したリカンベントライダーもゴールしました。再会を喜び、健闘を称え合った後、下山の準備をしました。下山は数グループに分かれて行われ、私たちは「せっかくなのでのんびり行こう」と最終グループを選びました。コースは美ヶ原特有のアップダウンが連続するため、下山といえども登坂を避けられません。途中の上り坂では「もう漕げない」と弱音を漏らすライダーもいたほど、下山とは名ばかりの体力を要する行程でした。それでも私は、レースより速度が出ていなかったためか、不思議と苦もなく登ることができました。おそらく、SDVの持つ特性によるものだと思います。少なくとも、通常のクランク構造では決して味わえない感覚です。 苦戦の中で見えた未来 今回のタイムは2時間37分でした。決して良い記録とは言えませんが、それでも優勝することができました。事前の練習もなく、ぶっつけ本番で挑んだレースは想像以上に厳しいものでした。特にヒルクライムでは、“軽量化”が何よりも重要視される中、マシーン重量17キログラムと一般的なヒルクライム用機材と比べると重く、普段使用しているロードレーサーは10キログラムもありません。そのため、登坂においては苦戦を強いられる場面もありました。加えて、チェーン錠やドリンクなどの装備もあったため、総重量としては20キログラム前後となり、ヒルクライムでは大きな負荷となりました。こうした戦略ミスはありましたが、それでも今大会の目標に掲げていた「完走」を果たせたことは、嬉しい成果です。リカンベント自転車に対して「登坂には不向き」と囁かれる理由も、今回の実走を通じて身に染みて理解できました。しかし、登坂に不向きとされるリカンベントの弱点をあえて抱え込み、利点へと転じることこそSDVの真価だと信じていました。変化し続ける勾配や路面状況といったレース特有の条件に順応し、推進力へと変えていく。それがまさに千変万化の極意と呼べる駆動機構の力です。そうした信念を胸に走り切り、フィニッシュラインを超えたとき、真っ先に感じたのは意外なほどの足の軽さでした。通常、レース後には足の筋肉に強い疲労感が残りますが、今回そのような感覚はほとんどありませんでした。むしろ「まだ漕げるのではないか」と思えるほど体力に余裕がありました。ここで一つの疑問が生じます。「自分は果たしてレース中に100%の実力を出し切れたのか」それとも、「SDVという駆動機構が、人間の得意とされる動きに適しており、従来のクランク構造に比べて疲労が蓄積しにくいのか」というものです。レースを終えた時に「やり切った」と思える達成感は確かにありました。だからこそ、私は後者の可能性を信じたい。もし、SDVの駆動構造が長距離移動において疲労を軽減する構造であるなら、それが今後の社会において大きなメリットとなり得ます。長距離移動をより快適に走れる自転車が普及すれば、用途の幅は格段に広がり、利用者も確実に増えるでしょう。そうした未来の可能性を秘めたSDVが、今後さまざまな場面で採用され続けることを心から願ってやみません。 原稿ものつくり大学研究生 佐藤 正承(さとう まさよし) 関連リンク ・【大学院生による研究紹介】高出力機構(SDV)り患エベント自転車の研究・情報メカトロニクス学科 精密機械システム研究室(佐久田研究室)
本学では学部4年次と大学院2年次から本格的に研究が始まります。この研究は、担当指導教員と共に研究テーマを選定し、企画・設計・制作・検査・評価までの一連の作業を行います。 今回は、佐藤正承さん(大学院1年生・佐久田研究室)が、集大成となる自身の研究を紹介します。 はじめに 私は、高校生の頃から自転車に関する研究を行いたいという思いがあり、学部の卒業研究のテーマとして取り上げ、大学院生になった現在も研究を続けています。今回はその一部を私の持論とともにご紹介させていただきます。 今では身近な移動手段として幅広い層から利用されている自転車ですが、自転車の歴史は浅く200年という短い歳月の中で様々な変化を遂げ、今の自転車が存在しています。世界には推定10億台以上の自転車がありますが、その多くは東南アジアに集中しています。さらに、欧米諸国でも地球環境の配慮や健康の面からも自転車の利用度は増加傾向にあります。しかし、従来型自転車の駆動機構では単純で生産しやすいということに重きを置いた構造であり、人間からの動力を最大限に発揮する機構とは言えません。また、楽に短時間で通勤通学をサポートする乗り物として電動アシスト自転車もありますが、価格が高くモーターによる駆動が環境面で問題視されています。 現在、皆さんにはあまり聞きなじみのない「SDVリカンベント自転車」という高出力自転車の研究を行っています。この研究では、従来型自転車と比べて最大で1.8倍の出力を実現することが可能であり、将来的には従来型機構の代替となる可能性を秘めています。以前も2人の先輩が研究され、私が引き継いで3代目になりました。私は、さらなる効率化を追求するために研究を進めています。この高出力自転車ですが、元々は産業技術総合研究所(以下、産総研)とオーテック有限会社で共同研究が行われていましたが、産総研での研究が終了した後に、私が所属する精密機械システム研究室(佐久田研究室)が研究の継承と発展のために購入しました。 SDVリカンベント自転車とは? 高出力機構「SDV」は、産総研とオーテックの共同研究で開発されました。SDVはSuper da Vinci Vehicle の略で世界的に有名な画家 Leonardo da Vinci(レオナルド・ダ・ヴィンチ) が描いたとされるデッサンにあやかり名付けられ、SDVや高出力自転車と呼ばれています。もし、デッサンが事実であるとすれば、その起源は15世紀末まで遡ることができ「現在の自転車に革命をもたらす可能性がある」という夢と希望に満ち溢れた自転車を研究していることになります。 Leonardo da Vinci が描いたとされるデッサン リカンベント自転車とは、オランダ語で寝そべりながら運転する自転車の事で、空気抵抗が少ない事から世界一速い手動2輪と言われています。このリカンベントタイプでは、カナダ出身のTodd・Reichert(トッド・ライヘルト)氏が自転車の世界最速記録である144km/hを達成したとしても知られている乗り物です。そのためSDVリカンベント自転車は。SDV(高出力)の機構とリカンベント自転車(世界一速い自転車)を組み合わせて制作された自転車なので、実走しても体感できるほど未来の自転車(ロマン仕様)です。今後、この自転車を使用して世界最速に挑む人が現れるかもしれません。 高出力機構SDVリカンベント自転車 SDV型駆動(長円運動)と従来型駆動(真円運動)の違い <SDV型(例:高出力自転車)の場合> ・スプロケット:上下左右に2枚のスプロケット(歯車)合計4枚仕様・回転方法:チェーンを直接引っ張り回転させる・形状:精密な形状・長円:人間が得意とされる駆動方式・価格:髙い SDVの特徴・SDVは人間が得意とされる上から下へ蹴る力を効率的に力に変換することができる・長円状のチェーンにペダルを直結し、長い直線部分で人間の蹴る力を駆動力に変換できるためパワーロスが少なく大きな力を得ることができる。 <従来型(例:ママチャリ)の場合> ・スプロケット:片側に1枚のスプロケット・回転方法:クランク(歯車)本体を回転させる・形状:生産しやすい形状・真円:真円なため力が伝わりにくい・価格:安い 従来型の特徴・踏みやすく、ペダリング(漕ぐ動作)が安定しているため、上り坂や低速時にも力が入りやすい・形状が円形で加工が容易であるため、コストが低いのも特徴 SDV 従来型 従来型が最適な機構ではない理由 従来型とは、この場ではシティサイクル(ママチャリ)などに装備されている真円形状の事を指し、真円の形状では人間が得意とされる踏み込み力(人間が地面を蹴る動作すなわち直線距離)が少なく、パワーが伝わりにくい傾向にあります。一方で、円運動の特性を考慮し、効率的なパワー発生を実現するために、楕円形状の機構が販売されています。しかし、従来型と楕円形状でのパワーの差は0.1倍程度であまり効果が期待できません。私も時折、楕円形状を使用していますが、体感できる程の変化は感じられませんでした(回転効率が上昇するためやや速くなる程度です)。しかし、これらのことを踏まえて開発されたのがSDVという機構です。SDVは2枚のスプロケット(歯車)を横に並べて配置することによって、直線距離を長くすることで人間が得意とされる踏み込み力を高い値で維持しながら自転車に伝えることが可能になりました。詳細はこの場では触れませんが、産総研の報告によると、最適な運動形態はややS字状であるとの結果が出ており、それを基にこの装置が開発されました。 今後の課題 ・登坂時には、電動アシスト自転車のように楽に坂道を上ることができないため、この課題に対して解決策を模索する必要がある。・SDVの価格は従来の機構に比べて高いため、低価格での提供を実現することを目指す必要がある。・構造が複雑でメンテナンスが困難なため、メンテナンス性を考慮した改良が必要である。・更なる多様化(現在では自転車に採用されているが、手漕ぎ自転車やスワンボートに対応可能にする) おわりに 現在、市場で販売されている自転車の大半は従来型(真円)の駆動方式を採用した言わば、非効率的な自転車が販売されています。一部では「自転車は二酸化炭素を排出しないエコな乗り物だ」などと言われていますが、エコな乗り物であっても用途によってはエコな乗り物ではないと私は考えています。自転車は走行中に二酸化炭素を排出しないだけではなく、維持費が安価であるという利点もありますが、自動車やバイクと比べ継続的に使用することが難しいことや製造工程でのコスト面が問題点として挙げられます。 また、通勤通学を短時間かつ楽に実現するために、電動アシスト自転車が広く普及していますが、モーターを動かすためのバッテリーは火力発電(2021年時点で化石燃料による火力発電が72.9%)から賄われた電気が利用されています。さらに、国によっては廃棄されるバッテリーの数が急激に増えており、リサイクル率の低いバッテリーが環境問題に悪影響を及ぼす可能性があります。そのため私個人としては、このような背景を考慮すると電動アシスト自転車の魅力を十分に感じることができません。まだ、経験が浅いため一概に否定しませんが、単純に「疲れたくないから」や「短時間で移動したいから」と言った安直な考えではなく、本当に自分自身のライフスタイルに適合するかどうかを慎重に考えるべきだと思います。 そのための戦略転換として、SDVの研究を行っています。前任者から研究を行っている高出力機構SDVはモーターに頼らず、人力だけで最大1.8倍の出力を実現することができます。この「人力だけで1.8倍」という点が魅力的ですし、さらにその名称は「Leonardo da Vinciが描いたとされるデッサン」を基に名付けられたという点から、技術者の世界観や遊び心、ユーモアなセンスが感じられます。高出力機構SDVの研究を進めることで、温室効果ガスや二酸化炭素の排出削減など、環境問題に対して有効な移動手段になる可能性があります。SDVの機構は環境にやさしく、持続可能な移動手段としての役割を果たすことが期待されます。 「この機構は未完成だが、その潜在能力から見れば未完の大器であると言える」。これからも高出力機構SDVリカンベント自転車の研究を進め、身近な場所で利用できる機構を目指します。そして、従来の機構よりもエコで高効率な自転車を提供し、社会に貢献したいと考えています。 あとがき 最後までこの文章をお読みいただきありがとうございました。楽しんでいただけましたか?少しでも高出力機構SDVリカンベント自転車の魅力が伝われば幸いです。ものつくり大学では、「ものつくり魂」を基盤に、ものづくりに直結する実技・実務教育を学び、一流の「テクノロジスト」を目指しています。学生の中には大学で初めて工作機械に触れた学生も多く、私もその一人です。ですが、企業の最前線で活躍してきた教職員の方々のサポートもあり、学生たちは充実した学びを受けることができます。また、研究分野では産業界で求められる課題・問題意識に取り組んでいます。 最後に、この記事を通じてものづくりに対する情熱や研究への取り組みを感じていただけたら幸いです。お忙しい中、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。これからも、ものづくりの世界でさらなる成長を追求し、社会に貢献していくことを目指します。 原稿ものつくり学研究科1年 佐藤 正承(さとう まさよし) 関連リンク ・情報メカトロニクス学科 精密機械システム研究室(佐久田研究室)・ものつくり学研究科WEBページ