「久保君、これからの建築物はデザインや構造だけではなく、省エネルギーを考えなければ建設することができなくなる時代がやってくるよ」――これは筆者が大学3年生の時に、後に師匠となる元明治大学建築学科 加治屋亮一教授が述べられた言葉です。
当時の私は、エネルギーって何だろう、というくらいの認識でピンと来ていませんでしたが、現に、令和4年6月17日に公布された建築物省エネ法改正では、これから建築しようとする建築物には、エネルギー消費性能の一層の向上を図ることが建築主に求められています。
つまり加治屋教授が20数年前に述べられていたことが現実になったわけです。改正建築物省エネ法は省エネルギーを意識した設計を今後、必ず行っていく必要があることを意味しており、換言すれば、現代では省エネルギー建築は当たり前となる時代になったといえます。
一方で、2019年4月に施行された働き方改革関連法案は、一億総活躍社会を実現するための改革であり、労働力不足解消のために、①非正規社員と正社員との格差是正、②高齢者の積極的な就労促進、そして、③ワーカーの長時間労働の解消を課題として挙げられています。このうち、3つ目のワーカーの長時間労働の解消は、単に長時間労働を減らすだけではなく、ワーカーの労働生産性を高めて効率良く働くことを意味しています。
私は10年ほど前からワーカーの生産性を高めるオフィス空間に関する研究を行ってきました。ワーカーが働きやすい空間というのは、例えばワーカー同士が気軽に利用できるリフレッシュコーナーの充実や、快適なトイレの充足や機能性の充実、食事のための快適な空間の提供が挙げられます。さらに、建物内や敷地内にワーカーの運動促進・支援機能(オフィス内や敷地内にスポーツ施設がある、運動後のシャワールームの充実、等)を有することで、ワーカーの健康性を維持、向上させることが期待できます。
近年建築されるオフィスは、省エネルギーやレジリエンスは「当たり前性能」であり、ワーカーの生産性を高めるための多くの施設や設備が導入されています。いうまでもなく、建物のオーナーは所有するテナントビルで高い家賃収入を得ることを考えます。そのためには、テナントに入居するワーカーの充実度を高める必要があります。
現在私は建築設備業界や不動産業界と連携して、環境不動産(環境を考慮した不動産)の経済的便益について研究を行っています。250件を超えるオフィスビルを対象に、そのオフィスの環境性能を点数付し、その点数と建物の価値に影響を及ぼすと考えられる不動産賃料の関係について分析しています。最新の研究では、建物の環境性能が高いほど、不動産賃料が高いことを明らかにしました。これはつまり、ワーカーサイドは健康性や快適性が高まったことで労働生産性が向上し、オーナーサイドは高い不動産賃料が得られることとなり、両サイドともに好循環が生まれることになります。
加治屋教授の発言から四半世紀過ぎた今、私は研究室の学生には、「今後は、省エネルギーはもとより、ワーカーのウェルネスが求められる時代となっていく」と伝えています。
埼玉新聞「ものつくり大学発 知・技の創造」(2023年1月13日号)掲載
久保 隆太郎 (くぼ りゅうたろう)建設学科 准教授・博士(工学)
明治大学大学院博士後期課程修了。日建設計総合研究所 主任研究員を経て、2018年より現職。専門は建築設備、エネルギーマネジメント。