【Fゼミ】私の仕事 #4--歌手としての歩みとライフワーク

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1年次のFゼミは、新入生が大学生活を円滑に進められるように、基本的な心構えや、ものづくりを担う人材としての基礎的素養を修得する授業です。

このFゼミにおいて各界で活躍するプロフェッショナルを招へいし、「現場に宿る教養」とその迫力を体感し、自身の生き方やキャリアに役立ててもらうことを目的として、プロゼミ(プロフェッショナル・ゼミ)を実施しました。

今回は、歌手として都内のオペラ劇場を中心に活躍する他、作曲家、台本作家、指揮者、演出家の顔を持つ舞台の総合クリエイター、阿瀬見貴光氏を講師に迎えたプロゼミをお届けします。

肉声の魅力-声楽とは

私の職業は歌手です。声楽家です。主にオペラや舞台のクラシックコンサートに出演します。それと同時に故郷の加須市で市民ミュージカルのプロデュースも行っています。まずは歌手としての仕事についてお話したいと思います。

声楽家と現代的な歌手の大きな違いは何でしょう? そうです、マイクを使うか否かです。2,000人規模の大ホールでも60人以上のオーケストラと共演する場合も、基本的に声楽家はマイクを使いません。すなわち、肉声の魅力で音楽を表現します。肉声だからといって声はただ大きければよいというわけではありません。特にオペラは「声の芸術」とも言われていて、大事なのはよく響いて遠くまで通る声です。たとえば、「ストラディバリウス」というヴァイオリンの名器をご存知の方はいますか? ストラディバリウスの音色は実に繊細で密度が高い。そして近くで聴いているとそれほど大きな音に聞こえないのに、不思議と遠くの方まで響きが飛んでいくという特性があります。声楽家はそのような魅力的な音色をお手本にして技を身につけます。楽器である身体を鍛えたり、音声学を学びます。日々の発声練習も欠かしません。世界にはたくさんの種類の楽器がありますが、人間の声こそが最も美しく表現力豊かな楽器であると私は考えています。皆さんにはアコースティックサウンド、生の響きの醍醐味を感じていただきたいですし、そのようなコンサートに是非とも足を運んで欲しいと思います。

さて、ここで実演の意味も込めて歌ってみたいと思います。オペラ発祥の国イタリアから「オー ソレ ミーオ」というナポリの民謡です。高校1年の教科書に載っていますからご存知の方も多いかもしれませんね。私はイタリアに勉強に行ったことがあるのですが、イタリア南部の方の気質はとにかく陽気でおおらかです。この曲もまたそのような気質が現れていて、活きていることが素晴らしいと感じさせてくれます。

『オー ソレ ミーオ』

新国立劇場オペラの13年間

私は渋谷区初台にあるオペラ専用劇場を有する新国立劇場に所属し、約13年間インターナショナルな活動をしてまいりました。この劇場は、オペラのほか、舞踊と劇場の部門がありまして、どれも大変クオリティの高い公演が行われています。とくにオペラ部門は『ニューヨーク・タイムズ』のオペラ番付でも上位にランキングする実力があり、世界中のトップレベルの演奏家や演出家を招へいしています。

私はこの劇場の13年間オペラ公演で、延べ156演目、780のステージに立ちました。世界トップレベルの芸術家と一緒に舞台を創ること、それが私にとって何より刺激の源になりました。彼らとの日々のリハーサルや公演を通して、彼らの美の根底にある感性、思考、宗教観に触れることができたからです。近年ではウェブ上に舞台の情報が溢れる時代になりましたが、現場でしか味わえない貴重な経験をさせていただきました。日本にいながらにして、まるで海外留学をしているかのような気分です。

さて、オペラと言えばイタリア、ドイツ、フランス、イギリスなどヨーロッパを中心とした国々の芸術家との交流が多いのですが、「オペラ界のアジア」という視点で世界を見たとき、生涯忘れられないエピソードが2つありますのでご紹介したいと思います。

日中共同プロジェクト「アイーダ」と韓国人テノール

ひとつ目は2012年の日中共同制作公演『アイーダ』です。日中国交正常化40周年の節目に日中の友好の象徴として共同制作されました。この前代未聞のプロダクションは、歌手およそ100名を新国立劇場と中国国家大劇院から集め、東京と北京で公演するというものです。国家大劇院は北京の中心部にありまして、国の威厳をかけて創設された大変立派な建築物です。近くには人民大会堂(日本の国会議事堂に相当する)があります。

当時、中国の反日教育はよく知られていたので、劇場内でも日本人スタッフへのあたりが厳しいのではと心配したものでしたが、まったくの杞憂でした。むしろ国家大劇院の皆さんはとても友好的で、日本の音楽事情に興味津々といった様子でした。休日には関係者が北京市内を案内してくれもしました。リハーサルの後に、若いテノール歌手に食事に誘われ「遠くから来た要人には徹底的にもてなすのが中国人の流儀だ」と言って、約一カ月分のお給料に相当する額のご馳走を用意してくれたこともありました。そして肝心のオペラ公演も大成功を収めました。隣国同士の東洋人が心をひとつにして、西洋文化の象徴であるオペラに挑戦する。満席6,000人の巨大オペラ劇場が大いに湧きました。国家間の歴史認識の違いはあれど、芸術の世界に酔いしれるとき、国境が存在しないのだと感じました。

しかし大変残念なことに、東京公演の一週間後、日中両国の外交関係が急速に悪化していきました。もし、このプロジェクトがあとひと月も遅ければ公演中止となっていたでしょう。

ふたつ目のエピソードは韓国です。皆さんは韓国アイドルの「推し」はありますか? 現在ではK-pop が大人気ですし、化粧品、美容グッズ、ファッションなど韓国のトレンドには力があります。若い皆さんは驚くかもしれませんが、2013年頃の日本では韓国に対する嫌悪感、いわゆる「嫌韓」の風潮が非常に高まっていました。その年の流行語のひとつは「ヘイト・スピーチ」でした。新宿区大久保などではデモがあり、激しいバッシングも見られました。

そんな社会状況の中、新国立劇場ではオペラ『リゴレット』が公演されました。主役は韓国人の若手テノール歌手、ウーキュン・キム。それまで新国立劇場で韓国人が主役を張ることはほとんどなかったこともあり、過激な世論の中で彼がどんな評価をされるのか、私は興味深く見守っていました。彼の歌声は実に素晴らしいもので、客席は大きな拍手で彼を称えました。「日本の聴衆よ、よく公平な目で評価した!」隔たりを越えた美の世界を感じ、私はステージ上で静かに胸を熱くしました。

インターナショナルな活動の中で私がいつも思うことは、舞台製作の環境は常に政治の影響を受けていますが、政治に侵されない自由な領域を持つのもまた芸術の世界であるということです。だからこそ我々芸術家は、人間の普遍的な価値観や幅広い視点をもって世界の平和に貢献すべきだと考えています。

テクノロジーと古典芸能の融合-オペラ劇場の構造

今日は建設学科の講義ですので、オペラ劇場の構造について少し触れてみたいと思います。まず特徴的なのはステージと客席に挟まれた大きな窪みです。これは「オーケストラ・ピット」と言います。

ここにオーケストラ団員最大100名と指揮者が入り演奏します。ピットの床は上下に動きます。床が下がってピットが深くなるとオーケストラの音量が小さくなり、逆に床が上がると音量は大きくなります。これによって歌手の声量とバランスを取りながら、深さを調節するわけです。ピットの上には大きな反響板があります。オペラやクラシック音楽においては、いかに生の響きを客席に届けるかが大切ですから、音響工学の専門家が材質や形状にこだわり抜いてホール全体を設計しています。

これは劇場平面図です。客席から見える本舞台の左右と奥に同じ面積のスペースがありまして、これを四面舞台と言います。大きな床ごとスライドさせることができます。これによって、巨大な舞台セットを伴う場面転換がスムーズにできますし、場合によってはふたつの演目を日替わりで公演することも可能です。この機構をもつオペラ劇場は日本ではほんのいくつかしかありません。

次は劇場断面図を見てみましょう。舞台の上には大きな空間がありまして、これは照明機材や舞台美術などを吊るためのものです。下側はというと「セリ」といって、舞台面の一部もしくは全体を昇降させることができます。そして、これらの機構の多くはコンピューターによって制御されています。最新のテクノロジーは古典芸能であるオペラ(400年の歴史)に新たな表現方法をもたらし続けているのです。

私のライフワーク-ミュージカルかぞ総監督として

「多世代交流の温かい心の居場所をつくろう」と思いついたのは約30年前のことです。私が大学3年生の夏に読んだ新聞記事がきっかけとなりました。若者の意思伝達能力の低下や家庭内暴力は、家庭問題というより社会の歪みに原因があるだろうと考えていました。「自分にできること、自分にしかできないこと」音楽や舞台表現を手段として、人間が人間に興味をもって、大いに笑い、平和を謳う。そんなコミュニティをつくろう!自分がオペラ歌手になるための勉強と並行して、文化団体の運営のイメージを実践方法を温め続けました。

2012年の夏に故郷である加須市で、市民劇団「ミュージカルかぞ」を立ち上げました。ありがたいことに、市長、教育長をはじめ、地元の実力派有志たちが私の掲げる活動理念に賛同、協力してくださいました。さらに嬉しいことに、一年目からすべての年代がバランスよく揃った『三世代ミュージカル』を実現したのです。また、ダンス講師、ピアニスト、照明家などプロの第一線で活躍する業界の仲間も加須に駆けつけてくれました。市民が主役の劇団ですから入団資格は『プロの舞台人でないこと』、以上。技と魂を兼ね備えたプロの舞台スタッフが環境を整え、地元のアマチュア俳優をステージで輝かせるのが私の手法です。団員たちが燃えるような魂で舞台に立つとき、キャラクター描写の奥に個々の圧倒的な生き様が放たれます。そこには見る者の魂を震えさせるほどの「人間の美しさ」があるのです。

しかし、そこにたどり着くまでには膨大な時間と労力、技術を要します。ほとんどの団員は演技や歌唱の経験がないからです。舞台での身体表現、呼吸法、発声法、楽曲分析、台本の読解法、そして舞台創りの精神など、私が日々舞台で実践していることを43名の団員たちに解りやすく愉快に伝えています。

ミュージカルかぞは年に2演目を10年間公演し続け(コロナ禍の中止はありましたが)、着実にレベルアップしています。いつも満員御礼の客席からは割れんばかりの拍手と「ブラボー!」が飛び交います。涙を流しながら客席を立つお客様の姿が増えました。県外からのファンや、教育や文化に携わる方も多くいらっしゃるようになりました。

『大人が笑えば子供も笑う』…劇団の稽古場は笑い声が絶えません。しかし、団員個々の心の事情には静かに話を聞いて、一緒に考えます。不登校、引きこもり、健康上の悩みなど事情は様々ですが、そこから社会の歪みが見えることは少なくないです。しかし、舞台表現を磨き続け、少しずつ自分の声と言葉で素直な自分を語れるようになった団員を見たとき、私も生きていて良かったと感じます。特に子どもや若者には、人と繋がって喜びを感じる『真実の時間』を過ごしてほしいと考えています。それは誰かを愛するための心の糧になると思うからです。

時空を超えるメッセージ-ミュージカル『いち』

さて皆さん、「愛」って何でしょうね? こういった漠然とした質問が一番困るんですよね。そのような抽象的なイメージを閃きに導かれながら具象化できるのが芸術文化のいいところです。愛をいかに表現するか、私も日々悩み続けています。

私の劇作家としての代表作にミュージカル『いち』があります。作品のもととなった加須古来からの伝承『いちっ子地蔵』を読んだ瞬間、作品のインスピレーションが稲妻のように降りてきました。眠るのを忘れるくらい無我夢中で台本と楽曲を書き留めました。全2幕8景、26曲、公演2時間と、なかなかのボリュームです。ドラマの舞台は天明6年(1786年)の加須です。水害などの度重なる困難に屈することなく、助け合って前を向いて生きるお百姓さんたちの姿を描いています。現代のような科学技術はなく、物質も情報も豊かではない村落共同体の人々は何に価値を感じて生きていたのか? 現代人が忘れかけた大切な「何か」を思い起こさせてくれるのです。そして、いつも忘れはならないのは「土地に生きた先人たちの努力、犠牲、愛があったからこそ、現在の我々がある」をいうことです。脈々とつながる命、先人からの愛に感謝することが、光ある未来を導くと『いち』は教えてくれます。

「大きな社会は変えられない、まずは小さな社会から」-。土壌づくりに20年。故郷で愛の種を蒔き始めて約10年。それらが今、芽吹きはじめました。埼玉の小さな街から田畑を越えて、時空を超えて、これから新たな愛の連鎖が広がっていくのだと思います。

『野菊』
『翼をください』
『帰れソレントへ』
Profile

阿瀬見 貴光(あせみ・たかみつ)

昭和音楽大学声楽科卒業。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部18期修了。声楽を峰茂樹、L.Bertagnollio の各氏に師事。歌手としては都内のオペラ劇場を中心に活躍し、定期的なトークコンサート《あせみんシリーズ》では客席を笑いと涙の渦に巻く。その他、作曲家、台本作家、指揮者、演出家の顔を持つ部隊の総合クリエイター。完全オリジナル作品の代表作にミュージカル《いち》があり、これまでに5回の再演を重ねている。プロの舞台で培った技術や経験を地域社会に還元すべく、子どもの教育や生涯学習を目的としたアマチュア舞台芸術の発展に力を注ぐ。教育委員会等で講演を精力的に行い、芸術文化による地方創生の実践を伝えている。NPO法人ミュージカルかぞ総監督。ハーモニーかぞ常任指揮者。加須市観光大使。地元の酒をこよなく愛する四児の父。

原稿
井坂 康志(いさか・やすし)
教養教育センター教授

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