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【プレスリリース】少年飛行兵らの兵舎・資料などを展示した桶川飛行学校平和祈念館が開館。復原整備は、横山晋一研究室が担当

2020.08.12

「熊谷陸軍飛行学校桶川分教場」は、太平洋戦争末期に特攻隊員らを送り出した旧熊谷陸軍飛行学校の実技教習場として、今から83年前の1937(昭和12)年6月3日に開校した軍の分教施設です(埼玉県桶川市)。ものつくり大学横山研究室は、官学連携事業として建物修復の推進役を担い、2015年12月の閉鎖以後、積極活用のための基本設計図書作成、文化財指定調書の作成、復原考察のための学術的建物解体調査、工事のための実施設計図書作成、そして復原整備工事に伴う工事監理と5年の歳月を費やし、ついに本年8月4日に平和の尊さを発信する拠点として開館を果たしました。

 「熊谷陸軍飛行学校桶川分教場」は、1937(昭和12)年に開校。主に少年飛行兵の実技教習施設として使われました。戦後は大陸からの引揚者らの住居となり、2007年までの60年間、市営住宅として活用されました。そうした経緯の中、約8,400平方メートルの広大な敷地内にあって奇跡的に今に残った「守衛棟、車庫棟、兵舎棟、便所棟、弾薬庫」の5棟が文化財指定を受け、往時の姿に復原整備されたのです。
 なお、8月4日の開館から1週間で市内外から約1,900名の人々がここを訪れましたが、多くの人が戦地に赴く学生たちの胸中を知り、肌身で悲しい事実に思いを募らせていました。

 今回、保存修理工事の主任監督員に任ぜられた、ものつくり大学技能工芸学部建設学科の横山晋一教授は、これまで社寺建築を始めとし、武家屋敷・民家建築・城郭建築・近代建築と多種に渡る歴史的建造物の学術調査研究や、復原整備のための設計監理を行ってきました。そして初めて、類例が数少ない木造を中心とした戦争遺跡の保存と復原整備を研究室で担当することになり、「世界の恒久平和」にも寄与する目的から、研究室一丸となってこれを推進しました。
 分教場の建物群は言うまでもなく、短い工期のなかで造られた機能性重視のもので、意匠的に秀でる部位は殆どありません。しかし、ここで生活しながら操縦技術を学ぶ学生たちは常に死を覚悟していたようで、その苦悩を建物は静かに見守り、また、彼らを何度も戦地に送り出してきたのです。横山教授は、歴史の生き証人でもあるこの祈念館が「建築学的な観点以上に、歴史上大きな意味を持つ建物であり、保存に値する歴史的建造物である」とし、現場第一主義でこの修復工事を主導しました。「事業推進中には幾度となく大きな障壁に阻まれることもありましたが、その都度、戦争遺族を中心とした再興を望む方たちの思いを脳裏に描き、怯むことなく、心に鞭打ちこれを進めた」と回想されています。

 現在、兵舎棟内部の展示室には、往時の学校生活の様子を表した写真や教科書、装備品、そして特攻隊員の遺書(複製)などが展示されるほか、18台の木製ベッドで枕を互い違いに配置した狭隘な寄宿室の状況も復原されています。さらに車庫棟展示室には、建物解体調査に携わった横山研究室所属学生たちの制作による、現状と復原の8台の精緻な構造模型も展示されており、一般公開ではとても分かりやすいと好評でした。

 戦後75年を迎えた今、日本各地に所在する戦争遺跡は老朽化や悲しい歴史の封印を目途に徐々に姿を消していますが、そのような最中、桶川飛行学校平和祈念館の存在はとても重要と言えます。恐らくここからの恒久平和発信は、大きな意味を持っているはずです。

●桶川飛行学校平和祈念館/埼玉県桶川市
 https://www.city.okegawa.lg.jp/shisei/chumokujigyo/7979.html

●大学プレスセンター記事
 https://www.u-presscenter.jp/article/post-44202.html

▼本件に関する問い合わせ先
広報地域交流係
TEL:048-564-3906
E-mail:koho@iot.ac.jp

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