備前(2015.9,2021.3,2026.3調査)
備前♡日生(ひなせ)大橋は,備前市日生町と鹿久居(かくい)島を結ぶ橋長765m,支間長170mのPC6径間連続エクストラドーズド橋です.2015年4月,橋の開通により日生諸島の鹿久居島および頭(かしら)島が本土と結ばれました.橋の正式名称に絵文字(ハートマーク)が使われるのは前例がなく,開通時は話題となりました.




頭(かしら)島大橋は,備前市日生町の頭島と鹿久居島を結ぶ橋長300m,支間長218mのRC上路アーチ橋で,2004年11月に開通しました.架橋地点の立地条件により,スパンライズ比8.0と長大アーチ橋としては非常に偏平なアーチ構造となっています.上部桁はPC床版を有する鋼2主鈑桁とした複合構造とし,アーチリブは高強度コンクリートを使用し断面が小さくなっており,軽量化を図っています.


邑久長島(おくながしま)大橋(人間回復の橋)は,1988年に完成した瀬戸内市邑久町と長島に架かる橋長185mのランガー橋です.島には2つのハンセン病療養所があり,1907年に始まった隔離政策により,患者たちは社会から隔てられていました.橋は島と本土を結び,ハンセン病に対する正しい理解を促す架け橋となりました.


児島湾(こじまわん)大橋は,岡山市の中区新築港と南区飽浦の間にある児島湾に架かる橋長 931 mの6径間連続鋼床版箱桁橋です.県道45号岡山玉野線であり,岡山~玉野間の短絡道路としては児島湾締切堤防道路が開通していましたが,大型車両の通行が禁止されていました.これに代わる道路として,1983年に完成しました.船舶の航行を可能とするため30mの高さが確保されています.



児島湾締切堤防(御幸弁天橋)は,児島湾干拓地の水不足や塩害,高潮による浸水被害を解決する為に作られた堤防で,海水(児島湾)と淡水(児島湖)の境目に架かります.岡山市南区築港と南区郡を結ぶ道路が通っており,長さは1,558m,幅30m,1959年の完成です.



秀天(しゅうてん)橋は,玉野市の鴨川に架かる花崗岩で造られた石橋です.橋脚は1ヶ所3本ずつで8ヶ所あり,その橋桁と橋桁との間に長さ272cm,幅67cm,厚さ60cmの石を横たえ,橋脚の下はくつ石とし,上手は半円形に巻き石がしてあります.秀天は終点が転じたもので,ここがかつて船着場の終点だった事に由来するようです.1981年に床版上部がコンクリート舗装され,高欄が設置されました.架橋は江戸時代中期といわれています.



笹ケ瀬橋は,岡山市の笹ケ瀬川に架かる国道30号の道路橋です.1958年に完成した橋長180.7m,支間長67.2mの下路ゲルバートラス橋で,上横構(フィレンデール)が特徴です. 1987年には上流側に並行して下路連続トラス橋が架設され,上下線が分離して供用されています.1973年に下流側に歩道が添架されました.




相生(あいおい)橋は,最後の岡山藩主 池田章政夫妻の金婚式を祝し1904年に木橋が架設されたのが始まりです.相生という言葉には夫婦が仲睦まじく長生きするという意味があります.大正時代に架替えられましたが,1934年の室戸台風により流失し,1937年に現在のゲルバー鈑桁橋が完成しています.1985年には歩道部分が拡張されました.




旭川橋梁は,岡山市のJR山陽本線 西川原・就実~岡山間で旭川に架かる鉄道橋です.上り線は1891年開通時のレンガ積み橋脚が現在も使われており,縁は花崗岩で補強されています.下り線は,1923年に複線化で完成した鉄筋コンクリートの橋脚です.また,上り線のプレートガーダーは複線化に伴い架替えられたもので,既往のレンガ橋脚を利用するため,ダブルフランジ付シャローガーダーと呼ばれるダブルフランジの特殊な構造を採用し,桁高を抑えた仕様になっています.



月見橋は旭川を跨ぎ,岡山城と岡山後楽園を結ぶ橋で1954年に架けられました.橋長115.2m,支間長67.2mのゲルバートラス橋で,上横構のないポニートラスです.1基の橋脚が後楽園側に寄って建っています.架橋当初から周辺の景観にそぐわないと賛否両論があるようです.




鶴見橋は旭川に架かり,岡山市出石(いずし)町と後楽園を結びます.初代の橋は後楽園を訪れる武士のために1707年に架けられたと言われています.明治に入ると一般に開放され,鶴の姿が見られたことから鶴見橋と呼ばれるようになりました.現在の橋は1930年11月竣工の橋長147.6m,幅員7.5mの桁橋で,2004年には南側に歩道が設けられました.後楽園に調和するよう擬宝珠や灯籠を配し,高欄部も木目模様の塗装が施されています.



岡山市北区にある岡山後楽園は岡山藩2代藩主・池田綱政が家老・津田永忠に命じて造らせた庭園です.1687年に着工し14年の歳月をかけ1700年に完成しました.金沢の兼六園,水戸の偕楽園と共に日本三名園のひとつと称され、国の特別名勝に指定されています.池泉回遊式庭園で,岡山城や周辺の山を借景としています.



岡山城は豊臣秀吉の家臣で豊臣五大老のひとりである宇喜多秀家が築城しました.黒塗りの下見板張りの外観から烏城(うじょう:うはカラスの意味)の別名があります.また,築城時には金箔瓦と鯱が用いられていたことから金烏城とも呼ばれています.1945年6月の戦災で焼失,現在の天守は1966年に再建されたもので,1996年には創建当時の金箔の瓦と鯱も再現されました.




不明(あかずの)門は天守がある本段の入口として防備を高めた大型の城門です.通常の出入りは廊下門の渡り廊下を使用し,この門は普段閉ざされていたことから,この名で呼ばれていたそうです.現在の門は明治維新で取り壊されたものを1966年に鉄筋コンクリート造りで再建したものになります.

月見櫓は池田忠雄が第4代城主であった1620年代の築造で,本丸内に唯一現存する櫓として国の重要文化財に指定されています.構造は一部地下付きの塗籠(ぬりかご)造り本瓦葺2階建てで,城外(北西)側から眺めると2層の望楼型(入母屋造の建物に望楼という物見やぐらを載せた形式),城内(南東)側から眺めると三層の層塔型(1階から最上階まで規則的に積み上げていく形式)となっています.

大原橋は,岡山市北区玉柏(たまがし)と牟佐(むさ)を結ぶ県道27号線の旭川を渡る橋です.橋長432.6m,幅員5.5mで,70mの鋼曲弦トラス1連と39.2m のRCローゼ9連で構成されています.1934年の室戸台風の災害復旧橋梁として1942年に完成しましたが,本来は全て鋼橋で完成させる予定が戦時中の鋼材不足で西側はコンクリートに変更されたといわれています.1971年には北側(上流)に幅員1.75mの歩道橋が増設されました.2019年度の土木学会選奨土木遺産に認定されています.







備中(2015.9,2021.3調査)
田井(たい)橋は,高梁(たかはし)市の高梁川に架かる下路ランガートラス橋です.この橋も室戸台風の復興橋梁として1937年に架けられました.橋長114.7m,支間長88.3mはランガー形式の道路橋としては建設当時日本最大級です.川が大きく曲がる地点に架かるため,橋脚を設けずに当時としては最大のスパンを飛ばせるこの形式が選ばれました.桜田機械製造所の施工です.方谷(ほうこく)橋(鋼カンチレバーランガー橋:1937年),井倉橋(鋼ソリッドリブ・タイドアーチ橋:1936年)と共に「室戸台風の災害復旧橋梁群」として2010年度 土木学会の選奨土木遺産に選ばれています.





水内(みのち)橋は総社(そうじゃ)市の高梁川に架かる橋長180m,主径間72mの3径間ゲルバートラス橋です.高梁川の災害復旧橋梁では最大の橋長を持つ橋で,桜田機械製造所が施工,1938年に完成しました.塗装が剥げて以前の黄色が見えている箇所があります.





霞橋側道橋(旧霞橋)は,高梁川に架かり倉敷市東西を結びます.現在は1968年に下流側に架けられた新橋があり,人道橋として利用されています.7連の曲弦ワーレントラスと6 連の単純鋼板桁で構成される橋長616.7mの美しい橋は,増田淳の設計によるものです.1928年竣工,日本橋梁が施工しました.地元では正式名称の「霞橋側道橋」ではなく,愛着をもって「旧霞橋」や「古い方の霞橋」と呼んでいるそうです.





高梁川橋は,倉敷市酒津の山陽自動車道 倉敷IC~玉式IC間に架かる上路連続ワーレントラス橋です.橋長411.2m,三井造船,石川島播磨重工業の施工です.

川辺橋は高梁川に架かり,総社市と倉敷市真備町を結ぶ橋長458.5m,主径間50.7mの3径間単純ポニーワーレントラス橋です.播磨造船所が製作, 1933年の完成です.現在は自動車の大型化や交通量の増加により上流側に自動車用の新川辺橋が架けられてからは,歩行者・自転車専用の橋として利用されています.






本州の岡山県倉敷市と四国の香川県坂出市を結ぶ橋の総称が瀬戸大橋で,その本州側の最初の橋が下津井(倉敷市)と櫃石島(ひついしじま:坂出市)間に架かる下津井(しもつい)瀬戸大橋です.全長1,447m,支間長940mの道路・鉄道併用の吊橋で,橋は2層となっており,上層が4車線の瀬戸中央自動車道,下層が本四備讃線鉄道(瀬戸大橋線)です.本橋の中間地点が県境となっています.本州側のケーブル定着部は,瀬戸内海国立公園の景観に影響を与えないようにトンネルアンカレイジを採用しています.地形との関連から側径間を吊らないこととし,桁端部での角折れを小さくするために側径間に補剛桁を張り出した,世界初の張出径間付単径間補剛トラス吊橋です.1988年4月10日の開通です.







倉敷美観地区は江戸時代から残る白壁の蔵屋敷と洋風建築,なまこ壁,柳並木などが調和した美しい街並みを倉敷川沿いに楽しむことができます.

倉敷川には3つの橋が架かっており,一番上流のものは今橋と呼ばれ大原美術館から有隣荘・大原本邸(旧大原家住宅)へ架けられています.石橋に見えますが鉄筋コンクリートの上に御影石を積んで仕上げた橋です.1926年,皇太子(後の昭和天皇)の岡山県行啓に合わせ,既存の石橋(現在の高砂橋)を下流に移築した上,急遽架替えられたものです.石柱には天皇家を象徴する菊の彫刻と高欄には児島虎次郎(大原美術館の礎となるコレクションを集めた洋画家)による龍の彫刻が施されています.

大原美術館は日本初の私立西洋近代美術館です.倉敷紡績の大原孫三郎(おおはらまごさぶろう)の創設でギリシア神殿風の外観が特徴です.

中橋は倉敷考古館と倉敷館を結ぶ石橋です.1877年に架替えられ,舟が橋の下を往来できるように緩やかな太鼓橋となっています.白いモダンな洋風建築物は倉敷館で,1917年に倉敷町の役場として造られ登録有形文化財に指定されています.現在,観光案内書兼無料休憩所として開放されています.


美作(2026.3調査)
泰平(たいへい)橋は,美作(みまさか)市の(旧)国道374号で吉野川に架かる1930年竣工のゲルバー桁橋です.地元産の凝灰岩や笠岡産の花崗岩を切石にして積み上げた橋台・橋脚は,1920年に架けられたボーストリングトラスの橋脚を再利用しています.




おかやまファーマーズ・マーケット ノースヴィレッジは1997年に勝央町にオープンした農業をテーマにした交流体験型の公園です.園内には北ヨーロッパの酪農と森をイメージした建物が配置され,一角に大きな斜張橋が架かっていますが,調査時は通行止めでした.
園内のほぼ中央に位置する修景池には桟橋が架かり,東屋からは鯉の餌やり体験ができるそうです.






馬桑(まくわ)ループ橋は,奈義(なぎ)町馬桑の国道53号に架かり,高さ45~60mの空間に半径100mの曲線を描いて跨ぐ延長180mのループ橋です.中央径間はボックスガーターによる巨大なπラーメンで,6%の急勾配となっています.1970年の完成で,黒尾トンネルの開通とともに国道は鳥取県と岡山県を結ぶ幹線道路となりました.


天空橋は,奈義町の那岐山麓山の駅 山野草公園の入口で淀川に架かる橋長 80m の歩道橋です. 2006年3月完成の上路式吊床版橋になります.


稲荷橋は津山市山下の宮川に架かる赤色の太鼓橋で,934年創建とされる千代稲荷神社への参道となります.大きな赤提灯,赤い鳥居,赤いぼんぼり,本殿の赤い屋根が鮮やかです.1径間目がボーストリングアーチ,2径間目がトラス,3径間目が桁橋になります.





錦橋は,津山市の吉井川に架かる鋼2径間ポニーワーレントラスです.1936年,櫻田機械製造所の製作です.側径間は1962年竣工の鋼プレートガーダーで駒井鉄工所が施工しました.




今井橋は,津山市の吉井川に架かる鋼3径間連続双弦ニールセンローゼ橋で,橋長は139.5mです.最初の架橋は1936年,呉服商を営む今井壽恵が工事費1万円の全額を寄付したことで完成,今井橋と命名されました.1999年完成の現橋は5代目にあたります.


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