創造しいモノ・ガタリ 02 ~「本物」を見に行こう~

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教養教育センターの井坂康志教授が、ものつくり大学の教員に、教育や研究にのめりこむきっかけとなったヒト・モノ・コトについてインタビュー。今回は建設学科 八代克彦教授に伺いました。

Profile

八代 克彦(やしろ かつひこ)
技能工芸学部建設学科 教授

1957年、群馬県沼田市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻博士課程単位取得退学。博士(工学)。札幌市立高等専門学校助教授を経て、2005年にものつくり大学へ移籍。専門は建築意匠・計画

現在行っている教育研究のきっかけを教えてください。

専門の建築意匠・計画の分野だけでなく、いろいろなモノに対して自然と関心が向いてきた研究人生であったと思います。一見すると寄り道に見えることが、後々意外なところで新しい活動につながったり触発されたりといったこともずいぶん体験してきました。

やはり研究人生の基点となったのが、東京工業大学の4年次に所属した茶谷正洋研究室です。茶谷先生は世間では「折り紙建築」の創始者として有名ですが、実は建築意匠・構法の研究者として環太平洋の民家を精力的にサーヴェイされており、その総仕上げともいえる中国の地下住居に研究室所属時に出くわし、一辺で魅了されました。

時は1980年代初頭、中国北部の黄土高原に見られる伝統的な住居形態・窰洞(ヤオトン)と呼ばれる地面に穴を掘って生活する人々がなんと4,000万人もいました。これは、中国の陝西省北部、甘粛省東部、山西省中南部、河南省西部などの農村では普通に見られる住宅形式です。地坑院ともいわれており、現在では国家級無形文化遺産にも登録され、今でもかなりの数の人々(約1,000万人?)の人々が崖や地面に掘った穴を住居として利用しています。

その研究を行ったのが、1980年代中葉、天安門事件の前の時代でした。西安に留学し、住居の構造はもちろんのこと、文化人類学的な関心からも研究を深めることができました。

黄土高原の表土である黄土は、柔らかく、非常に多孔質であるために簡単に掘り抜くことができ、住居全体を地下に沈めた「下沈式」と呼ばれる、世界的にも特異なものでした。今ならドローンで比較的安易に撮影可能と思いますが、当時はそのようなものはありませんので、横2m×縦2.7mほどの大きな六角凧で空撮を敢行しました。どこに行っても住人が凧の紐を持つのを争って手伝ってくれたのが懐かしい思い出です。

ヤオトン空撮写真(河南省洛陽)
その経験が後々まで力を持ったということですね。

そうだと思います。やはり最初に関心を持った分野というのは、後々まで影響するようで、現在に至っても、私の建築デザインの原型にはあの洞窟住居があるように感じています。東工大の後は札幌市立高等専門学校に務めました。この学校は全国初かつ唯一のデザイン系の高専で、校長が建築家の清家清先生です。この学校で研究からデザイン教育にフォーカスしていったのですが、一貫して地下住居への関心は持ち続けてきました。なぜか気になる。そこには、必ず何かがあるはずなのです。その何かが研究を継続するうえでの芯のようなものを提供してくれたのかとも思う。まさに穴だらけの研究人生です。

その後、2005年からものつくり大学で教鞭を執るようになりました。ものつくり大学では、手と頭を動かしてモノをつくる、ものづくりにこだわりを持つ学生が多く、刺激的な教育研究生活を送ってこられたと思います。

これからも、学生には自分の中にある関心の芽を大切にしてほしいと思いますね。私の場合それは中国の地下住居だった。関心対象はどんどん形を変えていくかもしれないけれど、核にあるものはたぶん変わらない。二十歳前後の頃に、なぜかはっとさせられたもの、心を温めてくれたもの、存分に時間とエネルギーを費やしたものは、一生の主軸になってくれます。

ものつくり大学で最も強い思いのある作品は何ですか。

いろいろあるのですが、とりわけル・コルビュジエ(1887~1965年)の休暇小屋原寸レプリカが第一に挙げられると思います。現在ものつくり大学のキャンパスに設置されています。コルビュジエは、スイス生まれのフランス人建築家で、ミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライト、ヴァルター・グロピウスと並んで近代建築の四大巨匠の一人に数えられる人です。

これは正確には、「カップ・マルタンの休暇小屋」と言います。地中海イタリア国境近くの保養地リヴィエラにあるコルビュジエ夫婦のわずか5坪の別荘です。1951年にコルビュジエ64歳の折、妻の誕生祝いとして即興で設計して翌年に完成させた建築物です。打ち放しのコンクリートがコルビュジエの一般的なイメージなのですが、休暇小屋はきわめて珍しい木造建築なのですね。

日本でのコルビュジエ作品としては、上野の国立西洋美術館が有名です。彼が設計者に指名されたのは1955年ですから、国立西洋美術館の構想も休暇小屋で練り上げられた可能性もあります。

どんなプロジェクトだったのでしょうか。

レプリカ制作に着手したのは、2010年6月、当時神本武征学長の頃でした。学長プロジェクトとして「とにかく大学を元気にする企画」という募集があって、さっそく有志を募ってプロジェクトを立ち上げました。「世界を変えたモノに学ぶ/原寸プロジェクト実行委員会」がそれです。建設学科と製造学科(現 情報メカトロニクス学科)両方の教職員学生を巻き込み、世界的名作とされる住宅や工業製品を原寸で忠実に再現することを通して、本物のものづくりを直に体験してほしいと考えて始めました。

第一弾となったのが、この小さな休暇小屋であったわけです。そのこともあって、2010年9月に急いでフランスに渡り、必要な手続きを行うことになりましたが、これがとても刺激的でした。ありがたいことに、パリのル・コルビュジエ財団からは、翌10月には無事に許諾を得ることができました。

2011年2月には、カップ・マルタンに学生10名、教職員6名とともに実物を見に行きました。これは現地の実測調査も兼ねており、約2年間の卒業制作として、設計、確認申請、施工とものつくり大学の学生たちが、ネジ一個から建具金物、照明、家具に至るまで丸ごと再現しています。実際に現地で見て、自分たちの手で原寸制作する。本人たちにとって本物のすさまじさを思い知らされる体験だったはずです。

繰り返しになりますが、休暇小屋は私にとって、両学科協働で制作したものですから、両学科の叡智を結集した象徴的作品といってよい。現在は遠方からも足を運んで見に来てくださる方が大勢おられます。

カップマルタン実測調査の様子
教育研究にあたって心がけていることは何でしょう。

私はオプティミスティック(楽観的)な性格だと思っています。やはり学生に対しても希望と好奇心の大切さを語りたいと常々思っています。悲観的なことを語るのは、なんとなく知的に見えるかもしれないけど、現実には何も生み出さないのですね。特に本学の学生は、テクノロジストとして、将来ものづくりのリーダーになっていくわけですから、まずは自分がそれに惚れていないと明るい未来を堂々と語れないと思う。リーダーは不退転の決意で明朗なビジョンを語れなければ、誰もついていきたいとは思わないでしょう。そのこともあって、教育や研究の中でも、いつも学生には希望と好奇心、プラス一歩前に出る勇気を伝えてきたと思います。

最後にメッセージがあればお聞かせください。

私自身は「タンジブル」なもの、いわゆる五感で見て触れることを大切にしてきました。それらは物質という形式をとっているわけですけれども、創造した人の精神や思いの結晶でもあるわけです。そうであるならば、現在のようにオンラインとかネットで見られる時代だからこそ、なおさら本物に触れてほしいと思います。本物に触れなければどうしても伝わらないものがこの世界には偏在しているから。

たとえば、「世界を変えたモノに学ぶ/原寸プロジェクト実行委員会」も、実物のみが語る声に対して繊細に耳を澄ませる体験がぜひとも必要だった。だから、カップ・マルタンまで足を運んだのです。それは私が大学時代、洞窟住居を研究するために中国に留学したのと同じ動機です。まさに、ホンモノ《・・・・》というのは千里を遠しとせず足を運ばせるにふさわしい熱量を持っているものなのです。フランスに本物があればフランスに行くし、中国に本物があれば中国に行く。そんな具合に私は世界中を見て回ってきたと思います。

だから、ぜひ学生諸君には本物を相手にしてほしい。本物に触れ、その熱度に打たれてほしい。そのためにはどんどん外に行ってほしいと思います。まずはコルビュジエ設計の世界遺産、国立西洋美術館に足を運んでみてはいかがでしょうか。上野にあるわけですから。電車に乗れば一時間程度。たいした距離ではありません。実際に行って五感をフルに働かせてほしい。頭だけで想像したのとはまったく違う質感、コルビュジエの手触り感が伝わってくるはずです。

カップ・マルタンの休暇小屋レプリカの室内
八代教授と藤原名誉教授の著書「図解 世界遺産 ル・コルビュジエの小屋ができるまで」(エクスナレッジ刊)

取材・原稿
井坂 康志(いさか やすし)
ものつくり大学教養教育センター教授

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