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#知・技の創造

  • 【知・技の創造】新しい機械加工の学び方

    5軸制御マシニングセンタの導入 昨年末、本学情報メカトロニクス学科に5軸制御マシニングセンタが、機械加工関連の実習用の機器として導入されました。5軸制御マシニングセンタとは、従来からある汎用の旋盤やフライス盤といった複数の工作機械の機能を1台に統合し、高度なIT技術で自動化された最新鋭のNC工作機械です。 類似のものに複合加工機がありますが、これらの出現により、これまでの工作機械では加工できなかった複雑な形状の製品が、容易に加工できるようになりました。今回、伝統的な技能と最新の技術を合わせ持つテクノロジストを育成する本学では、新しいモノの作り方を理解するために、5軸制御マシニングセンタは不可欠な要素であるという判断のもとでの導入となりました。 5軸制御マシニングセンタ 国内機械加工業界の現場では… 5軸制御マシニングセンタや複合加工機(以下、二つをまとめて5軸加工機)により、機械加工の現場は、さらなる自動化や省人化が可能になります。その優位性についての理解が進む欧州では、順調に販売実績を伸ばしていますが、日本国内では少々伸び悩んでいるのが実態です。 工作機械メーカーによる実機の貸し出しや、加工実績の紹介など、様々なキャンペーンが実施されてはいますが、国内機械加工業界全体に広がりを見せているとは、まだまだ言えません。これは高額な設備投資と、これらの新しい機械を使いこなすスキルを持つ人材が、圧倒的に不足していることが理由として挙げられます。 しかし、少子高齢化の影響による労働人口の減少は明らかで、すでに待ったなしの状況です。これに対応していくには、工程の自動化と省人化が絶対条件で、投資額や人材確保の問題を上回るものとなります。その答えのひとつとして、5軸加工機の導入があります。また、5軸加工機を用いての製造を前提とした製品や部品の設計がなされていないことも大きな要因と言えます。 これには、古くから国内産業の基盤を担ってきた、安定した生産体制を敷くためのノウハウの踏襲や、5軸加工機の強みを積極的に取り入れるなどといった、設計部門の十分な理解が得られていないことが考えられます。 教育現場の対応とこれから 一方で、我々のような教育機関での教育実績が少ないことも課題となっています。特に5軸加工機は、機械本体だけでなく、その周辺機器や加工プログラムを作成するアプリケーションは、高価なものが多く、これらを複数用意する必要があるため、費用面でも教育カリキュラムに組み込むことを困難にしています。 企業から学生へ5軸加工機のレクチャーを行う様子 そして何よりも、指導する教員のスキルアップも重要です。しかし、5軸加工機の販売実績が好調な欧州を中心とした海外では、これらの工作機械は機械加工の初学者が扱い、従来のものは、高度な技術や技能を持つ熟練者が扱うべきものという考え方があります。つまり、高度なIT技術により自動化された最新の工作機械は、誰でも扱いやすいので初学者向きであるということです。 この考え方には賛否両論あると思いますが、生まれた時からIT技術が身近にある若年層は、これまでのような汎用の工作機械からではなく、自動化が進んだ最新のものから学び始めるというのは、これからの機械加工の学び方に、我が国でもなるのかもしれません。 埼玉新聞「知・技の創造」(2024年4月5日号)掲載 profile 武雄 靖(たけお やすし)情報メカトロニクス学科教授 東京農工大学大学院工学府機械システム工学専攻(博士後期課程)修了。博士(工学)、MOT(技術経営修士)。専門は機械加工学、技術経営、技能伝承など。 関連リンク ・機械加工・技能伝承研究室(武雄研究室)・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】インフラ構造物更新技術

    近年は公共構造物の更新や補修補強時代のニーズに即した研究開発を行っています。橋梁(きょうりょう)等のインフラ構造物は、その約半数が建設後50年以上を経過し老朽化しています。これらの構造物をいかに再生させるか、あるいは更新させるかが喫緊の課題です。 本学には、画像の3000kNの万能試験機があり、これを使って新材料や新技術を用いた補修・補強や更新に必要な工法の共同研究をしています。 万能試験機 鋼部材の補修・補強 橋梁等の鋼部材の腐食劣化部や耐震耐荷力不足等の部位に炭素繊維強化ポリマー(以下、CFRP)で補強する技術開発をNEXCO総合技術研究所や材料メーカーと共同研究をしています。この技術はCFRPシートを含浸接着して必要枚数積層するものですが、鋼材とCFRPシートの間に高伸度弾性パテ材を挿入する世界的にも新しい技術です。最近では、CFRP成形部材を使えるように工夫しています。これらの技術は鋼桁橋、トラス橋、鋼床版橋に適用されてきていますが、今後、煙突、タンク、水圧鉄管等に用途拡大が期待できます。 FRP歩道橋 浦添大公園歩道橋(沖縄県浦添市) 塩害地域の対策で注目されているFRPを用いた歩道橋が注目されています。2019年に真空含浸法により製作したGFRP積層成形材を、集成接着した箱桁歩道橋が沖縄県浦添市に建設されました。本橋は橋長18.5mです。今後、さらなる支間長増大に対応すべく、現場接合構造の研究を行いました。また、木製歩道橋をFRPで補強する工法についても、県内自治体と共同で今後事業展開を図ります。 弾性合成桁 古くから施工されている橋梁の多くは、鋼桁の上に鉄筋コンクリート床版を固定した構造形式です。近年、NEXCOをはじめ関係各所で大規模更新事業として劣化した床版の取替えを行っています。この更新後において、床版と鋼桁を完全固定と考える合成桁設計法と、両者を重ねただけの非合成設計法がありますが、その中間的な考えである弾性合成桁の研究を行っています。この設計法を用いれば、合成桁の利点を取り入れつつ、両者の接合方法を合理化することができ、品質の良いプレキャスト床版の採用が容易になります。画像は本学で実施した弾性合成桁の載荷実験の様子です。 弾性合成桁の載荷実験の様子 まとめ 大規模更新時代を迎え、上述の新材料や新技術を用いた工法で、インフラ構造物の安全・安心に繋がる研究開発を続けています。また、埼玉橋梁メンテナンス研究会の活動にも参加し、埼玉大学、埼玉県、国土交通省大宮国道事務所、ならびに埼玉建設コンサルタント技術研修協会の方々と連携して、このような新技術の紹介を行っています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2024年3月8日号)掲載 profile 大垣 賀津雄(おおがき かづお)建設学科教授 大阪市立大学前期博士課程修了。博士(工学)。技術士(建設部門、総合技術監理部門)。川崎重工業を経て、2015年よりものつくり大学教授。専門分野は橋梁、鋼構造、複合構造、維持管理。 関連リンク ・橋梁・構造研究室(大垣研究室)・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】流動床インターフェースの応用研究

    流動床インターフェースの研究 砂のような固体粒子を入れた容器の底面から空気のような流体を上向きに適度に噴出させると、固体粒子は浮遊懸濁して液体のような流動性を示す。的場やすし客員教授と一緒に、流動化した砂の特性を活用した流動床インタフェースを構築し、産業・医療応用や洪水体験等新しいインタラクションシステムの可能性の研究を行っている。 砂面に投影するプロジェクションマッピング 映像を投影した流動床インターフェースに魚の模型を出し入れする様子 その中で、砂面を投影面としたプロジェクションマッピングに関する研究を進めている。砂面は、水面よりも鮮明な映像が投影できるので、ゲームを始めとしたエンターテインメントに適している。流動化の有無や強さの違い等を組み合わせたり、砂の色を変えることにより、新しいプロジェクションマッピングの可能性を検討している。例えば流動化した砂面で人体模型や臓器をかたどり、そこに正確な色の映像を投影する技術により、医療教育や術前カンファレンスなどでの可能性を検討している。また、触れられて投影面の中に手や物を出し入れすることのできるディスプレーが実現できるので、新しい応用の可能性が広がる。写真は、流動床インターフェースに映像を投影し、表面の池の部分から泳ぐ魚に見立てた魚の模型を出し入れしている様子である。 砂には色がついていて白色スクリーンとは異なる。また砂面は滑らかではなく、流動化しているときは表面を動的制御できる。さらに物の出し入れが行える。そこで砂面の反射特性や観察角度の変化に伴う明るさと色の変化、さらに砂面の深さ方向の変化に伴う明るさや色の変化等に対する色再現手法、および色彩制御技術の研究を進めている。これらは、卒業研究やインターンシップのテーマとして学生と一緒に行っている。 また、噴水のように水を連続して噴出させたところに映像を投影するディスプレーが開発されているが、水は反射率が低いので明るい場所では不向きである。これに対して、砂などを連続して噴出させることで、何もない所に突然鮮明な映像を出現させるようなディスプレーの研究も進めている。 防災訓練の応用と触感再生装置への可能性 その他に流動床現象の出現原理の解明を進めると共に、医療応用では、自力で姿勢を変えられない人のポジショニング用具や癒し用具の開発を埼玉県内の病院・企業と産学連携で実施している。さらに疑似体験型拡張現実(AR)と流動床インターフェースを活用して、視覚と身体で水害を感じる洪水体験システムへの検討を進め防災訓練に応用している。また色々な触感を実現する触感再生装置への可能性を検討している。 流動床インターフェースを活用した洪水体験の様子 埼玉新聞「知・技の創造」(2024年2月2日号)掲載 profile 菅谷 諭(すがや さとし)情報メカトロニクス学科教授 博士(工学)。東北大学大学院修了、NEC、アリゾナ大学オプティカルサイエンスセンター、静岡理工科大学助教授を経て現職。専門はオプトメカトロニクス。 関連リンク ・研究実績WEBサイト(researchmap)・的場やすし客員教授Youtubeチャンネル・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】新しい教養教育の展開

    教養教育センターの始動 2022年1月7日の「知・技の創造」に「新しい教養教育の取組み」として、同年4月から始動する「ものつくり大学」の新しい教養教育の記事を掲載しました。今回は、教養教育センターが取り組んできた活動について紹介します。前回紹介したものづくり系科目群、ひとづくり系科目群、リベラルアーツ系科目群の教養教育科目は順調に展開しています。 教養教育センターWEBページ 教養教育センターからの発信 第1回教養教育センター特別講演会の様子 2022年11月24日に、第1回教養教育センター特別講演を本学で行いました。スペシャルゲストとして、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の柳瀬博一氏をお招きし、「テクノロジストのための教養教育」についてお話を頂き、その後に教養教育センター教員によるパネルディスカッションを行いました。教養教育に関する熱い思いを学生にぶつけ、教養教育のキーワードとして土居浩教授は「磨き続ける」、井坂康志教授は「無知を認める」、町田由徳准教授は「視野を広げる」、土井香乙里講師は「とことん学ぶ」を挙げていました。ちなみに私は「本物を知る」です。 2023年11月9日には、第2回教養教育センター特別講演を渋谷で行いました。会場は渋谷スクランブルスクエア15階の「SHIBUYA QWS」で、日立アカデミーとの共催、ドラッカー学会の協賛で行いました。特別講演は、日立製作所名誉フェロー、脳科学研究で著名な小泉英明氏に、「脳の基本構造を知り、学びたいという気持ち、意欲やパッションの根源を知る」についてお話を頂きました。鼎談「脳科学、言葉、ものづくり、使える教養はどう育つか」では、キャスター・ジャーナリストの山本ミッシェール氏をお招きし、パネルディスカッションでは本学教養教育センター教員も参加して活発な討論が行われました。 第2回教養教育センター特別講演会の様子 教養教育センターでは、ものつくり研究情報センターと協力して、「半径5mの経営学 ドラッカー流 強みの見方・育て方」、「上田惇生 記念講座 ドラッカー経営学の真髄」、「ものづくりのためのデザイン思考講座」の社会人育成講座を行いました。 大学ホームページからは、埼玉の歴史や文化をものつくり大学独自で研究している「埼玉学」を発信しています。是非、ホームページをご覧ください。埼玉学の記事一覧はこちら 2024年度からの始動  2024年度からは、前述の「SHIBUYA QWS」のコーポレートメンバーに入会する予定で、会員になると月に1回広い会場スペースを利用することができます。特別講演をはじめ、様々な行事を行えるようになりますので、新たな展開に期待してください。  授業では、「ICT基礎実習」、今年度新設した「データリテラシー・AI基礎」を軸に、文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」に申請し、情報の分野を強化します。また、来年度は留学生のための「日本語」を新設して、「留学生就職促進教育プログラム認定制度」に申請し、留学生の日本語教育と就職支援を行います。 おわりに 教養教育センターは、向上心を持って日々新しいことに挑戦しています。来年度は第3回教養教育センター特別講演をはじめ、様々な取り組みを発信します。これからの教養教育センターの活動にご期待ください。 埼玉新聞「知・技の創造」(2024年1月5日号)掲載 profile 澤本 武博(さわもと たけひろ)建設学科教授 東京理科大学卒業、同大学院博士後期課程修了、博士(工学)。若築建設株式会社、東京理科大学助手を経て、2005年着任、2019年より学長補佐、2022年より教養教育センター長。 関連リンク ・コンクリート研究室(澤本研究室)WEBサイト・建設学科WEBページ・教養教育センターWEBページ

  • 【知・技の創造】高校ロボコンで埼玉無双

    高校生ロボコンと学生ロボコン 全国高等学校ロボット競技大会をご存じでしょうか? 主に工業高校の生徒が、毎年違うお題に対してロボットを開発する競技大会です。さまざまな対象を運んだり置いたりが課題となる「キャリアロボット」というジャンルの競技です。 11月末に福井県で全国大会が開催され、埼玉県大会で1位・2位に入賞した進修館高校が埼玉県の代表校に選出されました。 一方で、ものつくり大学「ろぼこんプロジェクト」は、NHK学生ロボコン2023に出場を果たし、出場回数は14回を誇ります。 NHK学生ロボコン大会会場にて NHK学生ロボコンは全国の大学・高専が対象のロボット競技大会で、優勝するとABUロボコン(アジア地域のロボコン大会)の出場権を得られます。全て英語のルール発表が10月初旬。これを深く理解し、ロボットを設計・開発・実装します。2月末、4月末の2回の厳正なビデオ審査を経て、出場チーム数は20チーム前後に絞られます。大会は6月初旬に開催されます。 従って大会に出場を果たすだけでもかなり大変で、メンバーの学生たちは、ほぼ1年中ロボットの開発にいそしんでいます。実はメンバーの中には前述の全国高等学校ロボット競技大会に出場経験のある学生もいます。 高大連携でロボコン無双 これらの背景から、本学と進修館高校で高大連携事業の一環として、去年12月よりロボコン講習会を始めました。本学学生が高校生に自分の経験や知識を教えます。内容は表のとおり、メカ設計・加工・制御回路と、ロボコンに必要な機械・電子・情報の内容を網羅してあります。7回目まで実施済みで、今年度末までに残りの講習を行います。今年12月からこの連携に児玉高校も仲間入りします。 埼玉県内の高校ロボコンチームの参加を募集中です。この活動を通じて、埼玉県から出場の高校生チームが全国高等学校ロボット競技大会で無双することを夢見ています。 回数内容1設計とは?(機構学とモノの捉え方)23DCADを用いた設計33Dプリンタを用いた実習4~7全国高等学校ロボット競技大会出場マシンのお悩み相談会8マイコンを用いた制御回路(センサ・アクチュエータ・LED)9マイコンを用いたシリアル通信10マイコンを用いた無線通信11板金工作の設計12板金工作と実装講習の内容 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年12月8日号)掲載 Profile 三井 実(みつい みのる)情報メカトロニクス学科教授  北陸先端科学技術大学院大学博士後期課程修了。博士(情報科学)。専門はシステム開発、音響工学、電気電子工学。 関連リンク ・ヒューマンメディアラボ(三井研究室)WEBサイト・情報メカトロニクス学科WEBページ・ロボコンはスポ根だ!優勝目指してひた走れ!① ~リーダー&操作担当者編~・ロボコンはスポ根だ!優勝目指してひた走れ!② ~ピットクルー&大学院生編~

  • 【知・技の創造】地域活性化は子どもたちから

    地域を担うのは誰? 郊外や地方で人口が減少する中で、地域の活力や賑わいを維持するためには、少ない人口でも生産性を上げる新たな産業の創出や観光の振興などが考えられますが、そこに住まう「人」が必要不可欠です。そのため、いずれの地域も「人」を確保するために、移住・定住の促進や、地域外に居住されていても地域とかかわりを持ってもらえる関係人口を増やすことに力を入れています。 このように人口の減少局面では「地域の外の人」に目がいきがちですが、もっと身近なところに頼もしいヒューマンリソースがあります。 地域の子どもたち 地域の子どもたちは、私立学校を除けば、お互いに同じ地域の中で同じ小学校や中学校に通学することが多く、比較的近隣に居住して親密な人間関係の基礎を築いていく傾向にあります。しかしながら高校生や大学生になると、地域外への通学や活動の場面も多くなり、そのまま就職することでネットワークは広がりますが、地域へのかかわりは少なくなる傾向にあります。 このような、子どもたちの成長過程で広がるネットワークの中に、なかでも地域に根差した生活を送る小学生・中学生の時期に、もっと積極的に地域のまちづくりや課題解決への意識や行動につながる組織をつくることができれば、中長期的な人材確保につながるのではないかと考えています。 地域へのかかわりを維持  私たちの研究室では、地域の小学校と中学校をまたいで、子どもたちによって組織された「子どもまちづくり協議会」の試験的な設置を提唱しており、ある自治体において実際に取り組みを始めています。協議会というカタい表現はあくまで組織の趣旨や活動を理解してもらうための仮称で、覚えやすく親しみやすい名称をみんなで考えればよいと考えています。 この組織の大きな目的は、小学校・中学校の子どもたちにまちづくりや地域の課題を解決してもらう当事者の一員になってもらうことです。 もちろん、子どもたちだけでは難しい場面も多いと思われますので、大学をはじめ有志のオトナも適切なサポートを行います。組織の中には複数のチームがあり、学年単位といった横割りではなく小学生・中学生の区別なく学年も超えた混成チームを編成し、自分たちで決めたテーマに取り組んだり、ほかのチームと協力することで年齢の枠を超えたつながりをつくります。 このチームは学年が上がっても、卒業しても、地域を離れても可能な限り維持に努めます。成果は議会などに提言や報告することも考えられます。 緩やかだけど強力な応援団  このようなネットワークの中の組織から、たとえ数名でも地域に残って活躍したり、Uターンしたり、地域に居住していなくても興味を持ち続けて外からの力でまちづくりや地域課題の解決を支援したり、または地域に縁がなかった人までも巻き込むきっかけになれば、緩やかではありますが強力な応援団として、けっきょくは中長期的にみると大きな効果を発揮するのではないかと考えます。 地域の活性化には中核となる人材の存在がキモですので、その人材と地域にかかわるネットワークを、いまの子どもたちの中から「育てていく」仕組みづくりも重要ではないでしょうか。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年11月3日号)掲載 Profile 田尻 要(たじり かなめ) 建設学科教授  九州大学 博士(工学)総合建設会社を経て国立群馬工業高等専門学校助教授、ものつくり大学准教授、2013年より現職 自治体との連携実績や委員も多数 関連リンク ・生活環境研究室研究室(田尻研究室)WEBサイト・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】化学実験用流体ブロック

    もっと手軽に化学実験を 化学実験と聞くと何を思い浮かべるだろうか。試験官、ビーカー、フラスコ、ピペット、秤、バーナーなどのような実験器具・機材であろうか。学校で行った化学実験は準備や後片付けに時間がかかったのを覚えている。先生はさらに時間をかけていたに違いない。もっと手軽に化学実験を行えるようにはできないか。化学変化はつねに身近で起きている。なにしろ人間自体が大規模で複雑な化学実験の舞台であるからだ。全身に張り巡らされた血管の中を血液が流れ、脳内では神経細胞がさまざまな物質を使って情報処理を行っている。流れを利用して化学実験を行い、さらに流路を自在に組み換えることができれば、いろいろな化学実験を簡単に行えるではないか。筆者が子供の頃、電子ブロックというものが販売されていた。親指大のプラスチックのブロックの中に抵抗、コンデンサ、コイル、トランジスタなどいろいろな電子部品が内蔵されていて、ブロックの側面は接続端子になっている。ブロックを並べ替えることで、基礎的な電気回路の実験からラジオのような応用的な回路を組むことができた。 流体ブロックの研究 リソグラフィ技術を使ってガラス基板にマイクロメートル幅の流路をつくり、極微量サンプルの科学分析を行う研究(Micro-TAS)は30年くらい前から行われ、多くの成果をあげている。しかしながら、部品の再利用を前提とし自由に組み換えて実験を行うというよりは、特定の目的のために設計・調整されたものが主流である。微細な流路のため層流となり溶液の混合でさえもひと手間かける必要がある。本研究室では、試験官やビーカーよりは小さく、Micro-TAS が扱う領域より大きなサイズ、すなわち数ミリメートルの流路幅をターゲットにしている。このサイズは、重力が支配的になる世界と表面張力が支配的になる世界の境界である。さらに条件によっては層流にも乱流にもなる。流体ブロックの材質は透明で薬剤耐性に優れた PDMS (ポリジメチルシロキサン)である。PDMS は自己吸着性があるのでブロック同士やガラス面などによく密着する。このため並べるだけで3次元の流体回路も簡単に組むことができる。3Dプリンタなどを用いて流路の樹脂型をつくり、PDMS が硬化した後、樹脂型を溶解させれば所望の流体ブロックができあがる。 写真は製作した流体ブロックの1例である。今後、流路中にヒーター、熱電対などの様々なパーツを組み込んだ流体ブロックを製作していく予定である。埼玉新聞「知・技の創造」(2023年10月6日号)掲載 Profile 堀内 勉(ほりうち・つとむ) 情報メカトロニクス学科教授早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。博士(理学)。日本電信電話株式会社研究所を経て2014年4月より現職。

  • 【知・技の創造】気がつく人

    「気がつく」ということ 人の特性のひとつに「慣れ」があります。はじめはおぼつかないことでも、慣れてくるとスムーズにできるようになります。これは良い例なのですが、悪い例もあります。何かが便利になるとはじめの内はありがたがるのですが、その便利さに慣れてしまうと当初の感謝の気持ちは薄れてきてしまいます。そして、急に不便になったときには腹を立てたりします。元に戻っただけなのだから腹を立てなくても、と思うのですが、そうはいきません。かく言う私も紛れもなくその一人です。そのときに今まで便利であったことに改めて気がつきます。 この「気がつく」ということは人には大事です。特に勉強でも研究でも趣味でもどんな場合でも、何か課題を解決しようとしているときにはとても大事だと思います。ところが日常的には中々気がつきません。周囲の多くのものに注意を払っていれば気がつくのではないかと思うのですが、多くのものに注意を払うのも大変です。メガネを使用している読者の方々は、メガネを掛けていることに気がつかずにメガネを探した、という経験はありませんか。私はあります。気がつくことは案外大変なのです。ただ、何かきっかけがあれば気がつくことができる、というのが先の「悪い例」です。もちろん良いことについても、きっかけがあると気がつきやすいはずです。 「気がつく」の応用 この「気がつく」ということを技能の修得に活用できないか、と考えています。技能の修得には一般的に時間が掛かります。例え仕事に関わる技能であっても、仕事中は技能の修得(つまり練習)のみに時間を割くことはできませんから、時間が掛かるのは仕方がありません。以前から「習うより慣れろ」という言葉がありますが、慣れるのにも時間が掛かるのです。そこで、慣れていく途中で自分より上手な他社との違いに「気がつく」ような指標を示すことができれば、技能の修得に役立つのではないかと考えています。また、当たり前のことですが、気がつくのは自分自身です。気がついたことをその人自身が自覚しなければなりません。自覚するためには自分自身あるいは成果を客観的にみる必要があります。ところが一生懸命にものごとに取り組むと、夢中になってしまって自分自身を客観的にみられなくなってしまう。あるいは目的を見失ってしまう、という状況に陥りやすくなります。そのようなときに、見失った自分や目的に気がつけるような仕組みの構築を目指しています。 何かを修得しようとする(上手にできるようになろうとする)ときには、まずは先達の物まねからはじめます。ところが物まねはできても、結果が伴わないことはしばしばあることです。これはスポーツを例にするとよくわかると思います。もし物まねで済むのであれば、皆同じ打ち方、投げ方になるはずです。しかし実際にはそうはなりません。なぜならば、人それぞれの体の大きさや関節の動く範囲、筋力などが異なるからです。 したがって人はまず物まねをしますが、その後何かに気がついて、自分なりの方法を見つけることになります。何に気がつくか、についても人それぞれです。ただ気がつくきっかけを提示できればと考えています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年9月8日号)掲載 Profile 髙橋 宏樹(たかはし・ひろき) 建設学科教授順天堂大学体育学部卒。同大大学院修士課程修了後、東京工業大学工学部建築学科助手を経て02年ものつくり大学講師。08年より現職。博士(工学)。 関連リンク ・人の生活と建築材料の研究室(髙橋研究室)WEBサイト・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】地域連携と高大連携

    2つのフラワーデザインアート ものつくり大学の最寄り駅である高崎線吹上駅の改札を出ると、コスモスなどの美しい花々でデザインされた柱が視線に入ります。北口案内には元荒川の桜並木、南口案内には水管橋、窓にはコウノトリや花などのデザインが描かれています。これらは、「地域連携」および「高大連携」の取り組みの一環として制作されたものです。ものつくり大学では、学生プロジェクト団体として「ものつくりデザイナーズプロジェクト」(以下、MDP)が登録されています。作品制作や学外展示、ヒーローショーを行うプロジェクトとしてデザイン活動をしています。2021年度に鴻巣市、観光協会からの依頼により「鴻巣駅自由通路フラワーデザインアートプロジェクト」として、鴻巣駅自由通路に作品を展示し、次に、2022年度「吹上駅自由通路フラワーデザインアートプロジェクト」を実施しました。2022年度のプロジェクトでは、鴻巣高等学校、鴻巣女子高等学校、吹上秋桜高等学校美術部の生徒さんが四季を通じた花やコウノトリ、桜、水管橋などを手書きおよびコンピューターグラフィックスにより作品を制作しました。それらの作品群を、本学のMDPメンバーがレイアウト構成をし、大きさや濃淡の調整を行いながら全体を完成させました。 吹上駅改札付近のフラワーデザインアートとMDPの内田颯さん(写真左)、松本拓樹さん(写真右) 高校の生徒さんには、授業やテスト、学校行事の忙しい合間を縫いながら、素敵な作品を制作してもらいました。生徒さんの提案で、窓をスライドし、2枚の窓を重ね合わせることで、デザインの見え方が変化するなどの工夫も凝らしています。さらに、朝と夜間では外光の差し込み方や照明灯の反射により、作品の輪郭が白く浮かび上がるなど、時間帯によっても窓のデザインについて異なる見え方が楽しむことができます。窓越しから視線をさらに運ぶと、青空や大きな雲が広がり、それらが窓に溶け込むことで、さながら窓自体が額縁のようにも感じられます。 「地域連携」と「高大連携」の成果 「駅の通路」という多くの方々が日常的に利用する空間に、これらの作品が末永く展示されることを嬉しく思います。MDPメンバーにとっても、やりがいのあるプロジェクトでした。プロジェクトを通じて、名所、史跡や地域を知ること、高校との協力による作品制作など、「地域連携」と「高大連携」の成果が正に統合されたものと感じています。吹上駅および鴻巣駅の近郊では、多くの名所、史跡および観光スポットがございます。散歩および観光の「出発点」として、吹上駅および鴻巣駅へお立ち寄りの際に、これらの作品についてもご覧いただき、楽しんでいただければ幸いです。埼玉新聞「知・技の創造」(2023年8月4日)掲載 Profile 松本 宏行(まつもと・ひろゆき) 情報メカトロニクス学科教授工学院大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。専門は機械力学、設計工学。 関連リンク ・フラワーデザインアートで駅利用者をHAPPYに!・ものつくりデザイナーズプロジェクト「MDP」WEBページ・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】木造住宅4号特例の縮小

    木造の住宅設計における「4号特例」とは 私の研究室では建築物の構造設計を通じて物の仕組みや成り立ちを考える研究を行っています。皆さんは木造の住宅設計において「4号特例」という制度があるのをご存じでしょうか?4号特例について新築の設計を例に説明すると、建築基準法第6条1項4号で定める建築物を建築士が設計する場合、建築確認の際に構造耐力関係規定などの審査を省略できる制度の事です。つまり対象となる建築物を設計する際に一部の書類提出を省略できるため、建築士も施主が望まない限りは審査に不要な書類の作成は行ってきませんでした。ここで対象となる建築物とは住宅等の木造建築物で2階建て以下の建物、延べ面積が500㎡以下で建物高さが13mまたは軒の高さが9m以下の建物で、これらの建物については建築確認審査を簡略化するという規定が「4号特例」と呼ばれる制度です。 ただし、建築士の責任で基準法に適合させることが前提です。4号特例は1983年に法改正してできた制度で当時の4号建築物の着工件数は今の倍程度あり確認審査側の人手との兼ね合いで、設計業務の一部の範囲については建築士の判断に委ねようという経緯がありました。 その後、1998年の建築基準法改正による建築確認・検査の民営化等によって、建築確認審査の実施率が向上し続ける一方で、4号特例制度を活用した多数の住宅において不適切な設計・工事監理が行われ、構造強度不足が明らかになる事案が断続的に発生したことなどを受け、制度の見直しの必要性が検討されてきました。 4号特例の縮小と課題 そのような状況の中、地球規模の課題である気候変動問題の解決に向けて、2050年までにカーボンニュートラルと呼ばれている脱炭素社会の実現に向けて国土交通省は建築物省エネ法と建築基準法を改正しました。2025年の全面施行に向け、段階的に政省令や告示などを定めていく予定で、その改正の中に「4号特例の縮小」と呼ばれる審査制度の見直し案が盛り込まれることになりました。改正後は4号の規定内容は新3号というものに引き継がれ特例となる対象は、平屋建て、床面積200㎡以下に範囲が縮小されます。 つまり2階建ての木造戸建て住宅は構造審査が必要になるという事です。これは建築業界にとっては大きな変化で建築士の業務量は増大し確認審査員の負担する審査件数も増大することで円滑な施工が実現できるのか懸念されています。木造住宅を手掛ける構造設計者の人数は、4号特例の縮小によって構造計算が必要になる住宅の物件数の増加に対して十分とは言えず、今後建設業界全体で木造住宅の構造計算を手掛けられる技術者を育てていく必要があります。もちろん4号特例の縮小は住宅を建てる施主側にとっては大きな安心につながります。より構造計画を重視した設計が求められることになり構造設計者の役割が重要になってきます。 私の研究室でも建築構造の基礎を学び構造設計の分野で活躍できる人材を社会に送り出していきたいと思っています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年7月7日)掲載 Profile 間藤 早太(まとう・はやた) 建設学科教授日本大学理工学部建築学科卒業。1級建築士・構造設計1級建築士。金箱構造設計事務所を経て間藤構造設計事務所を設立。2022年より現職。 関連リンク ・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】広い視点での英語学習

    英語とものづくりの類似点 英語を習得するには、ただ語彙や文法を多く知っているのみでは不十分である。「材料」としての語彙知識をもとに適切なものを選び、文法という「設計図」に従い、「組み立て」、場面や相手との関係で適切に使う(「取扱説明書」)ことが必要で、ある意味「ものづくり」と類似点がある。また、異文化理解や使う人の文化的価値観(「背景知識」)を知ることが円滑なコミュニケーション上必要になる。そのためには、様々な英語の様相を知ることが重要である。 言葉は変化する 大学で英語の授業を担当しているが、自身は「英語そのもの」の専門家、つまり通訳や翻訳者ではなく、大学院で「英語学(言語学を英語を対象に研究)」専門で、研究という立場から英語を見てきた。帰りのバスの時間待ちで入った大学の図書館で出会った「英語学概論」という1冊の本にとても興味を持ち影響を受けたのが始まりで、研究の道に入り今に至っている。 日本語に古典があるように、「古英語から現代英語」への変遷がある。5世紀にイギリスへ移住したアングロサクソン人の支配、そしてバイキングの侵略やノルマン征服などの歴史的出来事に影響され語彙が変わり、さらに「大母音推移」という中英語~近代英語にかけて起こった母音を中心とする音の変化により、後世で私たちが英語学習で苦労する「綴り文字と音のずれ」にも歴史があることが分かる。ことばは生きており、変化している。 多くの言語は共通の「祖語(インドヨーロッパ語族)」が起源でさまざまに派生し分化した。英語はその中で「ゲルマン語派」である。同属のドイツ語話者はオランダ語が親戚あるいは方言のように構造や語彙が似ており覚えやすい。日本語はこの語族には含まれず(その起源についてはいろんな説がある)構造から全く異なることから、日本語話者が英語を学ぶことに難しい部分が存在する。世界の言語は数千もあると言われているが、消滅したあるいは消滅の危機にある言語もある。言葉は、変化するものであり、若者言葉や「はやりの」言葉の中にも、徐々に定着し、文法化され、辞書に載るものも出てくる。このように英語の歴史の一部を見てみるだけでも、英語が奥深いものであることがわかる。 言語を学ぶために必要なもの 英語を学ぶには、英文法・表現の習得のみではなく、その背景にあることを総体的に知ることも重要である。日本語と比較すると、英語は「発想の仕方、物の見方などの世界観」が日本語とは異なる部分があり、異分野の人との円滑なコミュニケーションを行う上で、言葉のみでなく文化や社会を知ることも必要となる。本学の学生が将来、企業でさまざまな背景や価値観を持った人たちと働き、英語圏の英語とは異なる「さまざまな英語」を共通としてコミュニケーションを取る機会も出てくると思われる。いかに相手を理解し「英語というコミュニケーションツール」を用い意思疎通するのかが重要となる。そのため、「正しい文法知識」ということだけではなく、「異なった考え方や文化を持つ相手を理解し積極的に相手とコミュニケーションをとる態度」が重要である。授業では、これまで学び研究してきたことに基づき、広い視点で英語を学べる場を提供していきたいと考える。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年6月2日号)掲載 Profile 土井 香乙里(どい・かおり) 教養教育センター講師富山大学大学院・大阪大学大学院・早稲田大学大学院などで学び、早稲田大学人間科学学術院(人間情報科学科)助手などを経て、現職。専門は、言語学・応用言語学。 関連リンク ・教養教育センター 英語教育・コミュニケーション研究室(土井研究室)・教養教育センターWEBページ

  • 【知・技の創造】ポストコロナと大学間連携

    政府は本年5月に新型コロナウイルス感染症の位置付けを「2類相当」から「5類」に移行するとしており、私たちの生活におけるコロナ対策も一つの転換点を迎えようとしています。2020年に入り世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大して以降「ポストコロナ」や「ニューノーマル」といった言葉を用いて、新しい教育環境の創出にまつわる議論が様々な場面でされてきました。とりわけ、デジタルを活用したグローバル化、地方創生、リカレント教育、大学間連携といったキーワードが活発に議論されてきました。 人材育成と大学間連携 時代に求められる、時代に受け入れられる学びの形態を考え続けることは大学の責務であり、いま社会に求められているものとして「超スマート人材の育成」と「社会と連携した職業訓練」が挙げられます。Society 5.0と呼ばれる「サイバー空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society)」を担う人材、それが超スマート人材ですが、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会の担い手になるためには、幅広い学びが必要です。それぞれの専門分野の学びはもちろん、コミュニケーション能力や協調性といった人間力を育むことが必要不可欠であり、それは言い換えれば、他者を理解し、尊重できる能力なのかもしれません。私がいま所属しているものつくり大学では、隣接する羽生市の埼玉純真短期大学と、加須市にある平成国際大学との間で連携協力協定を締結しています。このように複数の大学が連携することで、他分野の学生等との相互交流が可能となり、「他者を理解し尊重する能力」が育まれることに繋がります。 こども学科と建設学科 パンデミックの影響もありましたが、埼玉純真短期大学「こども学科」とものつくり大学「建設学科」の学生たちが交流することで、2018年度「模擬保育室(おひさまランド)」の幼児用家具と室内遊具をデザイン・製作、2020~2021年度「屋外キッズハウス」をデザイン・製作するというプロジェクトが展開されてきました。専門的知識と実践力のある保育者・教育者を社会に輩出する「こども学科」と、実際にものづくりができ技能にも秀でたテクノロジストを輩出する「建設学科」の学生たちが、お互いを理解し尊重することで実現した成果です。 2018年度制作の「模擬保育室(おひさまランド) 2020年度制作のキッズハウス ポストコロナ元年 令和5年度の埼玉県一般会計当初予算は「ポストコロナ元年~持続可能な発展に向けて~」と名付けられました。「10年先、20年先を見据え、埼玉県の持続可能な発展に向けての礎を築いていく」という決意が込められているそうです。その具体的な取り組みの中には、資源のスマートな利用、ゼロ・カーボン社会に向けた取り組みも含まれています。「木材」を使った模擬保育教室と屋外キッズハウスプロジェクトは、森林と木材利用がカーボンニュートラルに貢献できることの学びに通じるものです。学生たちがそのことを深く考えるのは、あるいは卒業後かもしれませんが、大学間連携によって他者を理解することを学んだ若者たちが、超スマート人材として次世代の担い手になってくれることを願っています。 2021年度制作のキッズハウス 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年5月5日号)掲載 Profile 佐々木 昌孝(ささき・まさたか) 建設学科教授 1973年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建設工学専攻)博士後期課程。博士(工学)。2020年4月より現職。専門は木材加工、日本建築史 関連リンク ・家具研究室(佐々木研究室)WEBサイト・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】加工技術で環境課題に貢献

    自動車や鉄道車両の軽量化手法 自動車や鉄道車両に代表される輸送機器の軽量化は、省エネルギー化や二酸化炭素排出低減などの環境問題に対し効果的な手段です。つまり、部材の強度や剛性に対する制約条件がある中で軽量化を図る必要があります。軽量化の手法としては大きく、材料の変更と形状の変更があり、要求される仕様に応じて一方または両方の手法が用いられます。 材料の変更については、単に強度や剛性が高い材料ということではなく、重量に対して強度や剛性が高い材料であることが重要です。自動車の強度部材として多く用いられている高張力鋼板は、一般的な鋼板と単位体積あたりの重量に差はありませんが、強度が高いため鋼板の板厚を薄くすることができ、体積減少により軽量化を図ることができます。アルミニウム合金やマグネシウム合金の強度や剛性は一般的な鉄系材料より小さいですが、単位重量あたりでは一般的な鉄系材料より大きくなります。このため、必ずしも板厚を薄くするなど体積を減らすことはできませんが、軽量化を図ることが可能です。 形状の変更については、1つの部材内において求められる強度や剛性に対応した断面積となるように設計することが重要です。なお、形状の変更は使用する素材の体積を減らすことを目的としているため、省資源化の観点でも優れた手法です。軽量化と省資源化を目的とした構造部品の代表的な例として管材があり、輸送機器の分野でも広く使用されています。管材は構造として、曲げやねじりの強度や剛性に対して影響の小さい半径方向中心部が空洞となっており、一方で影響の大きい半径方向中心部から距離の大きい位置で力を受けるため、重量に対して強度や剛性を高くすることができます。 変断面管の加工方法に関する研究 現在私は、管材において更なる軽量化を実現する変断面管の加工方法を提案し、その実用化に向けた研究を行っています。変断面管は長手方向にも要求される強度や剛性の分布に対応した形状とすることができるため、軽量化により有利な部材です。変断面管は自転車のフレームなど限られた部品に適用されているのが現状であり、実用的な加工方法も含めて、自動車や鉄道車両への積極的な適用の検討が進められている段階です。 提案している変断面管の加工方法は逐次鍛造によるもので、素材把持部と金型による加圧部の動作をコンピュータで制御し、刀鍛冶のように間欠的に素材を加圧し所望の形状に加工するものです。従来技術であるラジアルフォージングやスウェージングなどと比較し、汎用的な金型のみで複雑形状に加工できるため、金型素材や金型製作の観点でも省資源、省エネルギー化を図ることができる利点があります。この研究の最終ゴールとしては、コンピュータ上で設計した変断面管の形状データを入力とし、加工条件を自動決定後、自動加工を行う一連のシステムの実用化を目指しています。そして、提案した加工技術を用いた輸送機器部品の軽量化により環境問題に貢献していきたいと考えています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年4月7日号)掲載 Profile 牧山 高大(まきやま たかひろ) 情報メカトロニクス学科講師電気通信大学大学院博士後期課程修了 博士(工学)株式会社日立製作所生産技術研究所を経て、2019年4月より現職。専門は塑性加工学。 関連リンク ・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】コンクリートの未来に向けて

    転換点を迎えたコンクリート コンクリートは、現代のインフラ構築において不可欠な構造材料です。コンクリートの構成材料は、一般には水、セメント、細骨材(砂)、荒骨材(砂利)と少量のセメント分散効果のある液剤(化学混和剤)の5つになります。このうち、水、細骨材および粗骨材は、特殊な環境を除いて地球上のあらゆるところで採取できます。また、構造材料には、ほかに木材や鋼材が代表的ですが、我が国においては単位体積あたりではコンクリートが最も安価です。 これに加えて、適切な材料を使って練混ぜ、施工および養生を行えば、大きな圧縮強度が得られ、長大な構造物を重力に逆らわない自由な造形で構築することが可能です。 こうした特性が、広範に使われている所以なのかもしれません。しかしながら、昨今では施工人員の不足や環境負荷低減への対応が喫緊の課題となっており、大きな転換点を迎えています。 コンクリートの施行の変容 コンクリート工事は、機械化が進んでいるものの、未だに多くの作業を人力に頼る部分が大きいです。ある程度の構造物であれば、コンクリートを打込む部位1か所につき20名ほどの作業者が必要とされる場合もあります。一方で、作業者の高齢化や若年入職者の減少など、今後ますます人員が不足する可能性が高くなっています。 実習でコンクリートを打設している様子 この対策のために、ロボットの活用や更なる機械化施工に加え、3Dプリンティングの技術の開発など、各所で様々な取り組みが活発化しており、近い将来には多くの作業者が見られた建設現場の風景が変わる可能性を秘めています。 コンクリートの環境負荷低減 冒頭で述べたように、コンクリートは総合的には最も合理的な構造材料と言えます。一方で、セメントの製造には多くの二酸化炭素を排出し、地球環境保護の観点からは、いかに抑制するかが喫緊の課題となっています。業界の取り組みにより、徐々に改善されつつありますが、今後も引き続き検討していく必要があるでしょう。 また、セメントの代替として、高炉スラグ微粉末(鉄鋼生産の副産物)やフライアッシュ(石炭火力発電所等で副産される石炭灰)を大量に置換して、従前のセメントを用いたコンクリートと同等の性能を得る技術など、各所で多くの研究が行われています。 一方で、解体後のコンクリート塊は、従来より再生砕石等でほぼ全量がリサイクルされてきましたが、より環境負荷低減を図る上でもさらなる構造物の長寿命化や新たなリサイクル方法など、様々な技術が開発されつつあります。これらの研究開発が、コンクリートの未来に向けて大きな展開につながることが期待されています。 コンクリートの未来に向けて 現代のコンクリートが登場して100年ほど経過し、歴史的にも大きな転換点を迎えている状況ですが、これに代わる合理性を持った構造材料の登場には至っておらず、今後も当分の間多くの構造物で使われるものと思われます。 一方で、社会の変容のスピードは速く、これに追随して変化していかなければ、時代に取り残された技術となってしまいます。当研究室としても、新たなコンクリートの未来に向けて学生諸君とともに様々な課題解決のために研究活動に取り組んでいきたいと考えます。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年3月3日号)掲載 Profile 大塚 秀三(おおつか しゅうぞう) 建設学科教授 川口通正建築研究所を経て2005年ものつくり大学技能工芸学部建設技能工芸学科卒業(社会人入学、1期生)2013年日本大学大学院理工学研究科博士後期課程修了 博士(工学)2018年4月より現職。専門は建築材料施工、コンクリート工学 関連リンク ・建設学科WEBページ・建設学科 建築材料施工研究室(大塚研究室)

  • 【知・技の創造】AIらしさ 人間らしさ

    AIの発展 AIが描いた未来のものつくり大学(編集部作成) 2022年は人工知能(AI)の発展が広く世間に知れ渡る年となりました。まず、夏頃に画像生成を行うAIが複数登場しました。画像生成AIは任意のテキストを与えられるとその内容に合わせた画像を作り出すことができるもので、生成された画像がまるで人の手で描いたような精度を持つことで話題となりました。実際、AIで生成した画像であることを隠して応募された絵が米国アートコンテストのデジタル絵画部門で人間の描いた絵を押し除けて1位を取る、といった出来事が起きています。また、9月には英語や日本語に限らず様々な言語の音声の高精度な文字起こしができる音声認識AIが公開されました。さらに、11月には高性能な対話型AIが登場し、人間と違和感のないテキスト対話を行うことができる性能を示しました。これまでコンピュータシステムとの対話では対話を続けるうちに人間が不自然さを感じる要領を得ない返答が出力されてしまい対話破綻が生じることが常でしたが、この対話型AIは文脈を踏まえた上で流暢な言葉で回答を生成しており、人間同士の対話と遜色ないやりとりを見せています。 ここで注意しておきたいのは、AIは誤りのない正解を出力しているのではなく、場面に応じて確率的にそれらしい出力をしているに過ぎないということです。 例えば、音声認識AIはきちんと聞き取れない部分があると文法的に誤りにならないように単語を適当に補って出力することがあります。対話型AIは私が「『桃太郎』のあらすじを教えて?」と尋ねると、「『桃太郎』は日本の民話の一つで、主人公の桃太郎は、桃の盗人として知られる少年です。彼は、7人の姉妹を持つ母親を支えるために、毎日森から桃を盗んで帰ってきます。」云々と言った内容をとうとうと披露してくれました。これらは厳密には誤った出力です。 AIらしさとは これまでのAIは、生成した絵が理解し難い前衛的なものに見えたり、音声認識結果に言語としておかしな部分があったり、対話がまともに続かなかったりといった「AIだから仕方ない」という点でAIらしさを感じさせていました。 しかし、昨年登場したAIたちはそのようなAIらしさとは無縁の人間らしさを感じさせます。音声認識AIの単語の補完は人間の空耳のような働きですし、前述の対話型AIの回答は『桃太郎』を知らない人が即興で物語を作っているような妙な人間味があります。つまり、正しくない内容であっても文脈に矛盾なく流暢に出力されると人間らしさを感じてしまうのです。 さて、このような人間らしいAIが日常生活に入ってくるようになると、我々は対話相手が人間かAIか判別できなくなってしまうのでしょうか。私の研究している音声インタラクション分野では人間同士の会話では返答までに少し間が開くと不同意を表すとされていて、そのような些細な部分から様々なことを読み取った上で人間はコミュニケーションをとっています。AIを日常的に相手にするようになれば、我々は何かしらの情報を基に新たなAIらしさを感じ取るようになると私は考えています。AIが日常に溶け込んだそのような日々の到来が楽しみです。 埼玉新聞「ものつくり大学 知・技の創造」(2023年2月3日号)掲載 Profile 石本 祐一(いしもと ゆういち) 情報メカトロニクス学科准教授北陸先端科学技術大学院大学博士後期課程修了。博士(情報科学)。国立情報学研究所、国立国語研究所等を経て2022年4月より現職。 関連リンク ・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】省エネからウェルネスへ

     「久保君、これからの建築物はデザインや構造だけではなく、省エネルギーを考えなければ建設することができなくなる時代がやってくるよ」――これは筆者が大学3年生の時に、後に師匠となる元明治大学建築学科 加治屋亮一教授が述べられた言葉です。  当時の私は、エネルギーって何だろう、というくらいの認識でピンと来ていませんでしたが、現に、令和4年6月17日に公布された建築物省エネ法改正では、これから建築しようとする建築物には、エネルギー消費性能の一層の向上を図ることが建築主に求められています。  つまり加治屋教授が20数年前に述べられていたことが現実になったわけです。改正建築物省エネ法は省エネルギーを意識した設計を今後、必ず行っていく必要があることを意味しており、換言すれば、現代では省エネルギー建築は当たり前となる時代になったといえます。  一方で、2019年4月に施行された働き方改革関連法案は、一億総活躍社会を実現するための改革であり、労働力不足解消のために、①非正規社員と正社員との格差是正、②高齢者の積極的な就労促進、そして、③ワーカーの長時間労働の解消を課題として挙げられています。このうち、3つ目のワーカーの長時間労働の解消は、単に長時間労働を減らすだけではなく、ワーカーの労働生産性を高めて効率良く働くことを意味しています。  私は10年ほど前からワーカーの生産性を高めるオフィス空間に関する研究を行ってきました。ワーカーが働きやすい空間というのは、例えばワーカー同士が気軽に利用できるリフレッシュコーナーの充実や、快適なトイレの充足や機能性の充実、食事のための快適な空間の提供が挙げられます。さらに、建物内や敷地内にワーカーの運動促進・支援機能(オフィス内や敷地内にスポーツ施設がある、運動後のシャワールームの充実、等)を有することで、ワーカーの健康性を維持、向上させることが期待できます。  近年建築されるオフィスは、省エネルギーやレジリエンスは「当たり前性能」であり、ワーカーの生産性を高めるための多くの施設や設備が導入されています。いうまでもなく、建物のオーナーは所有するテナントビルで高い家賃収入を得ることを考えます。そのためには、テナントに入居するワーカーの充実度を高める必要があります。  現在私は建築設備業界や不動産業界と連携して、環境不動産(環境を考慮した不動産)の経済的便益について研究を行っています。250件を超えるオフィスビルを対象に、そのオフィスの環境性能を点数付し、その点数と建物の価値に影響を及ぼすと考えられる不動産賃料の関係について分析しています。最新の研究では、建物の環境性能が高いほど、不動産賃料が高いことを明らかにしました。これはつまり、ワーカーサイドは健康性や快適性が高まったことで労働生産性が向上し、オーナーサイドは高い不動産賃料が得られることとなり、両サイドともに好循環が生まれることになります。  加治屋教授の発言から四半世紀過ぎた今、私は研究室の学生には、「今後は、省エネルギーはもとより、ワーカーのウェルネスが求められる時代となっていく」と伝えています。 埼玉新聞「ものつくり大学発 知・技の創造」(2023年1月13日号)掲載 Profile 久保 隆太郎 (くぼ りゅうたろう)建設学科 准教授・博士(工学)  明治大学大学院博士後期課程修了。日建設計総合研究所 主任研究員を経て、2018年より現職。専門は建築設備、エネルギーマネジメント。 関連リンク 建設学科WEBページ 建設学科 建築環境設備研究室(久保研究室)

  • 【知・技の創造】新しい機械加工の学び方

    5軸制御マシニングセンタの導入 昨年末、本学情報メカトロニクス学科に5軸制御マシニングセンタが、機械加工関連の実習用の機器として導入されました。5軸制御マシニングセンタとは、従来からある汎用の旋盤やフライス盤といった複数の工作機械の機能を1台に統合し、高度なIT技術で自動化された最新鋭のNC工作機械です。 類似のものに複合加工機がありますが、これらの出現により、これまでの工作機械では加工できなかった複雑な形状の製品が、容易に加工できるようになりました。今回、伝統的な技能と最新の技術を合わせ持つテクノロジストを育成する本学では、新しいモノの作り方を理解するために、5軸制御マシニングセンタは不可欠な要素であるという判断のもとでの導入となりました。 5軸制御マシニングセンタ 国内機械加工業界の現場では… 5軸制御マシニングセンタや複合加工機(以下、二つをまとめて5軸加工機)により、機械加工の現場は、さらなる自動化や省人化が可能になります。その優位性についての理解が進む欧州では、順調に販売実績を伸ばしていますが、日本国内では少々伸び悩んでいるのが実態です。 工作機械メーカーによる実機の貸し出しや、加工実績の紹介など、様々なキャンペーンが実施されてはいますが、国内機械加工業界全体に広がりを見せているとは、まだまだ言えません。これは高額な設備投資と、これらの新しい機械を使いこなすスキルを持つ人材が、圧倒的に不足していることが理由として挙げられます。 しかし、少子高齢化の影響による労働人口の減少は明らかで、すでに待ったなしの状況です。これに対応していくには、工程の自動化と省人化が絶対条件で、投資額や人材確保の問題を上回るものとなります。その答えのひとつとして、5軸加工機の導入があります。また、5軸加工機を用いての製造を前提とした製品や部品の設計がなされていないことも大きな要因と言えます。 これには、古くから国内産業の基盤を担ってきた、安定した生産体制を敷くためのノウハウの踏襲や、5軸加工機の強みを積極的に取り入れるなどといった、設計部門の十分な理解が得られていないことが考えられます。 教育現場の対応とこれから 一方で、我々のような教育機関での教育実績が少ないことも課題となっています。特に5軸加工機は、機械本体だけでなく、その周辺機器や加工プログラムを作成するアプリケーションは、高価なものが多く、これらを複数用意する必要があるため、費用面でも教育カリキュラムに組み込むことを困難にしています。 企業から学生へ5軸加工機のレクチャーを行う様子 そして何よりも、指導する教員のスキルアップも重要です。しかし、5軸加工機の販売実績が好調な欧州を中心とした海外では、これらの工作機械は機械加工の初学者が扱い、従来のものは、高度な技術や技能を持つ熟練者が扱うべきものという考え方があります。つまり、高度なIT技術により自動化された最新の工作機械は、誰でも扱いやすいので初学者向きであるということです。 この考え方には賛否両論あると思いますが、生まれた時からIT技術が身近にある若年層は、これまでのような汎用の工作機械からではなく、自動化が進んだ最新のものから学び始めるというのは、これからの機械加工の学び方に、我が国でもなるのかもしれません。 埼玉新聞「知・技の創造」(2024年4月5日号)掲載 profile 武雄 靖(たけお やすし)情報メカトロニクス学科教授 東京農工大学大学院工学府機械システム工学専攻(博士後期課程)修了。博士(工学)、MOT(技術経営修士)。専門は機械加工学、技術経営、技能伝承など。 関連リンク ・機械加工・技能伝承研究室(武雄研究室)・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】インフラ構造物更新技術

    近年は公共構造物の更新や補修補強時代のニーズに即した研究開発を行っています。橋梁(きょうりょう)等のインフラ構造物は、その約半数が建設後50年以上を経過し老朽化しています。これらの構造物をいかに再生させるか、あるいは更新させるかが喫緊の課題です。 本学には、画像の3000kNの万能試験機があり、これを使って新材料や新技術を用いた補修・補強や更新に必要な工法の共同研究をしています。 万能試験機 鋼部材の補修・補強 橋梁等の鋼部材の腐食劣化部や耐震耐荷力不足等の部位に炭素繊維強化ポリマー(以下、CFRP)で補強する技術開発をNEXCO総合技術研究所や材料メーカーと共同研究をしています。この技術はCFRPシートを含浸接着して必要枚数積層するものですが、鋼材とCFRPシートの間に高伸度弾性パテ材を挿入する世界的にも新しい技術です。最近では、CFRP成形部材を使えるように工夫しています。これらの技術は鋼桁橋、トラス橋、鋼床版橋に適用されてきていますが、今後、煙突、タンク、水圧鉄管等に用途拡大が期待できます。 FRP歩道橋 浦添大公園歩道橋(沖縄県浦添市) 塩害地域の対策で注目されているFRPを用いた歩道橋が注目されています。2019年に真空含浸法により製作したGFRP積層成形材を、集成接着した箱桁歩道橋が沖縄県浦添市に建設されました。本橋は橋長18.5mです。今後、さらなる支間長増大に対応すべく、現場接合構造の研究を行いました。また、木製歩道橋をFRPで補強する工法についても、県内自治体と共同で今後事業展開を図ります。 弾性合成桁 古くから施工されている橋梁の多くは、鋼桁の上に鉄筋コンクリート床版を固定した構造形式です。近年、NEXCOをはじめ関係各所で大規模更新事業として劣化した床版の取替えを行っています。この更新後において、床版と鋼桁を完全固定と考える合成桁設計法と、両者を重ねただけの非合成設計法がありますが、その中間的な考えである弾性合成桁の研究を行っています。この設計法を用いれば、合成桁の利点を取り入れつつ、両者の接合方法を合理化することができ、品質の良いプレキャスト床版の採用が容易になります。画像は本学で実施した弾性合成桁の載荷実験の様子です。 弾性合成桁の載荷実験の様子 まとめ 大規模更新時代を迎え、上述の新材料や新技術を用いた工法で、インフラ構造物の安全・安心に繋がる研究開発を続けています。また、埼玉橋梁メンテナンス研究会の活動にも参加し、埼玉大学、埼玉県、国土交通省大宮国道事務所、ならびに埼玉建設コンサルタント技術研修協会の方々と連携して、このような新技術の紹介を行っています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2024年3月8日号)掲載 profile 大垣 賀津雄(おおがき かづお)建設学科教授 大阪市立大学前期博士課程修了。博士(工学)。技術士(建設部門、総合技術監理部門)。川崎重工業を経て、2015年よりものつくり大学教授。専門分野は橋梁、鋼構造、複合構造、維持管理。 関連リンク ・橋梁・構造研究室(大垣研究室)・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】流動床インターフェースの応用研究

    流動床インターフェースの研究 砂のような固体粒子を入れた容器の底面から空気のような流体を上向きに適度に噴出させると、固体粒子は浮遊懸濁して液体のような流動性を示す。的場やすし客員教授と一緒に、流動化した砂の特性を活用した流動床インタフェースを構築し、産業・医療応用や洪水体験等新しいインタラクションシステムの可能性の研究を行っている。 砂面に投影するプロジェクションマッピング 映像を投影した流動床インターフェースに魚の模型を出し入れする様子 その中で、砂面を投影面としたプロジェクションマッピングに関する研究を進めている。砂面は、水面よりも鮮明な映像が投影できるので、ゲームを始めとしたエンターテインメントに適している。流動化の有無や強さの違い等を組み合わせたり、砂の色を変えることにより、新しいプロジェクションマッピングの可能性を検討している。例えば流動化した砂面で人体模型や臓器をかたどり、そこに正確な色の映像を投影する技術により、医療教育や術前カンファレンスなどでの可能性を検討している。また、触れられて投影面の中に手や物を出し入れすることのできるディスプレーが実現できるので、新しい応用の可能性が広がる。写真は、流動床インターフェースに映像を投影し、表面の池の部分から泳ぐ魚に見立てた魚の模型を出し入れしている様子である。 砂には色がついていて白色スクリーンとは異なる。また砂面は滑らかではなく、流動化しているときは表面を動的制御できる。さらに物の出し入れが行える。そこで砂面の反射特性や観察角度の変化に伴う明るさと色の変化、さらに砂面の深さ方向の変化に伴う明るさや色の変化等に対する色再現手法、および色彩制御技術の研究を進めている。これらは、卒業研究やインターンシップのテーマとして学生と一緒に行っている。 また、噴水のように水を連続して噴出させたところに映像を投影するディスプレーが開発されているが、水は反射率が低いので明るい場所では不向きである。これに対して、砂などを連続して噴出させることで、何もない所に突然鮮明な映像を出現させるようなディスプレーの研究も進めている。 防災訓練の応用と触感再生装置への可能性 その他に流動床現象の出現原理の解明を進めると共に、医療応用では、自力で姿勢を変えられない人のポジショニング用具や癒し用具の開発を埼玉県内の病院・企業と産学連携で実施している。さらに疑似体験型拡張現実(AR)と流動床インターフェースを活用して、視覚と身体で水害を感じる洪水体験システムへの検討を進め防災訓練に応用している。また色々な触感を実現する触感再生装置への可能性を検討している。 流動床インターフェースを活用した洪水体験の様子 埼玉新聞「知・技の創造」(2024年2月2日号)掲載 profile 菅谷 諭(すがや さとし)情報メカトロニクス学科教授 博士(工学)。東北大学大学院修了、NEC、アリゾナ大学オプティカルサイエンスセンター、静岡理工科大学助教授を経て現職。専門はオプトメカトロニクス。 関連リンク ・研究実績WEBサイト(researchmap)・的場やすし客員教授Youtubeチャンネル・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】新しい教養教育の展開

    教養教育センターの始動 2022年1月7日の「知・技の創造」に「新しい教養教育の取組み」として、同年4月から始動する「ものつくり大学」の新しい教養教育の記事を掲載しました。今回は、教養教育センターが取り組んできた活動について紹介します。前回紹介したものづくり系科目群、ひとづくり系科目群、リベラルアーツ系科目群の教養教育科目は順調に展開しています。 教養教育センターWEBページ 教養教育センターからの発信 第1回教養教育センター特別講演会の様子 2022年11月24日に、第1回教養教育センター特別講演を本学で行いました。スペシャルゲストとして、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の柳瀬博一氏をお招きし、「テクノロジストのための教養教育」についてお話を頂き、その後に教養教育センター教員によるパネルディスカッションを行いました。教養教育に関する熱い思いを学生にぶつけ、教養教育のキーワードとして土居浩教授は「磨き続ける」、井坂康志教授は「無知を認める」、町田由徳准教授は「視野を広げる」、土井香乙里講師は「とことん学ぶ」を挙げていました。ちなみに私は「本物を知る」です。 2023年11月9日には、第2回教養教育センター特別講演を渋谷で行いました。会場は渋谷スクランブルスクエア15階の「SHIBUYA QWS」で、日立アカデミーとの共催、ドラッカー学会の協賛で行いました。特別講演は、日立製作所名誉フェロー、脳科学研究で著名な小泉英明氏に、「脳の基本構造を知り、学びたいという気持ち、意欲やパッションの根源を知る」についてお話を頂きました。鼎談「脳科学、言葉、ものづくり、使える教養はどう育つか」では、キャスター・ジャーナリストの山本ミッシェール氏をお招きし、パネルディスカッションでは本学教養教育センター教員も参加して活発な討論が行われました。 第2回教養教育センター特別講演会の様子 教養教育センターでは、ものつくり研究情報センターと協力して、「半径5mの経営学 ドラッカー流 強みの見方・育て方」、「上田惇生 記念講座 ドラッカー経営学の真髄」、「ものづくりのためのデザイン思考講座」の社会人育成講座を行いました。 大学ホームページからは、埼玉の歴史や文化をものつくり大学独自で研究している「埼玉学」を発信しています。是非、ホームページをご覧ください。埼玉学の記事一覧はこちら 2024年度からの始動  2024年度からは、前述の「SHIBUYA QWS」のコーポレートメンバーに入会する予定で、会員になると月に1回広い会場スペースを利用することができます。特別講演をはじめ、様々な行事を行えるようになりますので、新たな展開に期待してください。  授業では、「ICT基礎実習」、今年度新設した「データリテラシー・AI基礎」を軸に、文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」に申請し、情報の分野を強化します。また、来年度は留学生のための「日本語」を新設して、「留学生就職促進教育プログラム認定制度」に申請し、留学生の日本語教育と就職支援を行います。 おわりに 教養教育センターは、向上心を持って日々新しいことに挑戦しています。来年度は第3回教養教育センター特別講演をはじめ、様々な取り組みを発信します。これからの教養教育センターの活動にご期待ください。 埼玉新聞「知・技の創造」(2024年1月5日号)掲載 profile 澤本 武博(さわもと たけひろ)建設学科教授 東京理科大学卒業、同大学院博士後期課程修了、博士(工学)。若築建設株式会社、東京理科大学助手を経て、2005年着任、2019年より学長補佐、2022年より教養教育センター長。 関連リンク ・コンクリート研究室(澤本研究室)WEBサイト・建設学科WEBページ・教養教育センターWEBページ

  • 【知・技の創造】高校ロボコンで埼玉無双

    高校生ロボコンと学生ロボコン 全国高等学校ロボット競技大会をご存じでしょうか? 主に工業高校の生徒が、毎年違うお題に対してロボットを開発する競技大会です。さまざまな対象を運んだり置いたりが課題となる「キャリアロボット」というジャンルの競技です。 11月末に福井県で全国大会が開催され、埼玉県大会で1位・2位に入賞した進修館高校が埼玉県の代表校に選出されました。 一方で、ものつくり大学「ろぼこんプロジェクト」は、NHK学生ロボコン2023に出場を果たし、出場回数は14回を誇ります。 NHK学生ロボコン大会会場にて NHK学生ロボコンは全国の大学・高専が対象のロボット競技大会で、優勝するとABUロボコン(アジア地域のロボコン大会)の出場権を得られます。全て英語のルール発表が10月初旬。これを深く理解し、ロボットを設計・開発・実装します。2月末、4月末の2回の厳正なビデオ審査を経て、出場チーム数は20チーム前後に絞られます。大会は6月初旬に開催されます。 従って大会に出場を果たすだけでもかなり大変で、メンバーの学生たちは、ほぼ1年中ロボットの開発にいそしんでいます。実はメンバーの中には前述の全国高等学校ロボット競技大会に出場経験のある学生もいます。 高大連携でロボコン無双 これらの背景から、本学と進修館高校で高大連携事業の一環として、去年12月よりロボコン講習会を始めました。本学学生が高校生に自分の経験や知識を教えます。内容は表のとおり、メカ設計・加工・制御回路と、ロボコンに必要な機械・電子・情報の内容を網羅してあります。7回目まで実施済みで、今年度末までに残りの講習を行います。今年12月からこの連携に児玉高校も仲間入りします。 埼玉県内の高校ロボコンチームの参加を募集中です。この活動を通じて、埼玉県から出場の高校生チームが全国高等学校ロボット競技大会で無双することを夢見ています。 回数内容1設計とは?(機構学とモノの捉え方)23DCADを用いた設計33Dプリンタを用いた実習4~7全国高等学校ロボット競技大会出場マシンのお悩み相談会8マイコンを用いた制御回路(センサ・アクチュエータ・LED)9マイコンを用いたシリアル通信10マイコンを用いた無線通信11板金工作の設計12板金工作と実装講習の内容 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年12月8日号)掲載 Profile 三井 実(みつい みのる)情報メカトロニクス学科教授  北陸先端科学技術大学院大学博士後期課程修了。博士(情報科学)。専門はシステム開発、音響工学、電気電子工学。 関連リンク ・ヒューマンメディアラボ(三井研究室)WEBサイト・情報メカトロニクス学科WEBページ・ロボコンはスポ根だ!優勝目指してひた走れ!① ~リーダー&操作担当者編~・ロボコンはスポ根だ!優勝目指してひた走れ!② ~ピットクルー&大学院生編~

  • 【知・技の創造】地域活性化は子どもたちから

    地域を担うのは誰? 郊外や地方で人口が減少する中で、地域の活力や賑わいを維持するためには、少ない人口でも生産性を上げる新たな産業の創出や観光の振興などが考えられますが、そこに住まう「人」が必要不可欠です。そのため、いずれの地域も「人」を確保するために、移住・定住の促進や、地域外に居住されていても地域とかかわりを持ってもらえる関係人口を増やすことに力を入れています。 このように人口の減少局面では「地域の外の人」に目がいきがちですが、もっと身近なところに頼もしいヒューマンリソースがあります。 地域の子どもたち 地域の子どもたちは、私立学校を除けば、お互いに同じ地域の中で同じ小学校や中学校に通学することが多く、比較的近隣に居住して親密な人間関係の基礎を築いていく傾向にあります。しかしながら高校生や大学生になると、地域外への通学や活動の場面も多くなり、そのまま就職することでネットワークは広がりますが、地域へのかかわりは少なくなる傾向にあります。 このような、子どもたちの成長過程で広がるネットワークの中に、なかでも地域に根差した生活を送る小学生・中学生の時期に、もっと積極的に地域のまちづくりや課題解決への意識や行動につながる組織をつくることができれば、中長期的な人材確保につながるのではないかと考えています。 地域へのかかわりを維持  私たちの研究室では、地域の小学校と中学校をまたいで、子どもたちによって組織された「子どもまちづくり協議会」の試験的な設置を提唱しており、ある自治体において実際に取り組みを始めています。協議会というカタい表現はあくまで組織の趣旨や活動を理解してもらうための仮称で、覚えやすく親しみやすい名称をみんなで考えればよいと考えています。 この組織の大きな目的は、小学校・中学校の子どもたちにまちづくりや地域の課題を解決してもらう当事者の一員になってもらうことです。 もちろん、子どもたちだけでは難しい場面も多いと思われますので、大学をはじめ有志のオトナも適切なサポートを行います。組織の中には複数のチームがあり、学年単位といった横割りではなく小学生・中学生の区別なく学年も超えた混成チームを編成し、自分たちで決めたテーマに取り組んだり、ほかのチームと協力することで年齢の枠を超えたつながりをつくります。 このチームは学年が上がっても、卒業しても、地域を離れても可能な限り維持に努めます。成果は議会などに提言や報告することも考えられます。 緩やかだけど強力な応援団  このようなネットワークの中の組織から、たとえ数名でも地域に残って活躍したり、Uターンしたり、地域に居住していなくても興味を持ち続けて外からの力でまちづくりや地域課題の解決を支援したり、または地域に縁がなかった人までも巻き込むきっかけになれば、緩やかではありますが強力な応援団として、けっきょくは中長期的にみると大きな効果を発揮するのではないかと考えます。 地域の活性化には中核となる人材の存在がキモですので、その人材と地域にかかわるネットワークを、いまの子どもたちの中から「育てていく」仕組みづくりも重要ではないでしょうか。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年11月3日号)掲載 Profile 田尻 要(たじり かなめ) 建設学科教授  九州大学 博士(工学)総合建設会社を経て国立群馬工業高等専門学校助教授、ものつくり大学准教授、2013年より現職 自治体との連携実績や委員も多数 関連リンク ・生活環境研究室研究室(田尻研究室)WEBサイト・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】化学実験用流体ブロック

    もっと手軽に化学実験を 化学実験と聞くと何を思い浮かべるだろうか。試験官、ビーカー、フラスコ、ピペット、秤、バーナーなどのような実験器具・機材であろうか。学校で行った化学実験は準備や後片付けに時間がかかったのを覚えている。先生はさらに時間をかけていたに違いない。もっと手軽に化学実験を行えるようにはできないか。化学変化はつねに身近で起きている。なにしろ人間自体が大規模で複雑な化学実験の舞台であるからだ。全身に張り巡らされた血管の中を血液が流れ、脳内では神経細胞がさまざまな物質を使って情報処理を行っている。流れを利用して化学実験を行い、さらに流路を自在に組み換えることができれば、いろいろな化学実験を簡単に行えるではないか。筆者が子供の頃、電子ブロックというものが販売されていた。親指大のプラスチックのブロックの中に抵抗、コンデンサ、コイル、トランジスタなどいろいろな電子部品が内蔵されていて、ブロックの側面は接続端子になっている。ブロックを並べ替えることで、基礎的な電気回路の実験からラジオのような応用的な回路を組むことができた。 流体ブロックの研究 リソグラフィ技術を使ってガラス基板にマイクロメートル幅の流路をつくり、極微量サンプルの科学分析を行う研究(Micro-TAS)は30年くらい前から行われ、多くの成果をあげている。しかしながら、部品の再利用を前提とし自由に組み換えて実験を行うというよりは、特定の目的のために設計・調整されたものが主流である。微細な流路のため層流となり溶液の混合でさえもひと手間かける必要がある。本研究室では、試験官やビーカーよりは小さく、Micro-TAS が扱う領域より大きなサイズ、すなわち数ミリメートルの流路幅をターゲットにしている。このサイズは、重力が支配的になる世界と表面張力が支配的になる世界の境界である。さらに条件によっては層流にも乱流にもなる。流体ブロックの材質は透明で薬剤耐性に優れた PDMS (ポリジメチルシロキサン)である。PDMS は自己吸着性があるのでブロック同士やガラス面などによく密着する。このため並べるだけで3次元の流体回路も簡単に組むことができる。3Dプリンタなどを用いて流路の樹脂型をつくり、PDMS が硬化した後、樹脂型を溶解させれば所望の流体ブロックができあがる。 写真は製作した流体ブロックの1例である。今後、流路中にヒーター、熱電対などの様々なパーツを組み込んだ流体ブロックを製作していく予定である。埼玉新聞「知・技の創造」(2023年10月6日号)掲載 Profile 堀内 勉(ほりうち・つとむ) 情報メカトロニクス学科教授早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。博士(理学)。日本電信電話株式会社研究所を経て2014年4月より現職。

  • 【知・技の創造】気がつく人

    「気がつく」ということ 人の特性のひとつに「慣れ」があります。はじめはおぼつかないことでも、慣れてくるとスムーズにできるようになります。これは良い例なのですが、悪い例もあります。何かが便利になるとはじめの内はありがたがるのですが、その便利さに慣れてしまうと当初の感謝の気持ちは薄れてきてしまいます。そして、急に不便になったときには腹を立てたりします。元に戻っただけなのだから腹を立てなくても、と思うのですが、そうはいきません。かく言う私も紛れもなくその一人です。そのときに今まで便利であったことに改めて気がつきます。 この「気がつく」ということは人には大事です。特に勉強でも研究でも趣味でもどんな場合でも、何か課題を解決しようとしているときにはとても大事だと思います。ところが日常的には中々気がつきません。周囲の多くのものに注意を払っていれば気がつくのではないかと思うのですが、多くのものに注意を払うのも大変です。メガネを使用している読者の方々は、メガネを掛けていることに気がつかずにメガネを探した、という経験はありませんか。私はあります。気がつくことは案外大変なのです。ただ、何かきっかけがあれば気がつくことができる、というのが先の「悪い例」です。もちろん良いことについても、きっかけがあると気がつきやすいはずです。 「気がつく」の応用 この「気がつく」ということを技能の修得に活用できないか、と考えています。技能の修得には一般的に時間が掛かります。例え仕事に関わる技能であっても、仕事中は技能の修得(つまり練習)のみに時間を割くことはできませんから、時間が掛かるのは仕方がありません。以前から「習うより慣れろ」という言葉がありますが、慣れるのにも時間が掛かるのです。そこで、慣れていく途中で自分より上手な他社との違いに「気がつく」ような指標を示すことができれば、技能の修得に役立つのではないかと考えています。また、当たり前のことですが、気がつくのは自分自身です。気がついたことをその人自身が自覚しなければなりません。自覚するためには自分自身あるいは成果を客観的にみる必要があります。ところが一生懸命にものごとに取り組むと、夢中になってしまって自分自身を客観的にみられなくなってしまう。あるいは目的を見失ってしまう、という状況に陥りやすくなります。そのようなときに、見失った自分や目的に気がつけるような仕組みの構築を目指しています。 何かを修得しようとする(上手にできるようになろうとする)ときには、まずは先達の物まねからはじめます。ところが物まねはできても、結果が伴わないことはしばしばあることです。これはスポーツを例にするとよくわかると思います。もし物まねで済むのであれば、皆同じ打ち方、投げ方になるはずです。しかし実際にはそうはなりません。なぜならば、人それぞれの体の大きさや関節の動く範囲、筋力などが異なるからです。 したがって人はまず物まねをしますが、その後何かに気がついて、自分なりの方法を見つけることになります。何に気がつくか、についても人それぞれです。ただ気がつくきっかけを提示できればと考えています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年9月8日号)掲載 Profile 髙橋 宏樹(たかはし・ひろき) 建設学科教授順天堂大学体育学部卒。同大大学院修士課程修了後、東京工業大学工学部建築学科助手を経て02年ものつくり大学講師。08年より現職。博士(工学)。 関連リンク ・人の生活と建築材料の研究室(髙橋研究室)WEBサイト・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】地域連携と高大連携

    2つのフラワーデザインアート ものつくり大学の最寄り駅である高崎線吹上駅の改札を出ると、コスモスなどの美しい花々でデザインされた柱が視線に入ります。北口案内には元荒川の桜並木、南口案内には水管橋、窓にはコウノトリや花などのデザインが描かれています。これらは、「地域連携」および「高大連携」の取り組みの一環として制作されたものです。ものつくり大学では、学生プロジェクト団体として「ものつくりデザイナーズプロジェクト」(以下、MDP)が登録されています。作品制作や学外展示、ヒーローショーを行うプロジェクトとしてデザイン活動をしています。2021年度に鴻巣市、観光協会からの依頼により「鴻巣駅自由通路フラワーデザインアートプロジェクト」として、鴻巣駅自由通路に作品を展示し、次に、2022年度「吹上駅自由通路フラワーデザインアートプロジェクト」を実施しました。2022年度のプロジェクトでは、鴻巣高等学校、鴻巣女子高等学校、吹上秋桜高等学校美術部の生徒さんが四季を通じた花やコウノトリ、桜、水管橋などを手書きおよびコンピューターグラフィックスにより作品を制作しました。それらの作品群を、本学のMDPメンバーがレイアウト構成をし、大きさや濃淡の調整を行いながら全体を完成させました。 吹上駅改札付近のフラワーデザインアートとMDPの内田颯さん(写真左)、松本拓樹さん(写真右) 高校の生徒さんには、授業やテスト、学校行事の忙しい合間を縫いながら、素敵な作品を制作してもらいました。生徒さんの提案で、窓をスライドし、2枚の窓を重ね合わせることで、デザインの見え方が変化するなどの工夫も凝らしています。さらに、朝と夜間では外光の差し込み方や照明灯の反射により、作品の輪郭が白く浮かび上がるなど、時間帯によっても窓のデザインについて異なる見え方が楽しむことができます。窓越しから視線をさらに運ぶと、青空や大きな雲が広がり、それらが窓に溶け込むことで、さながら窓自体が額縁のようにも感じられます。 「地域連携」と「高大連携」の成果 「駅の通路」という多くの方々が日常的に利用する空間に、これらの作品が末永く展示されることを嬉しく思います。MDPメンバーにとっても、やりがいのあるプロジェクトでした。プロジェクトを通じて、名所、史跡や地域を知ること、高校との協力による作品制作など、「地域連携」と「高大連携」の成果が正に統合されたものと感じています。吹上駅および鴻巣駅の近郊では、多くの名所、史跡および観光スポットがございます。散歩および観光の「出発点」として、吹上駅および鴻巣駅へお立ち寄りの際に、これらの作品についてもご覧いただき、楽しんでいただければ幸いです。埼玉新聞「知・技の創造」(2023年8月4日)掲載 Profile 松本 宏行(まつもと・ひろゆき) 情報メカトロニクス学科教授工学院大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。専門は機械力学、設計工学。 関連リンク ・フラワーデザインアートで駅利用者をHAPPYに!・ものつくりデザイナーズプロジェクト「MDP」WEBページ・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】木造住宅4号特例の縮小

    木造の住宅設計における「4号特例」とは 私の研究室では建築物の構造設計を通じて物の仕組みや成り立ちを考える研究を行っています。皆さんは木造の住宅設計において「4号特例」という制度があるのをご存じでしょうか?4号特例について新築の設計を例に説明すると、建築基準法第6条1項4号で定める建築物を建築士が設計する場合、建築確認の際に構造耐力関係規定などの審査を省略できる制度の事です。つまり対象となる建築物を設計する際に一部の書類提出を省略できるため、建築士も施主が望まない限りは審査に不要な書類の作成は行ってきませんでした。ここで対象となる建築物とは住宅等の木造建築物で2階建て以下の建物、延べ面積が500㎡以下で建物高さが13mまたは軒の高さが9m以下の建物で、これらの建物については建築確認審査を簡略化するという規定が「4号特例」と呼ばれる制度です。 ただし、建築士の責任で基準法に適合させることが前提です。4号特例は1983年に法改正してできた制度で当時の4号建築物の着工件数は今の倍程度あり確認審査側の人手との兼ね合いで、設計業務の一部の範囲については建築士の判断に委ねようという経緯がありました。 その後、1998年の建築基準法改正による建築確認・検査の民営化等によって、建築確認審査の実施率が向上し続ける一方で、4号特例制度を活用した多数の住宅において不適切な設計・工事監理が行われ、構造強度不足が明らかになる事案が断続的に発生したことなどを受け、制度の見直しの必要性が検討されてきました。 4号特例の縮小と課題 そのような状況の中、地球規模の課題である気候変動問題の解決に向けて、2050年までにカーボンニュートラルと呼ばれている脱炭素社会の実現に向けて国土交通省は建築物省エネ法と建築基準法を改正しました。2025年の全面施行に向け、段階的に政省令や告示などを定めていく予定で、その改正の中に「4号特例の縮小」と呼ばれる審査制度の見直し案が盛り込まれることになりました。改正後は4号の規定内容は新3号というものに引き継がれ特例となる対象は、平屋建て、床面積200㎡以下に範囲が縮小されます。 つまり2階建ての木造戸建て住宅は構造審査が必要になるという事です。これは建築業界にとっては大きな変化で建築士の業務量は増大し確認審査員の負担する審査件数も増大することで円滑な施工が実現できるのか懸念されています。木造住宅を手掛ける構造設計者の人数は、4号特例の縮小によって構造計算が必要になる住宅の物件数の増加に対して十分とは言えず、今後建設業界全体で木造住宅の構造計算を手掛けられる技術者を育てていく必要があります。もちろん4号特例の縮小は住宅を建てる施主側にとっては大きな安心につながります。より構造計画を重視した設計が求められることになり構造設計者の役割が重要になってきます。 私の研究室でも建築構造の基礎を学び構造設計の分野で活躍できる人材を社会に送り出していきたいと思っています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年7月7日)掲載 Profile 間藤 早太(まとう・はやた) 建設学科教授日本大学理工学部建築学科卒業。1級建築士・構造設計1級建築士。金箱構造設計事務所を経て間藤構造設計事務所を設立。2022年より現職。 関連リンク ・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】広い視点での英語学習

    英語とものづくりの類似点 英語を習得するには、ただ語彙や文法を多く知っているのみでは不十分である。「材料」としての語彙知識をもとに適切なものを選び、文法という「設計図」に従い、「組み立て」、場面や相手との関係で適切に使う(「取扱説明書」)ことが必要で、ある意味「ものづくり」と類似点がある。また、異文化理解や使う人の文化的価値観(「背景知識」)を知ることが円滑なコミュニケーション上必要になる。そのためには、様々な英語の様相を知ることが重要である。 言葉は変化する 大学で英語の授業を担当しているが、自身は「英語そのもの」の専門家、つまり通訳や翻訳者ではなく、大学院で「英語学(言語学を英語を対象に研究)」専門で、研究という立場から英語を見てきた。帰りのバスの時間待ちで入った大学の図書館で出会った「英語学概論」という1冊の本にとても興味を持ち影響を受けたのが始まりで、研究の道に入り今に至っている。 日本語に古典があるように、「古英語から現代英語」への変遷がある。5世紀にイギリスへ移住したアングロサクソン人の支配、そしてバイキングの侵略やノルマン征服などの歴史的出来事に影響され語彙が変わり、さらに「大母音推移」という中英語~近代英語にかけて起こった母音を中心とする音の変化により、後世で私たちが英語学習で苦労する「綴り文字と音のずれ」にも歴史があることが分かる。ことばは生きており、変化している。 多くの言語は共通の「祖語(インドヨーロッパ語族)」が起源でさまざまに派生し分化した。英語はその中で「ゲルマン語派」である。同属のドイツ語話者はオランダ語が親戚あるいは方言のように構造や語彙が似ており覚えやすい。日本語はこの語族には含まれず(その起源についてはいろんな説がある)構造から全く異なることから、日本語話者が英語を学ぶことに難しい部分が存在する。世界の言語は数千もあると言われているが、消滅したあるいは消滅の危機にある言語もある。言葉は、変化するものであり、若者言葉や「はやりの」言葉の中にも、徐々に定着し、文法化され、辞書に載るものも出てくる。このように英語の歴史の一部を見てみるだけでも、英語が奥深いものであることがわかる。 言語を学ぶために必要なもの 英語を学ぶには、英文法・表現の習得のみではなく、その背景にあることを総体的に知ることも重要である。日本語と比較すると、英語は「発想の仕方、物の見方などの世界観」が日本語とは異なる部分があり、異分野の人との円滑なコミュニケーションを行う上で、言葉のみでなく文化や社会を知ることも必要となる。本学の学生が将来、企業でさまざまな背景や価値観を持った人たちと働き、英語圏の英語とは異なる「さまざまな英語」を共通としてコミュニケーションを取る機会も出てくると思われる。いかに相手を理解し「英語というコミュニケーションツール」を用い意思疎通するのかが重要となる。そのため、「正しい文法知識」ということだけではなく、「異なった考え方や文化を持つ相手を理解し積極的に相手とコミュニケーションをとる態度」が重要である。授業では、これまで学び研究してきたことに基づき、広い視点で英語を学べる場を提供していきたいと考える。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年6月2日号)掲載 Profile 土井 香乙里(どい・かおり) 教養教育センター講師富山大学大学院・大阪大学大学院・早稲田大学大学院などで学び、早稲田大学人間科学学術院(人間情報科学科)助手などを経て、現職。専門は、言語学・応用言語学。 関連リンク ・教養教育センター 英語教育・コミュニケーション研究室(土井研究室)・教養教育センターWEBページ

  • 【知・技の創造】ポストコロナと大学間連携

    政府は本年5月に新型コロナウイルス感染症の位置付けを「2類相当」から「5類」に移行するとしており、私たちの生活におけるコロナ対策も一つの転換点を迎えようとしています。2020年に入り世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大して以降「ポストコロナ」や「ニューノーマル」といった言葉を用いて、新しい教育環境の創出にまつわる議論が様々な場面でされてきました。とりわけ、デジタルを活用したグローバル化、地方創生、リカレント教育、大学間連携といったキーワードが活発に議論されてきました。 人材育成と大学間連携 時代に求められる、時代に受け入れられる学びの形態を考え続けることは大学の責務であり、いま社会に求められているものとして「超スマート人材の育成」と「社会と連携した職業訓練」が挙げられます。Society 5.0と呼ばれる「サイバー空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会(Society)」を担う人材、それが超スマート人材ですが、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会の担い手になるためには、幅広い学びが必要です。それぞれの専門分野の学びはもちろん、コミュニケーション能力や協調性といった人間力を育むことが必要不可欠であり、それは言い換えれば、他者を理解し、尊重できる能力なのかもしれません。私がいま所属しているものつくり大学では、隣接する羽生市の埼玉純真短期大学と、加須市にある平成国際大学との間で連携協力協定を締結しています。このように複数の大学が連携することで、他分野の学生等との相互交流が可能となり、「他者を理解し尊重する能力」が育まれることに繋がります。 こども学科と建設学科 パンデミックの影響もありましたが、埼玉純真短期大学「こども学科」とものつくり大学「建設学科」の学生たちが交流することで、2018年度「模擬保育室(おひさまランド)」の幼児用家具と室内遊具をデザイン・製作、2020~2021年度「屋外キッズハウス」をデザイン・製作するというプロジェクトが展開されてきました。専門的知識と実践力のある保育者・教育者を社会に輩出する「こども学科」と、実際にものづくりができ技能にも秀でたテクノロジストを輩出する「建設学科」の学生たちが、お互いを理解し尊重することで実現した成果です。 2018年度制作の「模擬保育室(おひさまランド) 2020年度制作のキッズハウス ポストコロナ元年 令和5年度の埼玉県一般会計当初予算は「ポストコロナ元年~持続可能な発展に向けて~」と名付けられました。「10年先、20年先を見据え、埼玉県の持続可能な発展に向けての礎を築いていく」という決意が込められているそうです。その具体的な取り組みの中には、資源のスマートな利用、ゼロ・カーボン社会に向けた取り組みも含まれています。「木材」を使った模擬保育教室と屋外キッズハウスプロジェクトは、森林と木材利用がカーボンニュートラルに貢献できることの学びに通じるものです。学生たちがそのことを深く考えるのは、あるいは卒業後かもしれませんが、大学間連携によって他者を理解することを学んだ若者たちが、超スマート人材として次世代の担い手になってくれることを願っています。 2021年度制作のキッズハウス 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年5月5日号)掲載 Profile 佐々木 昌孝(ささき・まさたか) 建設学科教授 1973年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建設工学専攻)博士後期課程。博士(工学)。2020年4月より現職。専門は木材加工、日本建築史 関連リンク ・家具研究室(佐々木研究室)WEBサイト・建設学科WEBページ

  • 【知・技の創造】加工技術で環境課題に貢献

    自動車や鉄道車両の軽量化手法 自動車や鉄道車両に代表される輸送機器の軽量化は、省エネルギー化や二酸化炭素排出低減などの環境問題に対し効果的な手段です。つまり、部材の強度や剛性に対する制約条件がある中で軽量化を図る必要があります。軽量化の手法としては大きく、材料の変更と形状の変更があり、要求される仕様に応じて一方または両方の手法が用いられます。 材料の変更については、単に強度や剛性が高い材料ということではなく、重量に対して強度や剛性が高い材料であることが重要です。自動車の強度部材として多く用いられている高張力鋼板は、一般的な鋼板と単位体積あたりの重量に差はありませんが、強度が高いため鋼板の板厚を薄くすることができ、体積減少により軽量化を図ることができます。アルミニウム合金やマグネシウム合金の強度や剛性は一般的な鉄系材料より小さいですが、単位重量あたりでは一般的な鉄系材料より大きくなります。このため、必ずしも板厚を薄くするなど体積を減らすことはできませんが、軽量化を図ることが可能です。 形状の変更については、1つの部材内において求められる強度や剛性に対応した断面積となるように設計することが重要です。なお、形状の変更は使用する素材の体積を減らすことを目的としているため、省資源化の観点でも優れた手法です。軽量化と省資源化を目的とした構造部品の代表的な例として管材があり、輸送機器の分野でも広く使用されています。管材は構造として、曲げやねじりの強度や剛性に対して影響の小さい半径方向中心部が空洞となっており、一方で影響の大きい半径方向中心部から距離の大きい位置で力を受けるため、重量に対して強度や剛性を高くすることができます。 変断面管の加工方法に関する研究 現在私は、管材において更なる軽量化を実現する変断面管の加工方法を提案し、その実用化に向けた研究を行っています。変断面管は長手方向にも要求される強度や剛性の分布に対応した形状とすることができるため、軽量化により有利な部材です。変断面管は自転車のフレームなど限られた部品に適用されているのが現状であり、実用的な加工方法も含めて、自動車や鉄道車両への積極的な適用の検討が進められている段階です。 提案している変断面管の加工方法は逐次鍛造によるもので、素材把持部と金型による加圧部の動作をコンピュータで制御し、刀鍛冶のように間欠的に素材を加圧し所望の形状に加工するものです。従来技術であるラジアルフォージングやスウェージングなどと比較し、汎用的な金型のみで複雑形状に加工できるため、金型素材や金型製作の観点でも省資源、省エネルギー化を図ることができる利点があります。この研究の最終ゴールとしては、コンピュータ上で設計した変断面管の形状データを入力とし、加工条件を自動決定後、自動加工を行う一連のシステムの実用化を目指しています。そして、提案した加工技術を用いた輸送機器部品の軽量化により環境問題に貢献していきたいと考えています。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年4月7日号)掲載 Profile 牧山 高大(まきやま たかひろ) 情報メカトロニクス学科講師電気通信大学大学院博士後期課程修了 博士(工学)株式会社日立製作所生産技術研究所を経て、2019年4月より現職。専門は塑性加工学。 関連リンク ・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】コンクリートの未来に向けて

    転換点を迎えたコンクリート コンクリートは、現代のインフラ構築において不可欠な構造材料です。コンクリートの構成材料は、一般には水、セメント、細骨材(砂)、荒骨材(砂利)と少量のセメント分散効果のある液剤(化学混和剤)の5つになります。このうち、水、細骨材および粗骨材は、特殊な環境を除いて地球上のあらゆるところで採取できます。また、構造材料には、ほかに木材や鋼材が代表的ですが、我が国においては単位体積あたりではコンクリートが最も安価です。 これに加えて、適切な材料を使って練混ぜ、施工および養生を行えば、大きな圧縮強度が得られ、長大な構造物を重力に逆らわない自由な造形で構築することが可能です。 こうした特性が、広範に使われている所以なのかもしれません。しかしながら、昨今では施工人員の不足や環境負荷低減への対応が喫緊の課題となっており、大きな転換点を迎えています。 コンクリートの施行の変容 コンクリート工事は、機械化が進んでいるものの、未だに多くの作業を人力に頼る部分が大きいです。ある程度の構造物であれば、コンクリートを打込む部位1か所につき20名ほどの作業者が必要とされる場合もあります。一方で、作業者の高齢化や若年入職者の減少など、今後ますます人員が不足する可能性が高くなっています。 実習でコンクリートを打設している様子 この対策のために、ロボットの活用や更なる機械化施工に加え、3Dプリンティングの技術の開発など、各所で様々な取り組みが活発化しており、近い将来には多くの作業者が見られた建設現場の風景が変わる可能性を秘めています。 コンクリートの環境負荷低減 冒頭で述べたように、コンクリートは総合的には最も合理的な構造材料と言えます。一方で、セメントの製造には多くの二酸化炭素を排出し、地球環境保護の観点からは、いかに抑制するかが喫緊の課題となっています。業界の取り組みにより、徐々に改善されつつありますが、今後も引き続き検討していく必要があるでしょう。 また、セメントの代替として、高炉スラグ微粉末(鉄鋼生産の副産物)やフライアッシュ(石炭火力発電所等で副産される石炭灰)を大量に置換して、従前のセメントを用いたコンクリートと同等の性能を得る技術など、各所で多くの研究が行われています。 一方で、解体後のコンクリート塊は、従来より再生砕石等でほぼ全量がリサイクルされてきましたが、より環境負荷低減を図る上でもさらなる構造物の長寿命化や新たなリサイクル方法など、様々な技術が開発されつつあります。これらの研究開発が、コンクリートの未来に向けて大きな展開につながることが期待されています。 コンクリートの未来に向けて 現代のコンクリートが登場して100年ほど経過し、歴史的にも大きな転換点を迎えている状況ですが、これに代わる合理性を持った構造材料の登場には至っておらず、今後も当分の間多くの構造物で使われるものと思われます。 一方で、社会の変容のスピードは速く、これに追随して変化していかなければ、時代に取り残された技術となってしまいます。当研究室としても、新たなコンクリートの未来に向けて学生諸君とともに様々な課題解決のために研究活動に取り組んでいきたいと考えます。 埼玉新聞「知・技の創造」(2023年3月3日号)掲載 Profile 大塚 秀三(おおつか しゅうぞう) 建設学科教授 川口通正建築研究所を経て2005年ものつくり大学技能工芸学部建設技能工芸学科卒業(社会人入学、1期生)2013年日本大学大学院理工学研究科博士後期課程修了 博士(工学)2018年4月より現職。専門は建築材料施工、コンクリート工学 関連リンク ・建設学科WEBページ・建設学科 建築材料施工研究室(大塚研究室)

  • 【知・技の創造】AIらしさ 人間らしさ

    AIの発展 AIが描いた未来のものつくり大学(編集部作成) 2022年は人工知能(AI)の発展が広く世間に知れ渡る年となりました。まず、夏頃に画像生成を行うAIが複数登場しました。画像生成AIは任意のテキストを与えられるとその内容に合わせた画像を作り出すことができるもので、生成された画像がまるで人の手で描いたような精度を持つことで話題となりました。実際、AIで生成した画像であることを隠して応募された絵が米国アートコンテストのデジタル絵画部門で人間の描いた絵を押し除けて1位を取る、といった出来事が起きています。また、9月には英語や日本語に限らず様々な言語の音声の高精度な文字起こしができる音声認識AIが公開されました。さらに、11月には高性能な対話型AIが登場し、人間と違和感のないテキスト対話を行うことができる性能を示しました。これまでコンピュータシステムとの対話では対話を続けるうちに人間が不自然さを感じる要領を得ない返答が出力されてしまい対話破綻が生じることが常でしたが、この対話型AIは文脈を踏まえた上で流暢な言葉で回答を生成しており、人間同士の対話と遜色ないやりとりを見せています。 ここで注意しておきたいのは、AIは誤りのない正解を出力しているのではなく、場面に応じて確率的にそれらしい出力をしているに過ぎないということです。 例えば、音声認識AIはきちんと聞き取れない部分があると文法的に誤りにならないように単語を適当に補って出力することがあります。対話型AIは私が「『桃太郎』のあらすじを教えて?」と尋ねると、「『桃太郎』は日本の民話の一つで、主人公の桃太郎は、桃の盗人として知られる少年です。彼は、7人の姉妹を持つ母親を支えるために、毎日森から桃を盗んで帰ってきます。」云々と言った内容をとうとうと披露してくれました。これらは厳密には誤った出力です。 AIらしさとは これまでのAIは、生成した絵が理解し難い前衛的なものに見えたり、音声認識結果に言語としておかしな部分があったり、対話がまともに続かなかったりといった「AIだから仕方ない」という点でAIらしさを感じさせていました。 しかし、昨年登場したAIたちはそのようなAIらしさとは無縁の人間らしさを感じさせます。音声認識AIの単語の補完は人間の空耳のような働きですし、前述の対話型AIの回答は『桃太郎』を知らない人が即興で物語を作っているような妙な人間味があります。つまり、正しくない内容であっても文脈に矛盾なく流暢に出力されると人間らしさを感じてしまうのです。 さて、このような人間らしいAIが日常生活に入ってくるようになると、我々は対話相手が人間かAIか判別できなくなってしまうのでしょうか。私の研究している音声インタラクション分野では人間同士の会話では返答までに少し間が開くと不同意を表すとされていて、そのような些細な部分から様々なことを読み取った上で人間はコミュニケーションをとっています。AIを日常的に相手にするようになれば、我々は何かしらの情報を基に新たなAIらしさを感じ取るようになると私は考えています。AIが日常に溶け込んだそのような日々の到来が楽しみです。 埼玉新聞「ものつくり大学 知・技の創造」(2023年2月3日号)掲載 Profile 石本 祐一(いしもと ゆういち) 情報メカトロニクス学科准教授北陸先端科学技術大学院大学博士後期課程修了。博士(情報科学)。国立情報学研究所、国立国語研究所等を経て2022年4月より現職。 関連リンク ・情報メカトロニクス学科WEBページ

  • 【知・技の創造】省エネからウェルネスへ

     「久保君、これからの建築物はデザインや構造だけではなく、省エネルギーを考えなければ建設することができなくなる時代がやってくるよ」――これは筆者が大学3年生の時に、後に師匠となる元明治大学建築学科 加治屋亮一教授が述べられた言葉です。  当時の私は、エネルギーって何だろう、というくらいの認識でピンと来ていませんでしたが、現に、令和4年6月17日に公布された建築物省エネ法改正では、これから建築しようとする建築物には、エネルギー消費性能の一層の向上を図ることが建築主に求められています。  つまり加治屋教授が20数年前に述べられていたことが現実になったわけです。改正建築物省エネ法は省エネルギーを意識した設計を今後、必ず行っていく必要があることを意味しており、換言すれば、現代では省エネルギー建築は当たり前となる時代になったといえます。  一方で、2019年4月に施行された働き方改革関連法案は、一億総活躍社会を実現するための改革であり、労働力不足解消のために、①非正規社員と正社員との格差是正、②高齢者の積極的な就労促進、そして、③ワーカーの長時間労働の解消を課題として挙げられています。このうち、3つ目のワーカーの長時間労働の解消は、単に長時間労働を減らすだけではなく、ワーカーの労働生産性を高めて効率良く働くことを意味しています。  私は10年ほど前からワーカーの生産性を高めるオフィス空間に関する研究を行ってきました。ワーカーが働きやすい空間というのは、例えばワーカー同士が気軽に利用できるリフレッシュコーナーの充実や、快適なトイレの充足や機能性の充実、食事のための快適な空間の提供が挙げられます。さらに、建物内や敷地内にワーカーの運動促進・支援機能(オフィス内や敷地内にスポーツ施設がある、運動後のシャワールームの充実、等)を有することで、ワーカーの健康性を維持、向上させることが期待できます。  近年建築されるオフィスは、省エネルギーやレジリエンスは「当たり前性能」であり、ワーカーの生産性を高めるための多くの施設や設備が導入されています。いうまでもなく、建物のオーナーは所有するテナントビルで高い家賃収入を得ることを考えます。そのためには、テナントに入居するワーカーの充実度を高める必要があります。  現在私は建築設備業界や不動産業界と連携して、環境不動産(環境を考慮した不動産)の経済的便益について研究を行っています。250件を超えるオフィスビルを対象に、そのオフィスの環境性能を点数付し、その点数と建物の価値に影響を及ぼすと考えられる不動産賃料の関係について分析しています。最新の研究では、建物の環境性能が高いほど、不動産賃料が高いことを明らかにしました。これはつまり、ワーカーサイドは健康性や快適性が高まったことで労働生産性が向上し、オーナーサイドは高い不動産賃料が得られることとなり、両サイドともに好循環が生まれることになります。  加治屋教授の発言から四半世紀過ぎた今、私は研究室の学生には、「今後は、省エネルギーはもとより、ワーカーのウェルネスが求められる時代となっていく」と伝えています。 埼玉新聞「ものつくり大学発 知・技の創造」(2023年1月13日号)掲載 Profile 久保 隆太郎 (くぼ りゅうたろう)建設学科 准教授・博士(工学)  明治大学大学院博士後期課程修了。日建設計総合研究所 主任研究員を経て、2018年より現職。専門は建築設備、エネルギーマネジメント。 関連リンク 建設学科WEBページ 建設学科 建築環境設備研究室(久保研究室)