JR高崎線・吹上駅からものつくり大学(行田市)に至る開けた田野の中ほどに「真摯さの道」がある。上越新幹線の高架へと続く200メートルほどの農道である。ことに夕景は美しく、清明な上州の山並み、時に富士の高嶺さえ仰ぐことができる。
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そこはマネジメントの父・ドラッカーの翻訳者で日本での分身ともされた、今は亡き上田惇生先生(ものつくり大学名誉教授)が、integrityの訳語を想起した道である。上田先生は若き日俳句に親しんだ人でもあり、一つの語彙が浮かぶのを忍耐強く待ち続け、ついに大学からの帰路、この道で「真摯さ」を呼び寄せたのだった。

生前の上田先生とこの道を歩いたことがある。心の内で生きる諄朴な日本の原風景そのままであり、原語の熱源を不思議なほど直にとらえることができた。
ドラッカーの遺産
現在世界はコロナ禍に際して、新しく文明社会を始めなければならないほどの分水嶺に立たされている。その点で、晩年のドラッカーが「テクノロジスト」というコンセプトを残してくれたのは、とりわけ日本人にとってかけがえのない遺産であった。
テクノロジストとは巧みにものを作る人というのみではない。ものを作るとは、言うまでもなく高度な精神によって統合された仕事である。ものづくりを外側から眺めると一つの行動だが、その実相は一人ひとりの内面で営まれている。
昨今DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)が大流行である。だが、高度に組織化された情報も、最終的に実行するのも人間なら、享受するのも人間である。いや、かえってテクノロジーの進展するほどに、人間の存在感は増していくはずである。
教養あるテクノロジストのために
本年度新設されたものつくり大学教養教育センターは、テクノロジストのための教養教育を掲げている。教養というと書物が想起されるが、そればかりではない。それは徹底した知と行の合一の道である。そうであるならば、手早く片付けてしまうわけにはいかない、一生を賭けた大事業となるだろう。
ドラッカーはテクノロジストのもつべき一種の社会的知性としても、「真摯さ」を重視していた。その証拠に、彼は頭脳の明晰さよりも、真摯さの方を重く見て、個が現実社会を生き抜いていく上でよほどあてになると述べている。それは、生きるという根底的な理由と結ばれた精神的王道でもあったことに思いが至る。

井坂 康志(いさか やすし)ものつくり大学教養教育センター教授
1972年、埼玉県加須市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。東洋経済新報社を経て、2022年4月より現職。ドラッカー学会共同代表。専門は経営学、社会情報学。