埼玉学とは、埼玉県の歴史・文化・産業・地理など、埼玉県に関するあらゆる分野を総合的に研究・探究する学問です。教養教育センターの井坂康志教授が新しい研究テーマとして連載しています。
埼玉学第13回は、かつて沼沢地帯であった越谷の地に突如として現れた巨大な消費空間、越谷レイクタウンを歩きます。水と大地、車社会が交錯する場所で、井坂教授が感じ取ったワルシャワの記憶、足元の薄氷の正体とは。
低地
足元を見つめる。
そのとき、関東平野における巨大な器の底であることに思いが至る。
大宮台地の東端が尽き、地形は急速に標高を下げる。利根川や荒川といった関東を代表する大河川が、奔流を東京湾への流路として渋滞を起こす。越谷という土地の正体だ。

かつて一帯は、幾筋もの河川が蛇行し、氾濫を繰り返す湿地帯であった。人々は自然堤防の上に集落を作り、後背湿地を水田として利用した。水田では質の高い米が収穫できた。
しかし、都市化の波は容赦なく保水機能を奪っていく。いつしか、水のリスクを吞み込んだまま巨大なウォーターベッドの街に変貌していた。
そこで構想されたのが越谷レイクタウンだ。コンセプトは、生やさしいニュータウン開発とはいささか様相を異にする。
中川・綾瀬川流域の治水対策として、広大な調節池を造成、洪水時には水を溜め込み、平時には親水空間として利用するという、災い転じて福となす壮大な社会実験であった。
駅に降り立つと、目の前には地形の生んだ象徴たる大相模調節池が鎮座している。有無を言わせぬ迫力だ。
かつての一面のため池と田園地帯は、いまや人口の湖岸として整備され、穏やかな水面を湛えているかに見える。水鳥は湖面を戯れ、岸にはフランスの油絵を想起させる柳が影のたまりをつくっている。
湖畔に立ち、風に吹かれてみた。
湿った風は、大量の水の通り道であることを嫌でも教えてくれる。
武蔵野線の湾曲と車社会の地平
ところで、水郷を貫く鉄の軌道がJR武蔵野線だ。
武蔵野線は、埼玉に住む者にとってさえミステリアスだ。かつては首都圏の外郭を結ぶ貨物船として計画され、やがて旅客化された路線は、東京の放射状に伸びる各路線を横串に刺す。秩父鉄道を別にすれば、東西を走る鉄路はほかにない。
越谷レイクタウン駅--。
武蔵野線の新駅として2008年に開業した。貨物列車が轟音を立てる脇で、多くの家族連れがホームに降り立つ。
身近な水のテーマパークだ。ディズニーリゾートにでも家族で行けば、家計に小さくないインパクトをもたらすだろう。越谷レイクタウンなら、ちょっとした買い物をするくらいで半日は夢を見られる。どんな夢かは別の話だが。
駅の北側に広がるイオンレイクタウンに目を転ずれば、広大な敷地を埋め尽くす駐車場、国道4号線や外環道から吸い寄せられるように集まる無数の自動車が嫌でも目に飛び込んでくる。レイクタウンは、埼玉のもう一つの顔、すなわち強烈なまでのクルマ社会を象徴する空間だ。
鉄道という都市的な動線と、自動車というローカルな動線が、巨大な水の街でぶつかり合い、しぶきを上げる。

忘却の装置
広大なショッピングモールへと足を踏み入れた。
「kaze」「mori」などと名付けられた巨大な棟を、ひたすらに歩く。ちょっとしたハイキングに匹敵する運動量だ。
高い天井、人工的な照明。どこまでも続くショーウィンドウ。
ふと、どこかで見たことがある気がした。奇妙な感覚だった。
以前、ポーランドのワルシャワやクラクフを旅したことがある。あの時、ワルシャワ旧市街の広場や、果てしなく続く石畳を歩きながら感じた、ある種の茫洋とした感覚が突然蘇ってきた。
冬の凍てついた一日であったことも関係しているかもしれない。

むろん本来なら両者を結びつけるものなどない。周囲には多くの人々が行き交っている。特に目につくのは、犬を連れた家族連れの姿だ。楽しげに笑い、ショッピングカートに愛犬を乗せ、消費という名の祝祭空間に身を浸している。平和そのものだ。
しかし、なぜだろう。
ワルシャワの再建された旧市街が、思い出されてならない。歴史の痛みに対する抵抗と祈りの祭儀的空間。もちろん、こじつけなのはわかっている。改めて思い起こせば、かつて泥深い湿地であり、水害に脅かされた土地であったことを考えないわけにはいかない。

今は、そうしたすべてを、圧倒的な光量と空調、際限ない商品の列によって覆い隠し、忘れ去るための巨大な装置として上塗りする。足元の泥を忘れ、薄氷の上で踊り続けるのに必要な舞台装置だ。
東欧では、ここしばらく、こんな大型ショッピングセンターが各地に乱立している。一様に便利で、快適で、どこか均質だ。地形の記憶をコンクリートで覆い隠し、空調の効いた快適な回廊を作り出す。
むろん均質で清潔な人工空間を、アイデンティティの欠如と捉えるのは早計だ。むしろ、過剰な記号に溢れた現代において、真の休息を得る知的な余白なのだろう。地形の記憶を一度フラットにすることで、人々は過去の重圧から解放され、キャンバスの上に新たな家族の物語を描き出す自由を得ているのだろう。浦安という漁村の歴史的記憶の上に構築された夢の国と構造上は同じなのに違いない。
注目すべきは、空間の底辺を流れる管理の美学だ。
大相模調節池という巨大なインフラが、機能を超えて美しい親水空間として消費されている事実は、人間が自然を征服するのではなく、知性をもって共生をデザインした証に他ならない。水害というリスクを、豊かさという価値のシンボルに変換することこそが、埼玉という土地が持つしなやかな強さを象徴する。
夕闇に映る街の明かりは、水の小都に根を下ろそうとする数万の人生の輝きだ。かつての泥を忘れ去るのではなく、それを強固な基礎として支え、その上に新たな地平を築くこと。
越谷レイクタウンは、伝統と革新が危うい均衡を保ちながらも、次世代の故郷へと成熟していくプロセスを見せてくれている。
ため池の周回と薄氷の文明
モールの喧騒を逃れるように、再び外に出た。
調節池の周囲を歩いてみることにした。水面は昼間の鈍い光を反射する。
足元の土を踏みしめるとき、確かに水を含んだ大地の感触が伝わってくる。水は低きに流れる。物理の法則だ。秩父の山地からゆっくりと運ばれてきた水が集まり、やがて太平洋へと運ばれていく。
歩きながら思考を巡らせる。犬を連れて散歩する人々の表情は穏やかだ。水面に映る街の明かりは美しい。しかし、ふとコンクリート越しに足元が透けて見える錯覚に陥る。
危うさを知っているからこそ、人々の笑顔はかくも明るく、消費の祝祭は、どこか切実な輝きを帯びている。

地形を克服するのではない。地形を受け入れ、水と共生する。
工学的な勝利と、破綻への潜在的な恐怖。危うい均衡の上に、巨大な消費社会の祝祭空間は成立する。
駅へ向かう私の背に、冬の風が冷たく吹きつけた。調節池の記憶から漏れ出る、大地の吐息のようだった。
武蔵野線の駅へと戻る足取りは、来た時よりも少しだけ重く、確かなものになっていた。

井坂 康志(いさか やすし)
ものつくり大学 教養教育センター教授
1972年埼玉県加須市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。東洋経済新報社を経て、2022年4月より現職。ドラッカー学会共同代表。専門は経営学、情報社会学。
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